子どもの頃から憧れていたマチュピチュ遺跡。
地元の博物館でマチュピチュ展が開かれたときは、すぐに親に頼み連れて行ってもらった。
未知の世界に心をときめかせ、展示品の1つ1つにくぎ付けに。
遥か遠くにあるマチュピチュ遺跡に魅せられて、いつか実物を見てみたいと思っていた。世界一周中の2024年11月、ついに憧れのマチュピチュ遺跡へ行くチャンスを掴んだ。
マチュピチュ遺跡のチケット込み!?サルカンタイトレイルへ
マチュピチュ遺跡へ行くには、すぐに埋まる日時指定のオンラインチケットを入手するか、枚数限定の前日券を入手する必要がある。
マチュピチュ遺跡を観光する拠点となる街、クスコに到着したは良いものの、私はまだ遺跡へ行くためのチケットを入手していなかった。
とりあえず街のツアーデスクに駆け込み、マチュピチュ遺跡に行きたいこと、マチュピチュに通じる古道「インカトレイル」を歩きたいことを伝えた。
紹介されたのは、4泊5日のサルカンタイトレイル。
サルカンタイという山の周辺を歩くトレイルで、インカトレイルの一部を歩き、最終日にはマチュピチュ遺跡に行けるとのこと。遺跡のチケットが含まれていることを確認した。
遺跡のチケット予約の兼ね合いがあるから、申し込めるのは何週間後だろう?と思っていたが、まさかの数日後から申し込み可能とのこと。
怪訝に思い、チケット代が含まれていること、自分でチケットを買う必要はないことを再確認。
「チケット代は含まれているよ!遺跡に入るのにパスポートが必要だから、パスポートを忘れずにね!」
変わらない返答に安堵し、私はその場でサルカンタイトレイルツアーを申し込んだ。
地元のツアー会社が保持する遺跡の入場枠でもあるのだろうと、私は勝手に思い込んでいた。
陽気すぎて不安になるツアーガイドとの出会い
サルカンタイトレイルでツアーガイドをしてくれたのはベリという男性。
大きな声で笑う、陽気で愉快なラテンアメリカ男性。私が初日にベリに対して抱いたイメージは、とにかく「陽気」。おしゃべりが大好きで、元気いっぱいな人だった。
私がベリの陽気さを不安に感じるようになったのは、2日目にトラブルが起きてから。
私たちのグループは、ガイド1名に対し参加者が10名以上いた。
参加者の体力レベルは様々で、すたすた歩く人から、歩き切れるか心配なほど苦しそうに歩く人までかなりの幅がある。ベリは、それぞれのペースで歩かせていたため、メンバーはばらばらになっていた。正直、あまりにも一人で歩く時間が長いものだから、ツアーガイドがついている感覚がなかった。
他のメンバーがどこにいるのか分からない、道が合っているのか分からない、どこまで歩いたら良いのか分からない。
個人で歩くのであれば、ルートや休憩場所、宿の場所は自分で把握している。でも、今回はガイドに丸投げしてあるから、何も知らない。ベリの指示がないと何も分からない状態だった。
私は、迷子になるのが怖くて、極力ベリから離れないように歩いた。歩いていると、ベリが声を掛けてくれた。
「あと10分で、お昼ご飯を食べる建物が見えてくるよ!」
私は、昼食会場を見逃さないか不安に思いながら歩いた。会場近くでちょうど、前を歩いていた同じグループのドイツ人カップルに追いつき、彼らの後を付いていくことで迷子にならずに済んだ。
私は、詳しく行程が分からないこのツアーに対して不安を抱いていた。
ベリが都度出してくれる指示がないと私は何も分からないけれど、他の参加者は私が持っていない資料か何かを持っているのだろうか?
私が英語の指示を聞き取れていないことで、自分の行動に支障をきたしているのではないか?こんなに前後に広がっている参加者全員にベリ一人で指示を出せるものなのか?
