彼はジャイサルメール近郊の砂漠の村に生まれ、幼いころからラクダ使いをして生活していたそう。ところが、突然ラクダが死んでしまったために街に出てきたのです。
ジャイサルメールに出てきたときに持っていたお金はわずか数十円。はじめは、レストランの皿洗いなどの下働きをしていましたが、働いていたレストランのコックが突然姿を消してしまいます。
コックがいなくなり、困り果てていたレストランのオーナーに、シヴァは言いました。「僕がコックをします」と。
当初「お前に料理ができるのか?」と、まったく信用していなかったオーナーでしたが、シヴァが作った料理の腕前に驚き、シヴァはたちまちお客さんのあいだで人気者になったそうです。
無一文からゲストハウスのオーナーになるまで身を建てたシヴァのストーリーは、アジア旅行の後ドイツ移住を控えていた私を大いに勇気づけました。
人生思わぬ変化やピンチがあっても、人間身ひとつでできることは案外たくさんあるのだと教わった気がします。
お金はいらないから、好きな物を持っていって
Photo by Harubobo
ジャイサルメール滞在中何度も前を通った土産物屋のスタッフ、タヌさん。
彼は女一人でウロウロしている私を気にかけていたようで、「何も買わなくていいから話をしよう」と声をかけてきました。
私がインドで出会った男性のなかで、タヌさんは最も紳士的な人でした。いつもシワ一つない清潔感満点のシャツを着て、相手に警戒心を抱かせない穏やかな物腰のタヌさんには、安心して接することができたのです。
私が次の街に行くときには、涙で別れを惜しみながら、「お金はいらないから、何か好きな物を持っていって」と言われました。「お客さんになってしまったら、君は僕のことをすぐ忘れるだろうから、お金はいらないのだ」と。
でも「この人から買いたい」という気持ちになっていた私は、「お金を払ったからといってあなたのことを忘れることはないから、買わせて」と言ったのです。
するとタヌさんは「なら君が好きな金額を払ってくれればいい」と言い、私は妥当と思われる金額を払いました。そのとき買ったものには、お互いの心が通じ合った思い出が詰まっています。
おわりに
振り返ってみれば、ジャイサルメールを訪れるまで、私はインドを「敵」のように思っていたのかもしれません。「だまされるかも、ぼったくられるかも、セクハラされるかも…」警戒するあまり心に鎧をまとってしまっていました。
自分の身を守るために注意深くいることは大切ですが、だからといって心まで閉ざしていたら旅を楽しむことはできません。
ジャイサルメールで出会った人々は、人と心を通わせながら生きる毎日がいかに素晴らしいものであるかを教えてくれました。
旅の醍醐味を思い出させてくれたジャイサルメールの人々には、今も感謝の気持ちでいっぱいです。