タイでもっとも美しい滝と言われる、「エラワンの滝」。
7段に連なる壮大な流れは、全長1500メートルにも及び、滝壺はエメラルドグリーンにきらめく。そこにはトレッキングコースもあり、七段の滝の景色もそれぞれ楽しむことができる。
昨年の夏、バンコクを拠点にまったりと過ごしていた僕と妻は、その話に惹かれ、エラワンを目指すことにした。
滝や山の景色はもちろんのこと、エラワンへ向かうまでの道のり、到着してからの予想外の出来事、下山した後のゲストハウスでの夜ーー。
そのすべてが、僕らにとっては冒険だった。
タイ滞在40日のうちの、わずか3日間のこと。それでも、その冒険は僕らの心に鮮やかな思い出を残してくれた。
エラワンの滝
世界の車窓から
「エラワンの滝」があるのは、タイ西部・カーンチャナブリー。バンコクから行くには距離があるので、観光ツアーに申し込むのがおすすめと聞いていた。
しかし、僕らは日程に縛られず、自由に旅をしたい夫婦。今回はツアーに頼らず、バスと鉄道を乗り継いで自力で行ってみることに決めた。
早朝、ローカルバスに乗って、トーンブリ駅へ。念のためかなり早めに到着したのだが、駅は空いていて、チケットもすんなり買うことができた。
海外で交通機関を利用する時は、システムが複雑だったり、カウンターが混雑していたり、調べていた時間と駅の表示がちがったりと、苦労した思い出ばかりだったので、こんなにもスムーズにチケットが買えたことに密かに感動した。
トーンブリ駅
やってきた列車に乗り込み、しばらく揺られる。車窓には青空や草っ原の景色が延々と続き、車内ではみんなまったりと過ごしている。それはまるで、「世界の車窓から」の映像に出てくるような光景だった。
異国の鉄道旅のワクワクする空気感に包まれながら、僕らはのんびりとカーンチャナブリーを目指した。
車窓からの景色
想定外の一夜
カーンチャナブリーに到着。そこからさらにローカルバスに乗って、目的地であるエラワン国立公園へ向かう。その日は公園内にあるというホテルに泊まって、翌朝に滝を目指すつもりだった。
ところが、受付で告げられたのは、「宿は満室」という言葉。どうしよう……と困っていると、スタッフが一言。
「テントならありますよ」
一瞬耳を疑ったが、聞いてみると公園内にはキャンプサイトがあって、テントの貸し出しもできるとのこと。
一度園内に入ってしまったので、もう他の選択肢はない。それに、僕らは日本でもキャンプが好きだったし、「海外でキャンプなんて、なかなかできることじゃないよね」と、テント泊を決行することにした。
唐突なテント泊
テントはすでに組み立ててあったので、早速荷物を置き、園内を散策したり、ご飯を食べに出掛ける。
思いがけない展開だったが、これぞ旅の醍醐味と、むしろこの状況を楽しんでさえいた。
餅米とマンゴーを一緒に食べる「カオニャム・マムアン」
しかし、夜になると少し肌寒くなってきたのだが、園内のシャワーは水しか出ないことが判明。
震えながら水を浴び、「これもまた旅の厳しさ」と全身で感じるのだった。
それでも寝る時には、ひんやりした空気と虫の声が心地よく、よく眠ることができた。
想定外の展開や多少の不自由さに見舞われても、前向きに受け止めて進むこのエネルギーは大事したい。
タイの自然に包まれる夏の夜に、そんなことを思いながら眠りについた。
園内の池もエメラルドグリーン
いざ、滝登りへ
翌朝、いよいよエラワンの滝へ。
入り口でライフジャケットを借りて、いざ出発。ライフジャケットを着用すれば、滝壺内で泳ぐことができるという。それだけ水が綺麗ということだ。
7段の滝の道は途中から道が険しくなり、4、5段目あたりで引き返す人も多いとか。だけど僕らの目標は、もちろん完全制覇。最上段までの登頂を目指して、ひたすら山道を進んだ。
道に揺れる木漏れ日、絶えず流れる水の音。時折聞こえる鳥の声。土の匂い。滝壺ではしゃぐ人々の姿。などなど。
確かに道は次第に険しくなっていったが、道中の風景は想像以上に五感を刺激し、心を癒してくれた。
滝と森の景色に癒される
滝壺で泳ぐ人々
そして7段目。ついに登頂!
最上段は岸壁に囲まれていて、上を見上げれば青空が見える。これまでは頭上は木々に覆われていたので、久々に空を見た気がした。
青空の下、登りきった後の滝壺で泳ぐのは、本当に気持ちがよかった。岩の上に寝そべってみたりして、心ゆくまで最上段の景色や滝壺を楽しんだ。
最上段の景色
下山の途中、野生の猿に遭遇した。
家族連れのようで、初めは可愛いなぁと癒されながら見ていたのだが、次第にその家族の営みに神秘を感じ、目が離せなくなっていた。
こうした偶然の出会いと、生命の神秘を感じられるのも、自然のなかを歩く旅ならでは。
野生の猿との邂逅
さらに下ると、上りではスルーしていた天然のウォータースライダーが出てきた。水の流れる大きな岩から、滑り台の要領で滝壺に飛び込むことができるようだった。
僕らもせっかくなので体験することに。妻が先に滑り、楽しそうに笑っている様子を見て、続いて僕も意気揚々と岩山をのぼる。
が、いざ岩の上に登ってみると思ったより高い。少しビビリながら思い切って滑ると、想像以上にスピードが出て、「キャッ」と小さく悲鳴を上げてしまった。
この少し前に誕生日を迎えていたのだが、まさか30歳にしてこんな悲鳴を上げることになろうとは……。
ウォータースライダー
登って、泳いで、笑って、癒されて、叫んで。
滝のすべてを味わい尽くした時間だった。
猫と屋台とホットシャワーと
下山後はバスでカーンチャナブリーの町へ。
こぢんまりとして綺麗なゲストハウスを見つけたので、飛び込みで泊まることに。
宿はとても落ち着いた雰囲気で、広い庭に1棟ずつ小さな部屋が並んでいるつくりをしていた。
その庭にはオーナーが飼っているのであろう猫たちが、のんびりと歩いたり寝っ転がっていたりして、とても癒された。
にゃんこ①
にゃんこ②
晩ご飯は近くのマーケットへ。屋台がずらりと並び、まるでお祭りのよう。だけど、タイの人たちにとってはこれが日常の風景なのかと思うと、文化の違いにまたしみじみと旅を感じるのだった。
屋台飯
宿に帰って、久々のホットシャワーを浴びたとき、思わずため息が漏れた。
バスと鉄道の長旅。突然のテント泊。冷たい水のシャワー。滝を登り切った達成感と、再び降りてきてくたくたになった体。怒涛の二日間で溜まった疲労が、熱いお湯で癒されていく。
そしてホットシャワーが出るという、日頃は当たり前に享受していることの有り難みを、全身で噛み締めた。
忘れられない夏
こうして、エラワンの滝へと行ってきた僕ら。
バンコクの40日間は、そこで暮らしているようにのんびりと過ごしていたので、まさかこんな冒険の旅ができるとは思いもしていなかった。
不便で不自由でアクティブな大自然の旅。だからこそ噛み締めた些細な喜び。
この3日間は、間違いなく僕らにとって、忘れられない夏になった。
滝の中で
All photos by Satofumi Kimura