僕が人生で大事にしていることは、行動です。
そう聞くと、何事も迷わずにバリバリ突き進んでいくようなイメージを持つかもしれない。だけど僕は、著名なスポーツ選手や起業家などがよく言うような、
「思い立ったらすぐ行動」
「悩む時間がもったいない」
という言葉は、実は苦手だ。僕の行動は、もう少し時間がかかる。
僕が「やってみたい」と思いついてから行動に移すまで。そこには「悩む」という過程が決まって挟まる。
ひたすら頭を抱えて、うーんと唸りながら、悩む。悩んで悩んで悩み抜いて、やっとこさ行動に移す。そんな感じ。
だけどこれは、僕の成長した姿だ。
昔の僕はいつも躊躇してばかりで、やりたいことをやれなかった。ただ悩むだけで、何もできない人間だった。
それがある時から、「どれだけ悩んだっていい。最終的にやりたいことをやっていれば」という考え方で人生を歩むようになった。それが自分らしさだとさえ思っている。
僕を変えてくれた旅で見た景色
そう思うようになったのはいつだったか。振り返ってみると、それは旅だった。
今回はそんな僕を変えてくれた旅のお話をしようと思う。
『いのちの姿』を読んで
元号が令和に変わったばかりの2019年4月。
僕は1年間のフリーター生活に終止符を打ち、ついに社会に出ようとしていた。就活を経て、4月から正社員デビューが決まったのだ。
入社日は4月5日。新生活への期待と不安を抱えるその一方で、僕の胸にはモヤっとした思いもあった。
社会に出る前に、何かやり残したことはないだろうか……。
昨年はインドとネパールを旅したけど、帰国後は特に旅に行くこともなく、アルバイトと就活の日々。また旅に出たいなと思いつつ、結局どこにも行かないまま今に至る。
やはりもう一回くらいどこか旅に出たらよかったかな。
でももう遅いか。
まあ、働き始めても、なんやかんやで休み取って旅くらいできるだろう。
少しだけ心残りではあるけど、「いつか」「そのうち」旅に出よう。そう思っていた。
そんな、入社3日前の夜。
僕は宮本輝の『いのちの姿』というエッセイ集を読んでいた。
宮本さんは僕の一番好きな作家で、彼の作品はいつも人生の節目に読みたくなるのだった。
宮本輝『いのちの姿』
就職という節目を前に読んだこのエッセイ。
そこには、宮本さんが経験した阪神淡路大震災のこと、
サラリーマン時代に突然パニック障害になって会社に行けなくなったこと、
芥川賞を受賞した直後に肺結核に罹り、闘病生活を送っていたこと。
そんなエピソードが綴られていた。
それらの話は僕の胸を強く打った。
生と死の境界線に幾度も立ってきた宮本さんは、それでも自分の使命だと筆を執り続けてきた。身体や心の傷を乗り越え、取材のために日本各地や海外を訪れて、素晴らしい作品を多く世に送り出してきた。
やりたいことを貫き通すその生き様に僕は、
「人はいつ死ぬかわからない」
「だからやりたいことはやるべきだ」
という熱いメッセージを感じた。
僕は本を置き、明日旅へ出よう、と思った。
今しかない。今こそ行く時だ。
でもどこに行こう……。さすがに日数的に難しいよな……。行きたいところもパッと思いつかないし……。
うーん、どうしよう。
僕は頭を抱えて、唸りながら、悩んだ。
そして気がつくと、そのまま寝てしまった。まだ何も決められていなかったのに。
何も決めない旅に出た
翌日目が覚めると、12時前だった。
何も決められないまま寝て、起きたらお昼。さすがにもう旅に出るのは無理だろう。
一度はそう思ったが、枕元にあった宮本さんのエッセイと、窓の外のよく晴れた空を見て、心を決めた。
よし、今から旅に出よう。
そして僕は、最低限必要なものと本を5冊リュックに詰めて、家を出た。
最寄りの塚口駅(兵庫県尼崎市)から阪急電車に乗り込み、とりあえず西へ向かう。
何も決められないなら、何も決めない旅に出よう。そう思って、近くても遠くてもどこでもいいから、知らない街まで行ってみることにしたのだ。
詰め込んだ本は、電車の中でゆっくり読むためのもの。
本を読みながら電車に揺られ、ちょうど本を閉じたところの駅で降りるのもいい……なんて、さすがにちょっとカッコつけすぎかな。
突発的に始まったあてのない読書旅。どこまで行けるかとワクワクしながら、僕は本を開いた。
思いつきで詰め込んだ本たち
しかし、僅か数十分で僕は足止めを喰らってしまう。人身事故の影響で電車が止まってしまったのだ。
仕方がないので、停車した駅でひとまず下車。街を歩いたり、カフェに入って時間を過ごす。
やっぱり思いつきの旅はうまくいかないよなぁ……。ここでストップしたのも、引き返したほうがいいという暗示なのかもしれない。そう弱気になり、また悩み始める。
だけど、宮本さんのエッセイを思い出し、旅への気持ちを再確認する。
ここで行かなきゃ、次はいつ行けるかわからない。
電車がまだ復旧していなければ、線を変えて進めばいい。
よし、まだまだ行くぞ。
駅に戻ると阪急線は復活していて、僕は無事に旅を再開させた。
再び電車に揺られ、気がつくと阪急の終着・新開地駅まで来ていた。
まだ行ける。もっと行ける。
謎の自信に満ち溢れながら、次は山陽電鉄に乗り換えて、どんどん進んでいく。姫路を過ぎた頃にはもう日も暮れかけていたが、僕はまだまだ旅を続けるつもりだった。
一瞬だけ姫路で降りて、姫路城を見た
夜の山陽電車に揺られ、兵庫県を抜け、さらには岡山県も過ぎて、気が付けば僕は広島県まで来ていた。
さすがに夜も更け、今日はこの辺にしようと降りたのは、福山駅。駅から適当に歩いて見つけたゲストハウスに泊まることに。
受付でスタッフの方に「尾道に行ってきたんですか?」と尋ねられた。
福山からもう少し行くと尾道があり、そこからの帰りだと思われたらしい。
そうか、尾道か……。
いろんな小説や映画の舞台にもなっているレトロな街並み。坂の上から望める瀬戸内海の美しい景色。いつかは行ってみたいと思っていた場所のひとつだった。
僕はスタッフに「いえ、明日行くんです」と答えた。
その場の思いつきだったが、ついに旅の目的地が見つかった。
隠れ家のようなゲストハウスの寝室