東西に長い島根県。八百万の神が集まる出雲大社のある東の「出雲地方」、銀で栄えた西の「石見(いわみ)地方」。
同じ県内でも両者は別の国のように風土や風習、文化、歴史とことごとく異なるそうです。
それは神へ捧げる舞「神楽(かぐら)」でも同じ。古来、「石見国(いわみのくに)」と呼ばれた島根県西部の石見地方に伝わる神楽もまた出雲地方とは異なる発展を遂げています。
今回は石見地方に息づく伝統文化の中から、石見神楽を訪ねる旅をご紹介します。
見出し
島根県西部の「石見」とは
Photo by Mayumi
大田市以西の島根県西部一帯を表す「石見(いわみ)地方」。古くは「石見国(いわみのくに)」と呼ばれ、江戸時代には「石州(せきしゅう)」とも呼ばれていました。
そんな石見地方といえば、2007年に世界遺産に登録された石見銀山。かつて世界を動かすほどの埋蔵量を誇った銀の産地・石見は、銀山開発により町が栄え、その面影を今に伝えています。
Photo by Mayumi
北に日本海、南に山陰の山々に囲まれた石見地方。万葉歌人・柿本人麻呂がこの地で歌を詠み、躍動感あふれる「石見神楽(いわみかぐら)」が時代を経て発展を遂げ、そして気候風土に根差したすぐれた伝統工芸が生まれています。
同じように、神に寄り添い、神とともに生きてきた出雲と石見。そんな両者の間で大きな違いを見せつけられるのが伝統芸能の舞・神楽です。
躍動する神々の舞「石見神楽」とは
Photo by Mayumi
神に奉納し、時に神を招く(おろす)神楽の舞は、島根の人々の生活に深く根付いてきました。
島根の神楽は大きく分けて「出雲神楽」「石見神楽」「隠岐神楽」の3種類です。能の要素を取り入れた格調高い東の出雲神楽、それに対して、時代とともに演劇性が強くなった西の石見神楽、神事としての性格が色濃い北の隠岐神楽と三者三様、独自の発展を遂げています。
Photo by Mayumi
石見神楽の見せ場は、テンポが速く躍動感あふれるダイナミックな動き、絢爛豪華な衣裳と和紙でできた面やのたうちまわる蛇胴(じゃどう)、代表演目「大蛇(オロチ)」などで見られる口から煙火を噴き出す花火など、一度見たら忘れられない圧倒的な演出の数々です。
そんな石見神楽の最大の特徴は、神へ捧げる神楽としての一面を大切にしながらも、時代の変化に応え、時に新しいものを取り入れてエンターテインメント性を高めているところ。130を超える神楽団体がそれぞれに個性をもつゆえんです。
Photo by 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会「EXPO2025大阪・関西万博」公式ホームページより
全国はもとより、世界各地へも精力的に遠征に出かけ、海外から絶賛されてやまない石見神楽。日本を代表する伝統芸能のひとつとして、2025年開催予定の大阪・関西万博でも公演が正式決定されました。
「石見神楽」を支える匠の技たち
ここからは、石見神楽を支える伝統工芸の匠の技をご紹介します。
石見神楽蛇胴:植田蛇胴製作所(浜田市)
勇壮かつダイナミックな大蛇の演舞を可能とさせるのがこの「蛇胴」です。
Photo by Mayumi
直径約36cm、長さ17mにおよぶ大きな蛇胴は、骨組みに竹ひごを、胴体には強靭な石州和紙(せきしゅうわし)を重ねて使用することで、総重量約13㎏と軽量化と頑丈さを実現しています。ちなみに、自在な動きを可能にさせる蛇腹は提灯に着想を得て開発されたそうです。
Photo by Mayumi
今回は、蛇胴製作の第一人者・植田倫吉さんの工房を見学。和紙の強度を保つためには人工的でなく、天日干しによる十分な乾燥が必要で、そのため製作は乾燥した冬場に集中するそうです。
・名称:植田蛇胴製作所
・住所:島根県浜田市熱田町1319-2
・地図:
・電話:0855-27-0540
・定休日:土日
・アクセス:山陰自動車道「浜田港IC」より車で約6分
・浜田市公式サイト「はまナビ」:https://kankou-hamada.or.jp/guidepost/6591
