こんにちは、TABIPPO編集部です。2020年10月12日に締め切った、「#私たちは旅をやめられない」コンテスト。たくさんのご応募ありがとうございました!
募集時にクリエイターの方々の作品例を掲載しておりました特集にて、受賞作を順次掲載する形で発表させていただきます。
それぞれの旅への思いが詰まった素晴らしい作品をご紹介していきたいと思います。ぜひご覧ください。
今回はWORLD賞に輝いた、寺尾都麦/Terao Tsumugiさんの作品『やわらかい音に包まれて』をご紹介します。
寺尾都麦/Terao Tsumugiさんには、香港航空より「モデルプレーン&香港航空オリジナルグッズセット」が贈られます。それでは、作品をお楽しみください。
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2020年、2月某日。私は、ロンドンにいた。
2020年2月某日、ロンドン、イギリスの冬は空気が冷たい。そんなことを考えながら私は、朝のテムズ川沿いを歩いていた。
大学の海外研修プログラムと、教授の軽い研究助手を任され1ヶ月ほどイギリスに来ていた私にとって、この日は、すべてのタスクを終えて、帰国を目前にした最初で最後の休暇だった。
いくら学校や両親からお金を出してもらって訪れた正式な研修であれ物心ついた時からビートルズやフラテリス、ローリングストーンズが好きでイギリス紳士に憧れ、Paul Smithを崇拝している自分にとって最後の休暇、憧れの地ロンドンを一人で歩くほかに選択肢はない。
ラッセルスクエアにある教授の研究室で目を覚まし、濃い紅茶を流し込み、お気に入りの紺色のコートを羽織り、重いブーツの靴紐をいつもより少し強く締め、私は、早朝のロンドンへ飛び出した。
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向かった先は、テイト・モダン。イギリスの現代風な美術館。
開場時間を確認せずに受付のおじさんにチケットをくれと話しかけに行くと、10時にまた来い、と時計を見ると、9時20分。なかなか時間がある。
冬のイギリスにしては珍しく天気も良かったし、近くのカフェでラテをテイクアウトすることに。
そのラテがあまりの美味しさだったのと、空気の心地いい冷たさで、ベンチで気持ち良くなっていたとき、耳に信じられないくらい好きな音が流れ込んでくるのを感じた。
そのまま音の聴こえてくる方向に移動すると、ギターケースを開き、自身で用意したのであろうパイプ椅子に座り、スタンドマイクの前でとてつもなく優しい顔をする人がいた。
単に、この人の出す音が好きだった。やさしくて、柔らかくて、トゲのない音。
ラテはもう冷めていたけど、開館まで、しばらくこの人の歌を聴くことにした。
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テムズ川の流れる音と、少し遠くに聞こえるような気がするロンドンの喧騒。川沿の柵によしかかる自分と、変わらずやさしい顔をして歌う彼の、間を行き交う人々の話し声。
全てが心地よかった。いや、彼の歌が全てを心地よくさせた。開館5分前になり、曲がちょうど終わりに差し掛かったので、チップを渡して帰ろう、と彼に近づいた。
実はこの時、時期が時期なのもあって、アジア人である私はこの日までイギリスに良い思い出だけを抱いていたわけではなかった。
生まれて初めて自分の肌の色が原因で被差別者となった。バスや電車、レストランやホテルで、嘲笑されたり、遠ざけられることも少なくはなかった。
この日も、楽しみな気持ちが半分、隠し切れない不安が半分だった。
けど、そんな時に彼の音楽を聴いて、晴れた朝、テムズ川沿いで、穏やかでやさしくて柔らかい、素敵な時間を過ごすことができて私の中で、それに対する感謝の気持ちが芽生えていた。
「素敵な朝にしてくれてありがとう。おかげでイギリスやロンドンが好きになった」
そう声をかけ、ギターケースに気持ちばかりのコインを入れた。
清々しい気持ちで建物内に向かおうとすると、
「ちょっと待って」
彼が私を引き留めた。
「握手しよう」
わざわざ席を立って握手しに来てくれた彼は、私にいろいろなことを聞いた。
どこから来たのか、イギリスでは何をしていたのか、もしやイギリスで不快な経験をしたのか。
私は正直に、日本からイギリスへ勉強しに来たこと、イギリスで何度か軽い嫌がらせを受けたことについて話した。
「コインは要らない。もう一曲だけ聴いてから日本に帰って」
そう言った彼は、私を元の場所に戻らせ、マイクの前に座った。彼が鍵盤を鳴らし始めると、聴いたことのある優しくて懐かしいメロディーが流れた。
歌い始めたのは、John Lennon の『Imagine』。
昔から大好きだった曲。意味を知った時震えた曲。
なぜ彼がこれを聴かせてくれたのか、その本当の意味は今でもわからない。けど、こういう時は、自分の好きなように解釈することにしようと思う。
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平和について、想いを巡らせたことがある人はどれくらいいるだろう。世界が平和と幸福に満たされる方法について、考えたことのある人はどれくらいいるだろう。
今、政治や、経済、いろんなもので、世界は回ってる。人々が、自分一人の力を信じられないような、そういう大きな世界になってきている。
世界平和なんて、人々が愛し合える世の中なんて、今はそんなの、夢想家だと笑われる世界なのかもしれない。けど、やっぱり、多分、それはちがう。
あんなに悲しい思い出ばかりだったイギリスをたった一曲分の歌声と、やさしさで、大好きな国に変えてくれた人がいた。
やっぱり、ほら。また好きな場所が増えた。また忘れたくない人が増えた。
またこんなに小さなことで、世界って素敵なのかもとか思ってしまった。
またイギリスへ来よう。そしていつかまた、彼の音楽を聴きに、朝、ラテを持って、テムズ川を歩きたい。
ああ、ほら。これだから旅は、やめられないんだ。
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