【連載】必要なのは“何者”かになるスキル?旅するように働き、生きるには

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モバイルボヘミアンという言葉を知っていますか?旅人の最終進化系と称される本田直之さんと四角大輔さんが書籍「モバイルボヘミアン 旅するように働き、生きるには」で定義した新しい生き方です。

この記事では、本書籍の内容を抜粋して連載しています。

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モバイルボヘミアンとは、「仕事」のためだけに生きるのではなく、「好きなこと」をライフスタイルの中心に据えながら、旅するように働き、暮らす、自由な生き方のこと。
 
会社員だった2人はどうやって、場所にも、時間にも、会社にも、だれにも縛られない自由なライフスタイルを手にしたのか。
 
10年近く、まるで兄弟のように深い交流を続けてきた、『レバレッジシリーズ』や『ノマドライフ』著者・本田直之と、『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』著者・四角大輔の2人が、20代の頃から20年以上の歳月をかけ、実験し続けてきた「生き方」と「考え方」をまとめた、まさに集大成となる一冊。

 

\Kindle版はこちら/

モバイルボヘミアン

 

モバイルボヘミアンは「だれもが目指せる」が「すぐにはなれない」 / 四角大輔

わずか10年前は、航空券は高価で、移動しながら生きるには莫大なお金がかかった。

高速のインターネットや高機能のデジタルデバイスもなく、好きなときに好きな場所で情報収集したり、自分のコンテンツを発信するなんて、まったく不可能だった。

しかし、これまで述べてきたとおり、ついにその制約は取り払われた。

今ならば、もしあなたが「より自由に自分らしい生き方をしてみたい」、「なにかに依存せず、個人としてアーティストのように生きたい」と心から願い、強い意思を持ち続けることができるなら、「必ず、できるよ」と、ぼくはその背中を押すことができる

ただし、「すぐに」実現するわけではない、ということは言及しておきたい。「時間をかけて、しっかり準備をすることが不可欠だ」ということを忘れないでほしいのだ。

そのための具体的なアドバイスをするために、この章をさいた。

 

ナオさんもぼくも、自分がもっとも自分でいられる居場所である、今のホームプレイスへの移住を果たすまでにそれぞれ約15年を費やし、そのあと、国境を越えて移動し続けるライフスタイルを構築するまで、さらに4〜5年かけている。

合計すると、モバイルボヘミアンになるまでに20年近くを要したことになる。ぼくたちはこの長い年月の間、一切の妥協をせず、前頭部が熱くなるほど考え抜き、無数のトライアンドエラーを打ち続けた。もし、あなたが今20代ならば、ぼくたちが費やした「20年間」というのは、途方もない長さに感じられるかもしれない。だが、過去10年のテクノロジーの劇的な発達のおかげで、その期間は、間違いなくぼくたちの半分以下、いや3分の1以下に短縮できるだろう。あなたの現状にはいろいろな縛りや苦悩があると思う。

しかし、決してそれに負けず、「自分自身を失わないための努力」を続けてほしい。

それでは、あなたが自分に還ることのできる居場所「ホームプレイス」の見つけ方と、自分らしくあり続けられる生き方をつくるためのヒントになるように、会社員からモバイルボヘミアンになるためのステップを、順を追って紹介していこう。

[Reminder] ぼくたちが20年近くかかったことが今の時代であれば10年未満で実現可能

 

1.「ミニマム・ライフコスト」を把握する――お金から自由になり、リスクをとる勇気を得る―― / 四角大輔

組織に依存せず、個人として生きるために最初に必要なことは「お金から自由になること」だ。そのためには、本気になってお金と対峙しないといけない。

「生活収支の計算」や「お金の勉強」から逃げていると、「お金の呪縛」から永遠に逃れられず、勇気を持って行動を起こしたり、日々挑戦することができなくなる。

社会人になり、給料が上がるとつい生活レベルを上げてしまい、全体的な出費が増えていく。一度それに慣れてしまうと、収入の増減に振りまわされるようになり、その暮らしを失うことがおそろしくなる。

そうやって人は行動力と勇気を失う。「もっともっと」と欲望は膨張を続け、人間は気づかぬうちにお金の奴隷になってしまう

 

