【独占インタビュー第2弾】GAKU-MC氏が語る「海外での経験が、自分らしさを作るということ」

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20カ国以上、世界中を旅しながら、ミュージシャンとして活躍するGAKU-MC氏。先日、TABIPPO2015に出演頂き、その感想などを伺いましたが、今日は普段あまり聞くことのできない旅×ミュージシャンとしてのお話。GAKU-MC氏の、高校時代から今までどんな生き方をしているのかを独占インタビューしてみました。

目次:
1.視野を世界に向けたのは、高校の交換留学がきっかけだった
2.デビュー後は撮影で海外に行くときが唯一の旅だった
3.外国人とのシェアハウス生活が僕の根幹の考え方を培った
4.音楽にとことん熱中した20代
5.野外やるライブの良さに気づいた30代
6.今後の展望について
7.GAKU-MC氏主催の震災復興ライブツアー「アカリトライブ」がパラオ&東京にて開催!

視野を世界に向けたのは、高校の交換留学がきっかけだった

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-GAKUさんの最初の海外経験はどうだったのですか?

高校2年のカナダ、バンクーバーの交換留学が最初の海外でした。これが、想像を絶する程よかったんです。前の年に行ったクラスメートから、本当に良かったという話を聞いて、どうしても行きたくて、親にお金を借りて行きました。

滞在していた所から少し行くと、ロッキー山脈がドーンってあり、夏の時期だったので、雪はなかったけれどハイキングに行ったスキー場では、リフトの下に熊がいたりで、なんなんだ、ここは!?という感じ。また、人は優しいし、街は綺麗でゴミなんかも落ちてないし、たまにいるアジア人が営んでいる料理屋なんかも凄く美味しかったです。カナダの大学も、ここは街ですか!というような、壮大な佇まいでした。今まで自分が学校で習ってきた英語が思った以上に重要だなとも実感したし、世界の裏側でも言葉があれば、コミュニケーションできるんだとわかった素晴らしい経験でした。

デビュー後は撮影で海外に行くときが唯一の旅だった

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-留学を終えてからの変化はありましたか?

1カ月の留学を終えて帰国。その後は、音楽にのめり込んでいきました。でも、アメリカ行きたい!という思いがあって、アメリカの、フィラデルフィアにある大学の日本分校に入学しました。今学期は日本で、来学期はアメリカでというように、簡単にトランスファーできるシステムでした。そして、いよいよ、フィラデルフィアに行こう!と思ったタイミングで、僕のデビューが決まったのです。そこからは、学校と仕事をもくもくと国内でこなしていました。レコーティング等で海外に行くチャンスを得た時にはその機会を存分に活かし、同行するメンバーに先に帰国してもらい、自分は現地に残って旅をしたりサッカーを見たりを続けました。

外国人とのシェアハウス生活が僕の根幹の考え方を培った

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-ガクさんに影響を与えた事は何でしたか?

20歳頃の時(1990年代)、中野のシェアハウスに住んでいました。40,50人くらいが暮らす建物で1階がキッチンとリビングという共有スペース。世界各国から集まってきた外国人達とそこで生活を共にしました。彼らとの共同生活がもっと世界を見て見てみたい、という気持ちに火をつけた。
当時、シェアハウスなんてあまり無くて、それを知った瞬間に住むしかない!みたいな気持ちになり、生きた英語や異文化交流が出来ると考え、親からは、東京に家があるのに、なんで借りるのって言われたりもしたが、今思えば良い経験だったと思っています。
六本木で働く外国人女性や商社マン旅人などもいて年齢、国籍、職種もバラバラで、そのチャンプル具合もとても良かったな。ハロウィンなどイベント事があるときは、みんなで盛り上がったりして。たった1年くらいだったけど、そこでの生活は忘れられないし、確実にその後の自分の人生に影響を与えてくれました。

音楽にとことん熱中した20代

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-20代の頃のガクさんはどんな感じだったのですか?

20代前半の頃、とにかく黒人に憧れていました。どうやったら、黒人みたいになれるのかっていう事をずっと考えていて、喋り方、歩き方、ハンドサイン。なんでも真似なんかして、今考えると笑ってしまうが、真剣にそればかり考えていたなあ。でも、僕は僕で彼らにはなれないっていう事に、シェアハウスでの外国人との生活が教えてくれた。そこからは、つまり自分らしく、ありのままの感情を音楽に落とす事こそが自分の音楽の追求だと気がついたのです。
20代の途中にヒット曲が出て、街のどこに行っても自分の音楽が鳴り響き、ライブで日本中を旅しました。毎日ライブって感じで。時には「来月ロサンゼルスでライブね!」僕「えー!」みたいな事もあったな笑

-海外での反応っていうのは、どんな感じですか?

勿論、僕の歌は、日本語のラップだから、とにかく何言っても通じません。どうやって伝えようかっていうのを色々考え試行錯誤しました。チームでアイディアを出し合い、面白い衣装着よう!とか現地の言葉で挨拶をしよう!など。英語が通じない国では、こうやった方がいいのかとか。でも、色々やった結果、全部日本語でやった方がいいというところに落ち着いたりもしました。

-最初の海外デビューはどちらだったのですか?

初海外ライブはドイツでした。ドイツ国内を7,8箇所周るツアー。日本人がラップをやるのか。へえー、なんて感じで物珍しそうに見られた場所もあったけれど、言葉が通じなくてもリズムとかサウンドで人は楽しむことができる、ということに気がつきました。後に、ツアーを見てくれたアーティストから一緒に曲を作ろうっていう話を貰って、レコーディングをしたことも。そのミュージシャンの家に泊まって、曲書いて、歌詞を書いて、とても良い経験でした。

野外やるライブの良さに気づいた30代

-野外でライブする事もお好きと聞きましたが?

30代はね、グループを独立して、ソロとなった時期で音楽により向き合った10年だった気がします。1年に1枚アルバムを出してゆくという、スピード感。日本国内を巡り、野外フェスの楽しさを知ったのはまさにこの頃。とにかく、野外フェスは気持ちが良い。ライブハウスや、ホールのような音がいい場所だけが正解、ではないかもしれないということに気がついた。

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WRITER

Michinori Onda
恩田倫孝
東南アジア顔です。
砂漠と氷河を愛する27歳。TABIPPOに出会って、シェアハウスして、世界一周して、TABIPPOで活動中。表現をする事を追い求めています。

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