Kongens Nytorv(コンゲンスニュートー広場)
目の前にある夏の景色に見惚れていた。他の季節の景色を想像するなんてもったいないと思うほどに。
デンマークの首都、コペンハーゲン。夏になるとまぶしいほどの新緑があふれる。
その新緑はあまりに美しく、緑の生い茂る景色のない世界なんて、想像もできないくらいだった。
冬になったら木々の葉はすっかり落ち、丸裸の状態になる。それくらい小学生でも想像できることだし、冬の寂しい景色というのは大体世界中どこも似たり寄ったりだろうから、冬の姿を想像するのは難しくないはずだった。
だけど、自転車のペダルを漕ぐ私の目に映る新緑の木々は、景色の一部に完全に溶け込んでいて、季節が変わってもずっとその場にあるような気がした。
本当に好きな人に出会ったとき、他の人なんて視界にも入ってこないくらい夢中になっているような、そんな感覚だったと思う。今この瞬間が、永遠に続いてほしい、と思いながら、私は新緑の並木道を駆け抜けた-。
見出し
デンマーク流の楽しみ方を知った、最初の夏
口に出していたら、叶えていたデンマーク暮らし
2023年5月、初夏のデンマークに降り立った私は、1年2ヶ月のワーホリ生活の間に2回も夏を経験した。なんて幸運なんだろう。そう言うと大袈裟に思われるかもしれないけど、北欧の夏を二巡したというのは、私にとって「2回過ごした」という事実以上に特別な意味を持った。
新卒で入社した不動産会社を退職し、デンマークでワーキングホリデーをすることを決めたのは、27歳の春だった。
デンマークには卒業旅行で訪れた際、わずか2泊の短い滞在だったにもかかわらず、心を揺さぶられる瞬間がいくつもあった。
洗練されたインテリアのカフェ
当時30カ国ほどを旅した中でも、デンマークは特別で、一番ときめいた国だったと思う。私が特に心惹かれたのは、インテリアやアートなど、居住空間を彩る洗練されたデザインたち。訪れたカフェや美術館はどれもおしゃれで、視覚的なセンスを大切にしている私のアンテナに、ひとつひとつがびびっと響いてきたのを今でも鮮明に思い出すことができる。
「ここに長く住んでみたいな」という言葉も、軽い気持ちでふと口をついて出たのを覚えている。
見るだけでもときめく雑貨屋さん
そして、自分の心の声に従って選択を重ねていたら、気づけば私はデンマークの地を再び踏んでいた。今度は旅行者ではなく、居住者として。
カフェのテラス席からのぞく、デンマークの日常
サイクリング中に見つけた隠れフォトスポット
デンマークに来てまだ三日目くらいのこと。Coffee Collectiveというカフェでラテを飲んだ。ほぼ無計画でデンマークに飛び込んだ私は、ビザの申請もこれからという段階。住む場所も決まっていないのでホステル暮らし。生活の基盤がまるでゼロの状態だった。
ホステルから徒歩圏内で行けるカフェをgoogle mapで調べて発見したCoffee Collective。日本にいる時から気になってピンを立てていたカフェだった。デンマークを感じられそうな場所にワクワクしながら歩き始めた。
ホステルからの道中では、素敵なインテリアショップやベーカリーなどを発見し、なかなか目的地にたどり着かない。この予期せぬ素敵ショップの発見は私の中でのコペンハーゲンの期待値をぐんと上げてくれた。「やっぱりこの街が好きだ。」と改めて思う。
Coffee Collectiveはバリスタ世界チャンピオンが立ち上げた有名コーヒー店だ。コペンハーゲン内に5-6店舗ほどあり、私が行ったのはJægersborggade(イェーガースボルゲード)という店舗。中心地から少し離れているけど、最新のトレンドが集まるイケてるエリアにある。
Coffee Collectiveで注文したカフェラテは50krだったと思う。日本円で約1,100円。コーヒー一杯で1,100円というのは可愛い値段じゃなかったけど、この値段にはコーヒーの価値以上のものが含まれていることに後で気づくことになる。