だれもが陥る、この「お金の魔力」がもたらす「負のスパイラル」に落ちてしまわないためにぼくが実践したのは、自分の「ミニマム・ライフコスト」を把握することだ。

ミニマム・ライフコストとは、ぼくがつくった概念で「自分や家族が健康的に生活するために必要な最低限のお金」のこと。これさえわかれば、「これ以上は無理して稼ぐ必要はない」ということに気づくのと同時に、ムダな出費こそがもっともハイリスクな行為、という「お金の本質」を知ることもできる。

自分の生活はいくら稼げば成り立つのか。完成した収支表(家計簿)は、あなたの「人生のムダ」の映し鏡となる。それを把握した状態で生きることが、お金への焦りや、お金を失う恐怖からの解放につながる「自由への近道」なのである。

 

ぼくは、レコード会社で働いているときもつねにこのコストを把握していた。東京で働いていたころのその金額は、だいたい20万円ほど。1カ月のうち20日間ほどコンビニでバイトをすれば稼げる金額だった。楽勝だと思った。

当時のぼくは、このコストを把握することで、「最悪、今の仕事をクビになっても大丈夫」と、つねに腹をくくることができた。リスクをとって思い切った挑戦ができるようになり、30歳を越えてから次々とヒットを出せるようになった。

ボーナスや給料を微妙に増やすために、人間性が試される局面で妥協したり、承服できないことをするために魂を売る必要もなくなった。

だからこそ、本当に納得できることに集中できたし、会社や周りに反対されても、自分の信念に従って行動することができた。それが大きな成果へとつながったのだ。

ここぞというときに、失敗をおそれず、リスクを負って挑戦できる人間は、強い。

つまり、ミニマムライフ・コストを把握することで、本当の意味での自由を手にすることができ、人生を決めるような重大な機会に挑戦することができるようになるのだ。

 

ヒットの数や規模に伴い、レコード会社勤務の後半10年間は、給料が5〜6倍に増えていったが、ぼくは生活レベルを一切上げなかった。移住資金を貯めるためでもあったが、「お金の魔力」を心底から理解できていたので、ムダな出費をして生活レベルを上げよう、という発想自体が生まれなかったのだ。

今のニュージーランドの森の生活では、家もあり、自給自足ベースの暮らしを構築できているうえに、後述する「スキル交換スタイル」の仕事によって、生活コストを圧倒的に低く抑えることができている。ここにいる間は、月7万円から8万円あれば生きられる。

講演会で、参加者に各自この計算をやってみてもらう機会があるが、ほぼ全員が「こんなに少なくて大丈夫だとは知らなかった!」と驚くのだからおもしろい。

これを把握していない人ほど、「なんとなくこっちが安定路線だ。本当はこれをやりたいけど、あっちにいった方が稼げそうだ」という短絡的な選択をしてしまい、あなたの人生の本質ではないことに、多くの貴重な時間、つまり「命」を浪費してしまうことになる。

今すぐ、あなたのミニマム・ライフコストを計算してみよう。

「なにを失うことが本当にこわいのか?」を把握したうえで、「どうなっても生きていける」と確信した瞬間、人は勇気を手にし、行動することができる。

ぼくが湖の畔で自給自足ベースの暮らしを営んでいる理由。それは、人生で挑戦し続けるために、自身のミニマムライフ・コストを極限まで下げるためでもあるのだ。

把握すべきなのはお金だけではない。モノに関しても同じことだ。

たとえば、ぼくは1週間以上のロングトレイル登山をするとき、グラム単位でシビアに荷物を軽くする。山や川などの過酷な自然環境へ、ムダに重いバックパックを持っていくことは、ケガや過労による行き倒れや遭難といった事故、つまり死に直結するからだ。

