インドの街
ライター

田舎の古民家で暮らす27歳のマーケター。ゼロ日婚をした夫と2人でニュージーランドにてワーキングホリデー生活を送る。帰国後はフルリモートで会社員をしながら田舎暮らし。趣味は料理で、現地での暮らしや食文化に触れるような旅が好き。「主体的な選択で、幸せな人生をデザインできる人を増やしたい」という想いを胸に発信をしています!

「迷ったらインドへ行け」「インドに行くと人生が変わる」

そんな言葉を、どこかで耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。インドは多くの人を魅了する国です。でも、なぜほかの国ではなく、インドなのでしょうか?

私にとって、「旅」と呼べるような経験はインドがはじめてでした。自分で飛行機を予約して、宿をとって、準備して向かう旅。大学生のころに訪れたデリーでの経験を思い出しながら、「インドに行くと人生が変わる」というフレーズの背景にあるものについて考えてみたいと思います。

生を実感する熱気と活気

インドの行列
私は大学の社会貢献サークルの活動で、インドを訪れました。ひとりでは絶対行かなそうだから……という理由でインドチームを選び、先輩に教わりながら飛行機と宿を手配。リスク管理係として薬や注意情報をまとめたり、ホテル選び担当として条件を調べたりしました。シャワーのお湯がしっかり出る、コスパの良い安宿を見つけたときの嬉しさは、いまも忘れません。

デリーに降り立った私は、まず「生きてる感じ」に圧倒されました。

熱気がからみつくような街中、スパイスの香りが漂う空気、人々のざわめきやクラクションが途切れない道路。

そこには、必要最低限のもの以外は見当たらないような環境がありました。しかし、そんななかでも人々は生きるために一生懸命。その姿を目の当たりにして、自分の「生」と真摯に向き合う体験をしました。

日本の整然とした街並みや、時間通りに進む日常とは違う、別の時間が流れているような印象。それは「生きている」という原初的な実感に近いものだったのかもしれません。

リキシャ
私がインドで好きだった時間は、リキシャ(トゥクトゥクに近い乗り物)に乗って街を駆け抜けるとき。風を切る爽快感と混沌とした交通風景が一体となって、まさにインドの熱気を体現しているようでした。こうした身体で感じる体験こそが、現地を訪れる価値なのではないかと、私は思います。

「あたりまえ」が崩れると見えてくるもの

インドの孤児院部屋のトイレと、シャワー代わりの水道・バケツ
私がインドのデリーを訪れたのは2回。2回目は孤児院に滞在するという経験をしました。

シャワーの代わりに水道の水を汲んで水浴びをする。子どもたちとサッカーをして、その後一緒にスポーツドリンクを飲んだら、お腹を壊した。あとで知ったのですが、溜めた雨水にドリンクの粉を溶かしたものだったのです。

「衛生的な水が飲める」「お湯が出る」「きれいなベッドで眠れる」━━そんな日本での「あたりまえ」が、当時私が過ごしたインドでは、あたりまえではありませんでした。

2回目のインド渡航の直後に、私はタイに行きました。舗装された道路や、清潔感のあるホテル、問題なく使えるシャワー設備。インドでの経験があったからこそ、タイでの滞在が心地よく感じられたのです。もちろん訪れる場所によっても異なるでしょうし、それぞれの国が持つ独自の魅力や文化があり、単純な比較はできません。しかし、こうした環境の違いから、私は自分のなかでの「快適さ」の基準が変化していることを実感しました。

インドだからという話ではないかもしれませんが、恵まれない環境で旅をすると、どんなところにも適応できる感覚が身につく気がします。私にとってはそれも、インドに行ってよかったことのひとつです。

スパイスの世界に踏み込む

インドのカレー行きつけのカレー屋さんを見つけ、カレーをシェアしながら、ロティを食べていました。ラッシーも美味しい。
インドといえば、カレー。

滞在中に食べたのは、とにかく毎日カレーでした。カレー以外に食べたものは、スパイス味のチャーハンのような「ビリヤニ」と、スパイスで味をつけたお肉をトルティーヤで巻いたもの。主食は日本のインド料理屋さんで出てくるようなリッチなナンではなく、「ロティ」と呼ばれる薄いものでした。

和食では醤油や味噌を使いますが、それは全て「大豆発酵調味料」。インドでクミン・ターメリック・コリアンダーなどを使うのを「全部スパイス味」と括るのは、こういう考え方なのだろうと、インドの食文化をだんだんと理解しました。

毎日スパイスまみれの食生活。じつは1回目の訪問時、私は扁桃炎で喉がやられ、2週間寝込んだあとの病み上がりでした。インドで過ごすなかで急激に元気になったのは、スパイスの力でしょうか。