石見神楽面:柿田勝郎面工房(浜田市)
続いて、石見神楽に欠かせないアイテムの「面」です。
Photo by Mayumi
本来的に、木彫りが多い面作り。そうしたなかで、和紙作りが発達した石見地方では、丈夫さが持ち味の石州和紙を使用し、それを幾重にも貼り重ねることで、軽くて頑丈、かつ表情を工夫しやすい匠の技を確立しました。
Photo by Mayumi
同じ石見神楽でも神楽団によって使用する面の種類が異なり、今回は長浜面を受け継ぐ柿田勝郎工房を見学させていただきました。近年では、神楽⽤や飾り用だけでなく劇団、演劇、海外のお⼟産としても⼈気が⾼まっているそうです。
・名称:柿田勝郎面工房
・住所:島根県浜田市熱田町636-60
・地図:
・電話:0855-27-1731
・定休日:水曜日
・アクセス:山陰自動車道「浜田港IC」より車で約5分
・公式サイト:https://kakita.ai-fit.com/
石州勝地半紙(江津市)
お次は、蛇胴と面作りに欠かせない石州和紙(せきしゅうわし)です。
Photo by Mayumi
約1300年の歴史を持つ石州和紙。水に溶けたり破れたりしない丈夫さと品質を兼ね備えた石州和紙は、火事の多かった江戸時代には大阪商人らに重宝されたと言われています。
現在では、「石州半紙(せきしゅうばんし)」は国指定の重要無形文化財に、さらに2009年(平成21年)にはユネスコ無形文化遺産にも登録されました。
※伝統工芸品「石州和紙」は指定された技術・技法、原材料を用いて検査に合格した和紙のこと。
「石州半紙」は主原料に石見産の楮(こうぞ)のみを使用、かつより厳密な技法・技術を用い、伝統的な色沢、地合などが保たれた石州和紙のこととされています。
Photo by Mayumi
石州半紙の一翼を担ったのが「勝地半紙(かちじばんし)」。半紙の産地のひとつとして栄えた長谷(津和野藩)で受け継がれた半紙であり、日本遺産に登録された石見神楽に使用されていることから、その構成文化財に認定されています。
Photo by Mayumi
その勝地半紙を受け継ぐ工房では、一般の方でも気軽に楽しめる紙漉き体験を行っています。今回は併設されている「風の工房」にて、庭で摘んだ花やもみじをそのまま使用する「花のはがき」「ミニミニランプ」作りを体験しました。
・名称:石州勝地半紙工房
・住所:島根県江津市桜江町長谷2696 風の国内
・地図:
・電話:0855-92-8118
・営業時間:10:00~18:00
・不定休
・アクセス:中国自動車道/浜田自動車道「旭IC」より車で約7分、JR山陰本線江津駅からタクシーで約40分
・公式サイト: https://sekishu-kachijiwashi.com
「石見神楽」伝統の夜神楽鑑賞
Photo by Mayumi
夜神楽とは、正式には神社などで夜を徹して行われる神への奉納舞を意味しましたが、石見神楽においては、神楽の舞に酔いしれながら、夜を徹して祭りを楽しむといった、民衆の娯楽の面でも栄えてきました。
Photo by Mayumi
そのため現在では、石見地方の各集落、町の神社などで石見神楽が奉納されるほか、道の駅、観光スポット、公共施設などでも定期公演を開催、あるいは各社中において出張神楽まで受け付けており、石見神楽を目にする機会が豊富に用意されています。
会場の規模や設備に応じて、大蛇の数を四頭あるいは八頭に、または火を噴く花火の使用も調整するそうです。
今回は筆者宿泊のホテル「湯屋温泉リフレパークきんたの里」宴会会場へ「久佐西組神楽社中(くざにしぐみかぐらしゃちゅう)」をお招きし、夜神楽鑑賞付きの贅沢な宴に酔いしれました。
石見神楽を通じて島根・石見を知る旅へ
根底に流れる神への畏敬や物語は同じであっても、「静」の出雲神楽に対し「動」の石見神楽、二つの伝統芸能は別々の技を磨き、歩んできました。
石見神楽を通じて石見地方の魅力を再発見する旅。
折しも2025年の干支は「巳(へび)」。ぜひ今度、縁起を担いで、石見神楽の巳=大蛇(おろち)にあやかりに島根を訪れてみませんか?