そして、ぼくが移動生活に持っていくモノの選択基準も同じ。

日々の生活でも、モノを厳選する「ミニマム思考」を持って過ごさないと、身動きがとれなくなる。結果、それはあなたの行動力を低下させ、自由の喪失につながってしまう。

モノを増やさないコツは、「あればいいかも」ではなく「なくてもいいかも」に焦点を当てること。つまり、足し算ではなく「引き算思考」

なにかを両手に持っている安心よりも、手ぶらで生きる感動的なまでの自由さを、ぜひ体感してみてもらいたい(巻末で愛用の超軽量ギアを公開しているのでご参照を)。

ただ、「お金を一切使うな。モノを持つな」と言っているのではない。

あなたの人生で本当に必要なことにはお金を投資せよ」、「あなたの人生をつくる重要なモノは必ず手に入れよ」と、ぼくは言いたいのである。つまり、人生を「不自由」にするものにはお金をかけず、人生を「自由」にするものにお金をかけよ、ということだ。ぼくにとってそれは釣りや登山、旅やデジタル機器がそれにあたる。

「不要なことをミニマム化(最小化)」することで初めて、「大切なことを最大化」できる。この最大化できることの中に「勇気と行動力」や「人生の自由度」も含まれることは、もう説明不要だろう。

ミニマム・ライフコストを把握して、お金の性質を理解し、余計なモノを持ちすぎない生活スタイルを実践できるようになって初めて、あなたは「大きな挑戦をするための発射台」に立つことができるのだ。

「さあ次は、いよいよホームプレイスへの移住」と言いたいところだが、まだ早い。

なんのスキルも手にせず、「何者」にもなれていない段階で、いきなり発射台から飛び出して、自分のことをだれも知らない土地へ移住したとしても、移住後の生活を楽しむことは難しく、失敗する可能性はとても高くなるだろう。

実際にぼくやナオさんの周りで、「やむなく数年で帰国」という例をたくさん見てきた。

それを知っていたからこそ、ぼくもナオさんもすぐに移住せず、何年もかけて日本の社会でトレーニングを重ね、異国の地で生き抜くためのスキルを身につけたのだ。

ぼく自身、移住するまでに、リサーチと土台づくりのために何度もニュージーランドを訪れたし、ナオさんも3年間かけて2カ月に1回はハワイに通った。生活拠点となる街の調査や、ビジネスをやるための種蒔き、人脈づくりなど、準備しなければいけないことをすべてやった。

そして、移住直後はだれもが一時的に収入が減るが、蓄えた資金のおかげで心の余裕を持って生活準備に集中することができたことを、最後につけ加えておきたい。

お金の特性を学び、行動したことが、ここでも大きな意味を成した、ということだ。

[Reminder] 挑戦するための発射台に立つべく「お金の性質」を完全に理解し、「ミニマム思考」を習慣化する

 

2.人生の「インフラ」となる経験を蓄積する――何者かになれるスキルを手にする―― / 四角大輔

いよいよ発射台に立つあなたが次にやるべきことは、社会で生きるための基礎となる「ベーシックスキル」をしっかり身につけたうえで、実績を生み出すための「専門スキル」を手にすることだ。

まずは、今あなたがいる職場を「お金をもらいながら通えるビジネス訓練所」だと捉えること。そして、上司や先輩を「トレーナー」とし、日々積み重なるタスクを「トレーニングメニュー」と考えてみる。

他人をうらやんだり、過去の後悔や将来への不安にとらわれたりする暇があったら、この時期こそ、あなたの目の前に並ぶ、「今すべきこと」にもっとも真摯な気持ちで取り組むべきなのだ。

 

いきなり転職や起業といったネクストステップを踏む前に、まずは今置かれたその場所で、どんな世界へ行っても通用する「型」となる「ベーシックスキル」を習得すべく集中すること。個人として生きるために必要な、あなたなりの「実績」は、その型を土台として、あとでしっかりつくればいい。

 

ここで、この準備期間の重要さをより理解してもらえるよう、ぼくの半生を事例としてあげつつ、解説してみたい。

まずはニュージーランドへ移住するまでのことから。

ぼくは大阪の自然豊かな田園エリアで生まれ育った。この環境こそが、のちにアウトドアのエキスパートになれたぼくのルーツだ。

小さいころからちょっとした対人恐怖症で、高校生になっても人混みで極度に緊張するため1人で大阪市内には行けないし、喫茶店にも入れなかった。

大学では、華やかなサークルの学生たちが陣取っている、ある学食エリアには「場違い」と感じていて近寄れず、渋谷や原宿もこわくて歩けなかった。

 

