就職を機に上京し、早2年半。仕事も暮らしも、さらには言葉のイントネーションの違いにも徐々に慣れてきた。それでもふとしたときに思い出す故郷の味がある。
それが、神戸市長田区のソウルフード「そばめし」だ。
ご飯と細かく刻んだ麺を一緒に炒める下町グルメは、神戸出身の僕にとって、非常に馴染みの深いものだった。
家族で商店街の「粉もん屋さん」に行くときには、必ずと言っていいほど注文していたし、家には「ばらソース」や「どろソース」が常備され、部活終わりに帰ってくると、美味しいそばめしを作ってもらっていた。
しかし、上京してから「そばめし」を食べる機会は激減した。
友人や会社の同僚とお好み焼きのお店に行くこともあるが、なかなか出会わない。ある先輩は「そばめし」自体を知らなかった。「もんじゃ」と比べても比較的マイナーな食べ物なのだろうか。
ということで今回は、筆者の地元のソウルフード「そばめし」をご紹介。せっかくなので、現地でしか出会わないソウルドリンク「アップル」の話も添えて。
粉もんのまち・長田
「神戸」と聞いて何を連想するだろうか。
観光なら「異人館」「中華街(※ 南京町のこと)」、食べ物なら「神戸牛」「スイーツ」、雰囲気は「異国情緒あふれる街」「おしゃれで洗練」。
最近神戸にできた図書館、デザインが素敵だ
もちろん、そうした印象が強いのは事実だし、実際、街を歩いているだけで楽しいしお土産にも困らない。
一方で、神戸には昔ながらの「下町感あふれる街」も多く残っている。
例えば神戸随一の歓楽街だった「新開地」や海を望む坂の街「塩屋」、商店街が長く連なる「王子公園(水道筋商店街)」などなど。
これらの場所はハイカラな神戸のイメージとは一味違う、ディープな地域らしさが味わえる場所たちで、個人的にはこちらもお気に入りだ。
そんな下町の一つが今回取り上げる「長田」エリア。
神戸の中心、三宮から10分ほどの距離に位置し、全国有数の靴の産地でもある「長田」。商売繁盛の御祭神をお祀りする「長田神社」が所在することもあってか、長年愛される個人経営のお店が多く、下町特有の文化があふれる素敵な街という印象がある。
部活帰りには友だちと一緒に商店街のコロッケ屋さんで買い食いをしたものだ。
新年の初詣で賑わう長田神社だが、今でも毎年、高校の同級生とお参りに行く
この「長田」、じつはお好み焼き店の密集度が日本一らしい。今でも歩いていると多くのお好み焼き屋さんを見つける。
その中のとあるお店で今回の主役、そばめしは誕生した。
焼きそばを焼いているときにお客さんから「自分の弁当の冷やご飯を一緒に炒めてほしい」と言われたことからそばめし生まれたという。
お店で味わう、懐かしい味
確か筆者が小学生の時だっただろうか。初めて長田の粉もん屋さんへ行った日は、両親と商店街に買い物に出かけ、一通り買い物を終えた後、ふと「粉もん食べて帰ろか」という話になったのだと思う。
初コテ、初そばめし、そして初「アップル」。
興奮しつつも無心で食べたそばめしは本当に美味しかった。初めてだらけだったけど、どこか初めてではないような、そんなあたたかく不思議な気持ちになったことを覚えている。
アップルの「うわさ」は、こんなところにも
あれから15年が経ち、小学生だった僕は社会人になった。
学生時代には何度かお店に行っていたものの、上京してからは帰省のときもバタバタして、お店に行く機会を作れなかった。
だからだろうか。
パートナーとの神戸旅行が決まったとき、南京町や異人館を候補に挙げつつ、ふと、この長田のそばめしを思い出した。せっかくなら夜には神戸のローカルなご飯を食べたい。少しだけ勇気をもって話してみると、パートナーは快く承諾してくれた。
冬の寒い日、新長田駅のエスカレーターを降りる。なじみのある鉄人28号モニュメントを横目にアスタ、大正筋商店街を通り抜け、目的の粉もん屋さんへ向かう。
歩いてみて見かけた標識には同じく長田発祥のフード「ぼっかけ」の文字が