最近、日本でもスパイスカレーの面白さを知り、またインドの食文化に触れてみたいという気持ちが高まっています。

教育の本質に触れる

スラムでソーラン節子供たちに日本文化を伝えるワークショップ。一緒にソーラン節を踊りました。
デリー滞在中、私たちはスラムに行って、子どもたちに教育を提供しているNPO法人を訪れました。

持っていた、「スラムで暮らしている子ども」のイメージに反して、子どもたちの目は輝いていました。「将来は先生になる! 警察になる! お医者さんになる!」と元気に話してくれたのです。

学校をとても楽しんでいる子どもたち。教育は本来楽しいものであり、将来をひらくもの。そんな本質に迫れた気がしました。

タージマハルの神秘と美

タージマハル
歴史の教科書で見ていて、一度は訪れてみたかったのがタージマハル。デリーから、アーグラへと足を運びました。

混沌としたインドの街並みや喧騒を経験したあとに目にするタージマハルは、その対比も相まって圧倒的な美しさを放っています。真っ白な大理石で作られた完璧な左右対称の建物は、目に入った瞬間に圧倒されるようなオーラがありました。

タージマハルは単なる観光名所ではなく、愛の証として建てられたお墓です。ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、出産の際に亡くなった最愛の妻ムムターズ・マハルのために建設したもので、その名前も妻の名に由来しています。完成までに22年の歳月と2万人の職人を要したと言われています。

タージマハルを眺めるアーグラ城の窓から、タージマハルを眺める
特に印象的だったのは、タージマハルから少し離れたところにある「赤い城(アーグラ城)」からの眺めでした。シャー・ジャハーンは晩年、息子によってこの城に幽閉され、窓からタージマハルを眺めながら愛する妻を思っていたと言われています。その窓から同じ景色を見つめると、400年近い時を超える感覚に包まれました。

これほど長い時代に渡って愛され、世界中から多くの人を惹きつけ続ける場所に立てたことが、心から嬉しく思いました。インドが持つ混沌とした熱気、そして息を呑むような美しさという対比。それらすべてを含めて、タージマハルはインドを象徴する場所として、私の心に深く刻まれています。

インドに行くと人生はどう変わる?

スラム
「足るを知る」「今ある環境に感謝する」「生を感じる」「スパイスを中心とした全然違う食文化に触れる」——こんなことが、私がインドから得たものです。

治安は心配していましたが、細心の注意を払っていたこともあり、怖い思いはしませんでした。

インドを訪れた人と話すと、直後は「しばらくいいや」と言いつつ、少し経つと「またインドに行きたい」と言っている気がします。そんなエネルギーを分けてくれる場所なのです。

私がインドに行ったのは、もう9年前。今のインドはまた違うと思います。私も最近スパイスカレーの面白さを知り、今の自分で、またインドに行きたいと思うようになりました。

インドといっても奥深い。南インドの食文化はまた全然違います。ムンバイに行ったら、デリーとは違った発展したインドの形を見られると思います。また、瞑想やヨガなどの世界に詳しければ、もっとインドを楽しめるかもしれません。

あなたの心はどう反応する?

ビリヤニまた本場のビリヤニを食べたい
旅の世界を知らなかった大学生が、最初にインドに行ったことを思い出しながら、私なりのインドのイメージを語りました。

「なんとなくインドが気になる」人は、ぜひ行ってみてほしいです。日本と全然違う環境だから、いろんなことを感じるはず。そして感じることは、あなたの心の状態やタイミングによっても異なるはず。

そのなかで、あなたの心が何を感じ取るか、その感覚を大事にしてください。インドが人生を変えるのではなく、インドに反応するあなたの心が、人生への変化をもたらすのかもしれません。

リキシャに乗って風を切りながら走る感覚、路上で食べるスパイシーな食べ物の味、子どもたちの輝く目、タージマハルの圧倒的な美しさ、熱気と活気にあふれた空気。インドには、あなたの心を刺激する何かがきっとあるはず。

「迷ったらインドへ行け」
この言葉の意味も、あなたの旅の先に見えてくるものなのかもしれません。

All photos by Yuka Chiba

ライター

田舎の古民家で暮らす27歳のマーケター。ゼロ日婚をした夫と2人でニュージーランドにてワーキングホリデー生活を送る。帰国後はフルリモートで会社員をしながら田舎暮らし。趣味は料理で、現地での暮らしや食文化に触れるような旅が好き。「主体的な選択で、幸せな人生をデザインできる人を増やしたい」という想いを胸に発信をしています!

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