こうした反動でずっと人嫌いだったぼくは、学生時代はもちろん、会社員になってからも、人間社会から逃げるように、子どものときから大好きだった登山や釣りやキャンプへ単独で出かけていた。そのころから、「いつかはソロで挑むフライフィッシング冒険やロングトレイル登山に人生を賭けたい」という想いを心に抱くようになっていた。

大学新卒からソニー・ミュージックエンタテインメントで9年と少し働き、そのあとワーナーミュージックにヘッドハンティングされて5年半在籍。

社会人最初の2年間はソニーミュージックの北海道支社で、札幌から釧路のはずれの小さなレコード店をまわるセールスマン。しかし、営業なんてまともにできないから、いつもお店の人に「すみません、すみません」を繰り返す毎日。そのあと東京本社に異動となり、メディア宣伝とアシスタント・プロデューサー兼務という3年間の超激務期を、結果も出せず、仕事にまったく自信を持てないまま過ごした。

最初の5年間は、会社からの評価はずっと最低だったが、その間にぼくは、何人かの厳しいトレーナーたち(先輩)に鍛えられ、どの会社や業界でも通用する、社会人としてのビジネスマナーを含めた「ベーシックスキル」を身につけることができた。

いよいよぼくが、その応用編とも言える「専門スキル」を手にし、自分の「実績」と呼べるものをつくることができたのは、そのあとのこと。

プロデューサーとして2001年に担当したCHEMISTRYで記録的な大ヒットを出せたあと、のちにミリオンヒットを記録する絢香、そしてSuperflyに出会うことに。約10年間、彼らを筆頭とするアーティストのプロデュースワークに全精力を注いでいるうちに、今のぼくの人生を支え、未来につながる「専門スキル」を身につけていた。

そして、レコード会社に勤務した15年の間、並行して、どんなに忙しくても森や湖に出かけ、毎年のようにニュージーランドに通っていた。そして、2009年の12月にニュージーランドの永住権を取得できたことを受けて退職し、自身の会社「Lake Edge Nomad株式会社」を設立。

すぐに翌月2010年1月に移住。まずはニュージーランドと日本という二拠点を行き来する、デュアルライフからスタートすることになった。

この社名は「湖畔に暮らすノマド」という意味で、湖に暮らしたいという夢と、遊牧民のように自由に働きたいという想いから名づけたもの。「湖畔を生活拠点にして、世界で遊牧民生活を送る」という、このときはまだ想像もしていなかった、モバイルボヘミアンという生き方を表すようなネーミングを無意識のうちにつけていたのだから、不思議だ。

次に、移住してからのこと。

ぼくがニュージーランドの魅力に最初にとりつかれたのは、学生のとき。一番の親友が留学したことがきっかけだった。調べるうちに、今ではライフワークとなっているフライフィッシングとバックパッキング登山を世界で一番楽しめる国がニュージーランドだ、と知る。しかも、世界一透明な湖もこの国にあった。

寝ても覚めてもニュージーランドが頭から離れなくなった。

しかし、仮に移住できたとしても、そのあとどうやってお金を稼げばいいか、まったくわからない。当時は、現地で釣りガイドになるか、旅行ガイドになるという選択肢しか思いつかなかったが、それらはどうも違う気がした。

そんなぼくの今の仕事をここでざっくりと説明したい(2017年3月現在)。

・アドバイザー「LOHAS International」というライフスタイル企業、「QREATOR AGENT」などのクリエイティブ企業社、音楽会社3社の計1社5契約

・アンバサダー 環境省の自然保護プロジェクトや「ホリスティックビューティー協会」をはじめ、アウトドアやオーガニック、テクノロジーなど10以上のブランド

・商品開発 フィッシングアパレル「airista」含むアウトドアメーカー2社、エシカルアパレル「fuwari」、2社のナチュラル系企業、1社のニュージーランド系企業など計6社

・企業の代表や株主  自身の会社の代表、IT企業「株式会社OSIRO」と、一般財団法人「the Organic」の共同代表、3社のITスタートアップやベンチャーの株主