扉を開けるとすぐに感じる、粉もん屋さんの空気感。濃厚なソースの匂い、ジューッと焼ける音、そしておばちゃんの活気のある声。数年前に来た時と変わっていない風景が、そこにはあった。
迷わず注文したのは、「そばめし」と「アップル」。
「アップルって何?」
「まあ飲んでみ?」
そう話す僕の表情は、おそらくあのときの父と同じだっただろう。
「アップル」なのに黄色い色をした、長田のソウルドリンク。
パートナーの訝しげに見る顔を横目にアップルを一口飲む。これこれ!このみかんのような味。
長田以外ではほとんど卸していないとも言われ、帰省するタイミングで探してもなかなか見つからない。
余韻が冷めやらぬなか、本命のそばめしが届く。いろんなタイプのお店があるけれど、このお店は、厨房で軽く焼いたものを各テーブル備え付けの鉄板に置いてくれるスタイル。最後までアツアツを楽しめるのが嬉しい。
アツアツのそばめしが到着
「ジュ~ッ!」という音と美味しい匂いに待ちきれずコテを持つ。
……が、ちょっと待てよ、何か食べ方があったような。考えを察してか、おばちゃんが声をかけてくれた。「兄ちゃんそれな、こうやって使うねん」。
おばちゃんのレクチャーを聞いていると、それは確かに、以前聞いたことがある内容だった。あのときも同じように指導されたっけ。多少の恥ずかしさを覚えながら、コテでそばめしを切り、口に運ぶ。
熱い。熱いけどうまい。止まらなくなる。神戸発の地ソース「ブラザーソース」をかけてみる。さらにうまい。
最後に神戸の「どろソース」をかけてみる。辛い、でもクセになる。
「ごちそうさまでした!」をいうその瞬間まで、興奮しながら食べた。
ああ、こうして書いているとまたお店で食べたくなってきた。年末に帰省したとき、久々に両親を誘ってみようかな。
・名称:ゆき
・住所:〒653-0041 兵庫県神戸市長田区久保町4丁目2−5
・地図:
・アクセス:神戸市営地下鉄海岸線駒ヶ林駅から徒歩3分 / JR神戸線新長田駅から徒歩7分
・営業時間:日曜日~火曜日、木曜日~土曜日 11時30分~15時00分, 17時00分~21時00分
・定休日:水曜日
東京で食べる、故郷を思い出す味
東京でそばめしを食べられるお店をようやく見つけた。
本当に偶然の出会いだった。会社からの帰り道、商店街の雰囲気が好きで、ぶらぶらと歩いていたところに突然の「鉄人28号」が表れたのだ。そしてその前には粉もんやさん。
これはもしや……と思い、見てみると、見慣れた「神戸長田」の文字が。
翌週、職場の先輩とご飯に行くことになっていたこともあり、その場で「ここ行きたいです!」と連絡。
当日、わくわくしながらお店に入ると、机にはあの「どろソース」が。メニューには「そばめし」が。しかも同じく長田発祥であり、牛すじとこんにゃくを甘辛く煮込んだ「ぼっかけ」も!
迷わず注文し、到着を待つ。異動後のこと、最近興味のあること。異動前にお世話になった先輩とこうやって話すのは久しぶりだ。そして、そばめしを待ちながら話に花を咲かせるというのも、どこか新鮮な気持ちがする。
懐かしい味「ぼっかけそばめし」
しばらくして到着。一口食べると、それはあの神戸で親しんだ味だった。
山形出身の先輩は初「ぼっかけ」にも関わらず、美味しそうな表情で一安心。
社会人3年目で十分な余裕がない今、食べたいときにすぐに神戸に行くのは難しい。だからこそ、神戸に帰った時にはまた足を運びたいし、東京でもふと思い出したときにはまた、この場所に立ち寄ってみたい。ハイカラとはまた一味違う、ディープな神戸を感じるために。
・名称:神戸鉄板 長田いっしん 武蔵小山店
・住所:〒142-0062 東京都品川区小山3丁目25−6
・地図:
・アクセス:東急目黒線武蔵小山駅から徒歩2分
・営業時間:月~金 17:00~24:00(L.O.23:00)
土・日・祝日 12:00~23:00(L.O.22:00)
・定休日:不定休日あり
・公式サイトURL:https://gcb7304.gorp.jp/
All photos by Nakashin