私の不安は無視して良いものではなかった。
2日目の昼食時、事件は起きた。
結論から言うと、ベリの指示はメンバー全員に浸透している訳ではなかった。そして、他の参加者も私と同様、十分な事前情報を持っている訳でもなかった。
昼食会場を通り過ぎて先を歩いてしまったカップルが1組いたのだ。
ベリは、昼食会場にいない人がいることに気づくと、私たちには予定通りご飯を食べるよう声を掛け、慌ててカップルを追いかけた。
私は、カップルが見つかるまでツアーは中断すると思っていた。メンバーの安全が優先されるべきだから中断になっても不満も文句もない。ベリは「見つからなかった」と言いながら帰ってきた。あまりにも距離が開きすぎているため、追いかけたところで追いつかないとのこと。
私は、応援を呼んでカップルの所在を大捜索するものだと思い込んでいた。
でも、ベリはあろうことか昼食を食べている私たちに加わって、楽しそうに笑いながら自身もごはんを食べ始めた。
「なんとかなるよ」
そういって、料理を頬張るベリは、いつもの陽気なベリそのもの。私は、このとき山で迷子になってしまっても、助けてくれる人はいないことを悟った。先に進んでしまったカップルは、途中で異変に気付いたようで自力で昼食会場まで戻ってきた。
確かに、ベリの言う通り何とかなった。その日の行程は、大きな変更なく無事に終了。
無事に全てが上手くいったからよかったものの、大事になりかねなかったのでは?私は、この日のベリの対応が良いものにも思えなかった。あまりにも、陽気で能天気すぎないだろうか。
ベリが見せた涙
3日目、大きなトラブルが発覚した。
なんと、ツアーのメインでもあるマチュピチュ遺跡のチケットが購入されていないことが判明。
一部のメンバーはチケットを持っているのに、多くのメンバーはチケットを持っていない。何が起きているのか分からず、これからどうなるのか分からず、メンバーは戸惑っていた。
「ごめんね。でも、私たちは人間だから誰にでもミスはあるよ。」
そういって、ベリは遺跡のチケットがない人に対し、3つの選択肢を提示してくれた。
1つ目は、翌日のトレッキングを中止して前日券を買いに行く案。
2つ目は、真夜中に全員でトレッキングを開始して、それから前日券を買いに行く案。
3つ目は、チケットを持っている人たちと一緒に予定通りトレッキングを行い、延泊してマチュピチュ遺跡に行く案。
「みんなはどうしたい?」
このように尋ねるベリは、まだいつもの陽気なベリだった。
チケットが手元にないメンバーの一人がベリの対応とトラブルに対して激昂した。「どうしてチケットがないの!何が起きているの!人間だからミスがあるってなに!」ベリは、怒り狂うメンバーを前に初めて悲しそうな表情を浮かべた。
怒られて、責められて、ベリの陽気さはどんどん消えていった。
「僕はただ、みんなに楽しんでもらいたいだけなのに」
そういいながら、メンバーの気が済むまでベリは真摯に対応した。遺跡のチケットが買われていなかったことに関しては、ベリは何も悪くなかった。
悪いのはツアー会社なのだ。それなのに、トラブルの解決をフリーランスのツアーガイドであるベリに丸投げしている。ベリは必死に解決策を考えてくれていた。それで考え出したのが先程の3つの案。
「もうこれ以上、解決策は思い浮かばないよ。どうしたらいいのか分からない。僕は、みんなに笑顔になって欲しいのに。」
ベリは、説明しながら目に涙を浮かべていた。
この姿を見て、私はハッとした。
ベリはただ、何も考えず陽気で能天気だった訳ではない。みんなに笑顔になってもらいたくて、明るく振舞っていたんだ。
確かに、ベリはよく「僕はみんなに楽しんでもらいたいんだ!」と言っていた。
底抜けに陽気な人だと思っていたけれど、それはベリの「みんなに楽しんでもらいたい」という思いから来ていたのかもしれない。