・専門メディアでの出演や寄稿  登山雑誌「PEAKS」、ソーシャル&エコ雑誌「ソトコト」、Apple専門誌「Mac Fan」、復興支援紙「カガリビ」での連載。モデルとしてアウトドアや冒険雑誌の表紙に登場したり、巻頭特集や大型記事の執筆など

・スクール運営や大学での講義『Lifestyle Design Camp』(http://LSD.Camp)という会員制コミュニティ型オンラインスクールの学長を務め、非常勤講師を務める上智大学を筆頭に複数の大学での講義

ほかにも、書籍の執筆や、ビジネスパーソン向けのトークライブ、集客5000人超の2つの野外音楽フェスの運営に関わるなど、多岐にわたっている。最近では、尾崎裕哉などのシンガーソングライターをリモートでプロデュースする仕事も増えてきた。

ぼくが移住の意思を固めた、あの20代のころ、まさかこんな多種多様な仕事ができるなんて、1ミリも想像しなかった。

では、なぜぼくが今、個人として生きることができているのか? 最初に言えることは、一度も社会で働かず、今の生き方を実現することは難しかっただろう、ということ。

まず、会社員5年目までに体へたたき込むようにインストールした、社会人としての一般教養とも言える「ベーシックスキル」がなかったら、絶対に実現不可能だっただろう。

そして、その「ベーシックスキル」によって、社内外でビジネスパーソンとしての基本的な信頼を得られるようになったからこそ、ぼくはプロデューサーとして「クリエイティブやブランディング」という「専門スキル」を、ナオさんは「経営やビジネス」といった「専門スキル」を身につけることができたのだ。

さらに、それらに、ぼくたちの「独創性=好きで夢中になって続けていたこと」が掛け合わさった結果が、今のぼくたちの生き方を支えている。

このことは、ナオさんやぼくの現在の仕事のリストを見てもらえれば、一目瞭然だろう。

 

ちなみに、ワーナーミュージック時代、絢香もSuperflyも、デビュー前の社内プレゼンの際に、「いい」と言ってくれた人はゼロ、もしくは1人だけだった。

デビュー前の音楽アーティストは当然、だれも知らないただの「無名の個人」。新人をデビューさせる行為は、社内で新規事業を興すのと同じくらい難易度が高いことなのだ。

ぼくには、周りから「難しいよ」と言われたアーティストをブレイクスルーさせた経験が、ナオさんには、「無理だよ」と言われた会社の株式上場という挑戦の歴史がある。

こうやって、リスクをとって挑戦したことで初めて獲得できる「専門スキル」と、それ以前に習得した「ベーシックスキル」こそが、モバイルボヘミアンであるぼくたちを根底から支える「インフラ」になっている、ということをまずは理解してもらいたい。

商社マン、公務員、メーカーのセールス、教師、エンジニア、事務職、アルバイト……といった立場に関係なく、まず、あなたが今いる場所で学べる「普遍的な型」を徹底的に身につけることが、新しい世界に踏み出すための基礎体力となるのだ。

そのうえで、なにか1つ、だれから見ても「何者か」として認識してもらえるような専門性を身につけるために、「型」を破り、リスクを負って挑戦をし続けよう。

「ベーシックスキル」を学ぶための時期は、目の前の仕事にがむしゃらになること。

そして次の「専門スキル」を手にするためには、失敗をおそれず、チャンスが来たら勇気をもって矢面に立ち、小さくてもいいので自分自身が納得できる結果を出すこと。

謙虚な気持ちで、愚直に行動し続けたあとに、思い切って挑戦する。そうして手にした2つのスキルという最強の武器は、あらゆる職種・仕事にコンバート(変換)が可能で、そのあとずっと、あなたの人生を支え続けるだろう。

[Reminder] 何者かになるための2つの武器「ベーシックスキル」と「専門スキル」を身につける

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WRITER

阿部まなみ
阿部まなみ
コンテンツディレクター
*コンテンツディレクター* 高橋歩さんの「BELIEVE YOUR トリハダ」という言葉に影響を受け、自身も人の心を動かせる仕事をしたいと決心。サックスとジャズへの愛が止められず、メンフィスとニュ…

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