店内に入ると、そのキュートなインテリアに心が躍り、心拍数も上がる。
かなり広い店内にお客さんは一人もおらず、全員がテラス席で太陽の光を浴びながらコーヒータイムを楽しんでいた。私も周りのマネをしてテラス席に腰を下ろした。
ナチュラルかつポップな色づかいの店内
外の景色を楽しめる大きな窓際の席
照明や木のあたたかみを感じるインテリア
私の目の前には編み物をしている女性。彼女が身にまとっている洋服はカラフルで可愛いらしく、彼女の雰囲気にぴったり。目が離せなかった。
お店の前には新緑がまぶしい公園があってバーやレストランも隣接しているので、にぎやかな声も聞こえてくる。
この日は金曜日の18:00頃。平日の帰宅ラッシュはなんと16:00前後だという。金曜日は特に早く、14:00頃には退勤して華金を満喫するのがデンマークスタイル。初夏の訪れを祝うかのように、新緑の映えるテラス席で乾杯するデンマーク人の幸せそうな様子は、平和そのものだった。
コペンハーゲンで目にして好きになったものの一つに、クリスチャニアバイクと呼ばれる大きなワゴン付きの自転車がある。ワゴンに子供と犬が乗って気持ちよさそうに風を受ける姿は、見るだけでこちらまで幸せな気分になる。
ワゴンに子供を2人乗せているクリスチャニアバイク
屋根付きでしっかりした作りのタイプも
後にベビーシッターのバイトをすることになり、これに似た自転車に子供を2人乗せてコペンハーゲンの街を走ることになるとは、当時はまだ想像もしていなかった。
ふと目線を上げると、窓が開け放たれた部屋が目に入った。あの窓の奥では、どんな人がどんな生活を送っているんだろうか。これからの生活で私もコペンハーゲンの人々の価値観に触れてどんどん自分に取り込んでいきたいと思った。
テラス席から見た景色
Coffe Collectiveで過ごした時間は、本当にリフレッシュできて心が喜ぶ時間だった。
コーヒー一杯1,100円は日本の金銭感覚では高いけれど、周りの環境を五感で味わって得ることのできた満足感を考えると、とても価値のあるものだった。
・名称:Coffee Collective Jægersborggade
・住所:Jægersborggade 57, 2200 København
・地図:
・アクセス:バス「5C」:「Stefansgade (Nørrebrogade)」で下車、徒歩5分 / メトロ「M3」:「Nuuks Plads St. (Metro)」駅で下車、徒歩8分
・営業時間:月〜金:7:00-20:00、土日:8:00-19:00
・公式サイトURL:http://www.coffeecollective.dk/
偶然の出会いに心ときめく夏のフリーマケット
夏にはフリーマーケットにたまたま遭遇することもよくあり、それは嬉しいハプニングだった。今日も偶然の出会いはあるかな〜とアンテナを張りながら自転車で街中を散策する日々が楽しくてしょうがなかった。
「やっぱりこの街が好きだ」。そんな感情を2日に1回くらい感じながらの生活というのはとても幸せだった。
夏は至る所で開催されるフリーマーケット
陶芸家が集まるマーケット
カラフルな作品たちにときめく
そのほかにも、人生で始めての夏至祭を経験したり、ルイジアナ美術館やチボリ公園に行ったり、森でサイクリングをしたり、サウナの後に海に飛び込んだりするのも、すべて最高の夏だった。
ヒュッゲの精神が宿る、長くて暗い冬
夕暮れのNyhavn(ニューハウン)。カラフルな建物が並ぶ観光スポット
季節は巡り、冬がやってきた。噂通り、天気の悪い日が続き気分は上がりにくい。日照時間が短く、朝の10時くらいに明るくなったと思ったら夕方の4時頃にはすっかり暗くなってしまう。雨も風も強いとなると出かけるのも億劫になってしまう。
