ライター
Ayano 旅する女将

外資系CAとして10年間勤務した後、東京の離島、神津島で宿「みんなの別荘ファミリア」をオープンし、奮闘中。 18歳で初めて一人で海外へ行ったのを皮切りに、留学、インターン、世界一周、航空業界と人生が旅に染まっていき、旅人を迎える側になった今でも旅に出るのはやめられない。家族からつけられたあだ名は"飛んでるねぇちゃん"。LAとマカオに居住経験あり。

ところが、そのとき私がいたマドリッドから航空会社へ電話するも、なぜかスカイプや公衆電話からはつながらず、唯一つながった宿の電話は、長電話になってしまったので、途中で受話器を奪い取られてしまう始末。

困り果てたわたしは、現地の航空会社のオフィスらしき場所を訪ねることにしました。

 

「きっとチケットカウンターがあるはず…」

 

そんな期待を大きく裏切り、そこにあったのは、まさかの普通のオフィスでした。もう泣きそうな状態で、一か八か、思いっきりドアをノックしました。

ドアを開けて出てきたお兄さんは、半泣きのわたしの顔を見てびっくりしていましたが、必死に事情を説明すると、困った顔をしながらも、オフィスのデスクと電話(しかも国際電話)を貸してくださいました。

またしても、神対応。この方がドアを開けてくれなければ、予定通り日本に帰れなかったかもしれません。

 

心から祝ってくれたロサンゼルスの友人

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マドリッドでの神対応のおかげで、なんとか最後の予定通り、ロサンゼルスの留学時代の友人の顔を見てから帰れることになりました。

ルート変更や入社準備に追われ、夢が叶った喜びを味わうことも、世界一周していることも忘れてしまっていたわたしを、友人は明るく、暖かく迎えてくれました。

 

「世界一周なんてかっこいい!」「夢を叶えたんだね!おめでとう!」

みんな口々に、全力でお祝いパーティーをしてくれました。やっと心から喜ぶことができ、これから何があっても頑張っていこうという勇気をくれた心の友達です。

 

世界へと送り出してくれた母

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そもそも、応援してくれる母がいなければ、留学だって、ましてや世界一周行くことはできませんでした。

もちろん、はじめは反対されました。

 

世界一周に行きたいなんて、しかも就職が決まったのにすぐに帰ってこないなんてとんだ娘だと思われても仕方ないし、親不孝者でしょう。

「あんたには呆れるわ…」そう言いながらも、いつもわたしのやりたいこと応援してくれる母。時には厳しい言葉をくれる母に感謝しています。

 

心からありがとう

実は、このストーリーに登場する人物の中には、今では連絡がつかなかったり、名前さえ覚えていない方や、きちんとお礼ができていない方も存在します。

世界一周の後、最大に後悔していることは、あまりにも目先のことに必死できちんと連絡先を聞いておかなかったことです。

 

この中の誰か一人でもかけていたら、わたしの夢は叶いませんでした。そして、この他にもたくさんの人の支えがあって、今のわたしが存在していることに心から感謝しています。

後悔は残ってしまいましたが、人の温かさや優しさ、いかに自分が周りに支えられているかにも気づくことができたのは、世界一周から学んだことのひとつだと感じています。

ライター
Ayano 旅する女将

外資系CAとして10年間勤務した後、東京の離島、神津島で宿「みんなの別荘ファミリア」をオープンし、奮闘中。 18歳で初めて一人で海外へ行ったのを皮切りに、留学、インターン、世界一周、航空業界と人生が旅に染まっていき、旅人を迎える側になった今でも旅に出るのはやめられない。家族からつけられたあだ名は"飛んでるねぇちゃん"。LAとマカオに居住経験あり。

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