Noelさんのギターに合わせて、私は太鼓を叩いた

Noelさんは、私を見てにっこりと笑ったり、頷いてくれた。

アイルランド音楽を聴くだけにとどまらず、アイルランド楽器を始めたのは、この瞬間を夢見ていたからだ。

スーツケース半分が埋まってしまうほど大きな楽器をわざわざ持ってきたのは、心の奥底でこっそり期待していたからだ。

でもまさか、本当に実現するなんて。生きていてよかった、旅をしてよかった、その言葉しか思いつかなかった。一曲終わり、握手をしてくれた。

きっとここまでは、「楽器を持ってくるほどに音楽好きな変わったアジア人の子」と思われていたと思う。

今がチャンスだと思い、準備していた手紙をNoelさんに渡した。彼はその手紙をサッと開き、一読したように見えた。私やほかの客は、その間に自席に戻った。

手紙の内容は簡単なものだ。

私は日本から来ました。初めてあなたの曲を聴いた2011年頃、その日からずっとあなたの大ファンです。

あなたのCDを少しずつ集め、今では14枚持っています。どの曲も素晴らしくて、何百回何千回聴いたかわからないです。

私にとって、あなたは生きる伝説です。私にとって、あなたはアイルランドそのものです。

この手紙は、ありきたりなものだろう。

だけど、これこそが真実で、これ以上の言葉は思いつかなかったのだ。

私が手紙を渡してから、選曲が変わった

流行りの音楽から、明らかにアイルランド・トラッドに変わったように感じた。

「Nancy Spain」、「From Clare to here」 、「Star of the County Down」、「Step it out Mary」、「Ferry man」。

すべて私が大好きな曲だ。毎日毎日、繰り返し聴いた曲たちだった。この時が一生続けばいいのにと、心からそう思った。

私のために選ばれた歌だった

約2時間のショーが終わった後、Noelさんは私に話しかけてくれた。

普段は最初から最後まで、ずっとアメリカンな最近の曲をやるんだ。古い歌は誰も聴かないからね(笑)。

でも今日は君が日本から来てくれたと言ったから。目の前に座っていてくれたから。アイルランドの曲をやったよ。

CD、14枚も持ってるんだってね。きっと僕よりもたくさん持ってるよ(笑)。

君のバウロン、素敵だね。来てくれて、本当にありがとう。一緒に演奏してくれて、ありがとう。

もう言葉にならなかった。私は何も言えなかった。(多少は言った)

準備していたような言葉は、何も言えなかった…。この想いは、言葉にはできなかったんだ。

お店の人も、私とNoelさんの会話をずっと見守ってくれていた。(ちなみに、スプーンズを演奏し、この会話を見守ってくれていた店員さんは、最初にメッセージに返信をくれたジェイソンさんだった。

彼は翌日、「昨夜が君とって良い時間であったことを願います」と、メッセージをくれた。優しいひとばかりだ…。)

アイルランドを愛している


この国が好き、大好き、それ以外の言葉では言い表せない。

関空からタイ経由、ドイツ・フランクフルトに到着後ダブリンに飛び、そのあとバスに乗りさらに3時間。ものすごく遠かったような、でもやっぱり一瞬だったような気がした。

私は本当に生きていてよかった。彼も生きていてよかった。歌ってくれていてよかった。6年間、どれだけ聴いたことだろう。まだ夢のようだった。

そしてもしも「日本から自分の歌を聴きに来たファンがいる」ということ、彼が1秒でも嬉しく思ってくれていれば、それ以上に幸せなことはない。

私にとっての「旅」

私にとっての「旅」は、誰かに何かを与えに行くためでも、文化を学ぶためでも、何かを成し遂げるためでも、何でもない。

ただ、聴きたい音楽を聴き、会いたい人に会い、あなたは素晴らしい人だ、大好きだという想いを伝えるために、現地へ赴くことだ。

これからも、それは変わらない。

またアイルランドへ行き、音楽を聴きたい。それだけが私の願いだ。

旅せよ、さらば与えられん。


この場を借りて、関西国際空港に心からの感謝を申し上げたい。

私は空港が大好きだ。空港から、誰もがどこにだって行ける。

就航地を年々増やしてくれてありがとう。東京に行かなくても、大阪の地からどこへでも行ける環境を皆に与えてくれてありがとう。

関空がなければ、私がこんなに旅をすることはできなかった。

空港は、夢をかなえる出発地だ。

2020年、どこにも行けない現在

まさか世界がこんなことになるなんて、誰も予想していなかっただろう。

このアイルランド旅行について、当時の日記を読み返しながら、コンテストに向けて何度も文章を書こうとしたが、なかなか筆が進まなかった。

世の中は、大きく変わってしまった。

今年3月、久しぶりに外出した先の本屋で、いつものように海外旅行のガイドブックコーナーに行った。目の前に並ぶ国々の名前を見て、突然「こんなにも世界は広くて狭いのに、今は誰もどこへも行くことはできないのだ」とハッとさせられた。

アイルランドへ行けないということを受け入れきれず、その時からできるだけアイルランドの音楽を聴かないようにしていた。

特にNoelさんの音楽を聴くと涙が止まらなくなってしまうのだ。この文章も、涙を流しながら書いている。


でも、あの日のあの瞬間を、私は一生忘れたくないし、あの時のような体験をまたするため、また旅をしたい。何度でも旅に出たい。

私は心の底から旅を愛している。

人々が世界を行き来することで、世界がよりつながり、さらに尊敬し合い、発展しあうことを願っている。

自分が何をすればいいのかも、誰に祈ればいいのかもわからない。

ただ、一日も早く、また旅ができますように。

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編集部

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