安堵のため息が物語る本心
4日目の朝、ベリはいつもの陽気なベリに戻っていた。
私は、その姿を見て安堵した。
4日目は、ベリの案を受け入れ、予定通りトレッキングをするチームと、マチュピチュ村へ行って前日券を購入する2チームに分かれることに。
ガイドは1人しかいないから、前日券を購入するチームは、ベリがWhatsAppで指示を送り、その指示に従って動く。
しかし、ここは電波は届かないし、WIFIもほとんどない山の中。
「君たちがマチュピチュ村に着くとき、僕はきっとWIFIがあるエリアにいるからそこで指示を出すね。」
タイミングがずれてしまうと作戦に支障をきたすし、下手すれば連絡が取れなくなってしまう。
チームを2つに分けることは、ベリにとってなかなか勇気のいる決断だったと思う。
それでもベリは、不安を顔に出さずいつもの陽気なベリのまま、みんなを送り出してくれた。
「なんとかなる」と信じることができるベリだから、この選択肢を取る勇気があり、加えて笑顔を見せる余裕があるのだと感じた。
作戦は全て上手くいった。全員が無事にマチュピチュ村に辿り着き、遺跡の前日券を購入。遺跡のチケット代が参加者負担にならないよう、ホテルの人に立て替えてもらうよう手配しており、徹底したサポートをしてくれていた。
夜、ベリと合流したときに、声を掛けられた。
「遺跡のチケットは買えた?ホテルの人からチケット代受け取った?」
全てが上手くいったと分かったとき、ベリは胸に手を当てて、大きなため息をついた。
この姿を見て、私はベリだって不安でいっぱいだったのだと感じた。
ベリの「なんとかなる」は能天気なだけではない。
「なんとかなる」ように、たくさん考えて動いた上での「なんとかなる」。
最大限みんなが楽しめるように、多少リスクがある行動でも「なんとかなる」と信じて行動してくれた。「なんとかなる」ように裏でたくさん動いてくれていた。
みんなが楽しめるように、陽気な姿を見せながら。
ツアー会社に対して色々文句を言いたい気持ちはあるけれど、ベリのおかげで楽しい4泊5日のサルカンタイトレイルを過ごせた。
ベリに学ぶ仕事の極意
サルカンタイトレイルが終わった後、私は自分の仕事の対応について振り返っていた。
私はこれまで、幼稚園児や小学生を連れて課外学習に行ったり、知的障害者と外出したり、何度か引率する立場を経験していた。
私は「みんなに楽しんで欲しい」というベリのマインドを持って引率していただろうか?
答えは「NO」。事故なく行程を終えることばかり意識していた。
今回のサルカンタイトレイルで引率する立場であれば、私なら2日目にカップルが行方不明になったとき、その後の行程が狂おうがカップルの捜索を最優先。
そして2チームに分かれた4日目は、自分の目が届かないチームが発生するのは怖いから、全員の予定を変更してみんなで遺跡の前日券を買いに行く判断をしていたはず。
きっと、安全対策の面からしたら、私の対応が正しいだろう。でも、それでみんなが楽しむことができるか。考えたことがなかった。
ベリのように、みんなが最大限楽しめることを最優先するのであれば、ベリの判断が正しいのかもしれない。
私が引率を担当したみんなは、楽しめていただろうか?
プレッシャーを感じながら引率していた私は、どんな表情をしていただろうか?私の引率には「みんなに楽しんで欲しい」という視点が欠けていた。
ベリのように参加者を不安にさせない明るさと、「なんとかなる」と信じて楽しめる選択肢を取る勇気が、ときには必要かもしれない。
少なくとも「みんなに楽しんで欲しい」というマインドを持って、これからは引率しよう。
サルカンタイトレイルを通して、ベリから引率時の仕事の極意を学んだ。
All photos by yuikana