そんな過酷な天候でも、家の中は快適に過ごそうというデンマークの精神が宿っているのが「ヒュッゲ」の文化だ。ポカポカと暖かい家の中で、キャンドルの優しい光を見ていると心も落ち着く。
自分の部屋でヒュッゲなひととき
どんなに寒い日でも、太陽が出るだけでデンマーク人はこぞって外にでて日光浴をする。わたしもやっぱり太陽が出ると嬉しいし、ビタミン摂取しなきゃという気持ちになる。
そんな時に少しだけ夏に思いを馳せて、今年の夏は、去年見かけたデンマーク人みたいに、ビーチにワインとフルーツを持っていって、泳いだりごろごろしたりしよう!と妄想するだけで楽しくなって心が晴れたりする。
こうして次の季節を楽しみにする気持ちは、その土地に暮らすことならではの魅力だと思う。
水泳や日光浴を楽しむ人々
船も人気のアクティビティ
飛び込みができるビーチ
心待ちにしていた、デンマークでの2回目の夏
海と森に囲まれたルイジアナ美術館にて
待ちに待った2回目の夏。
6月末には次の街ベルリンへ引っ越すことを決めていたから、今年は夏の始まりしか満喫できない。それでもやっぱり冬が終わり、夏が来たことを喜ぶ人々の高揚感を味わうことができたのは幸せなことだった。
そしてベルリンに引っ越した後も、夏の間に2度もコペンハーゲンを訪れた。
夏の名残りを最後まで
差し込む光があまりにも柔らかくて美しい夏の日
9月22日。デンマークでは、例年ならもうすっかり秋が来て寒いはずの時期。でも今年は夏が長く残ってくれていた。
夏がまだ続いていて嬉しいね!という反応は、残暑に苦しむ日本とは正反対のものだと思う。
短い夏を謳歌することに、大袈裟ではなく文字通り全力をかけている北欧の人々にとって、夏が長く続くというのは最高に幸せなこと。
この日は、明日からは寒くなるという予報が出ている日だったので”今年の夏の最後の日”だった。外に出て夏を満喫しようと意気込んでいる人たちで、普段よりも街に人が溢れているように感じた。
アイス屋さんに見たことがないくらい長い列ができていた、夏の最後の日
心を掴まれた「ごきげんな暮らし」を作り出すデンマーク
コペンハーゲンの街は私にとって刺激的なものであふれている。
「刺激的な街」というと一般的に思い浮かべるのは、人生の大きな夢を叶えるために様々な人々が集まるニューヨークやロンドンなどの大都市だろう。北欧の街については「野心が少なく、燃えたぎるような刺激を受けにくい」と感じる人も少なくないかもしれない。
でも私にとっての「刺激」とはインスピレーションであり、私の心を動かすものである。
街を少し歩くだけで「これいいな〜」「私も取り入れてみよう」ーそんなふうに私の感情を揺さぶるシーンに遭遇する。そのたびにデンマークは私のハートをつかんで離さないのだ。
近所の散歩道
日本で働いていた頃の私は、「人は仕事に打ち込むことが善である」という信念が社会全体に染み付いているように感じていた。リラクゼーションやエンタメも、あくまで仕事の原動力として楽しむべきという無言のプレッシャーがあった。
けれどデンマーク人の暮らしから学んだのは、仕事は人生の一部であって、一番大切なことは人生を楽しむということ。楽しくて心地がいい日常を作り出すことに一生懸命な雰囲気がとても心地よい。
幼い頃からそのマインドで生きているデンマーク人は、自分流の「ごきげんな暮らし」を作り出すプロ集団。生き方について彼らから学ぶことは尽きることなく、私にとっては刺激的だ。
デンマークの夏を存分に楽しんだ1年目、そして次の夏を心待ちにした2年目。
今はベルリンに暮らしていて、これからもヨーロッパ各国を巡って自分なりの暮らしを続けるつもり。来年の夏はどこでどんな日々が待っているだろうか。
All photos by Yurie Shiba