牧野博士が教えてくれたこと
旅の三日目。まずは「日曜市」へ。
日曜日にのみ開かれる朝市で、高知城下の街道にずらりと店が並ぶ。活気に満ちていて、歩いているだけで楽しくなってくる場所だった。
賑わう朝市
お店の人たちはみんな気さくで、やさしい笑顔で声を掛けてくれる。本部のテントに行くと、おじさんたちが聞きたいこと以上の情報を親身になって教えてくれた。
ここには高知の人たちのやさしさが詰まっていた。
本部にはたくさんの観光案内
午後には「高知県立牧野植物園」へ。
朝ドラで神木くんが演じた植物学者のモデルとなった、牧野富太郎博士の業績を讃えるために設立された植物園だ。
牧野植物園
「雑草という名の草はない」と、植物たちに名前を与え続け、精緻すぎるほどの美しい植物図を描き続けてきた博士の軌跡が、膨大な資料とともに展示されていた。
貧困に苦しみ、他の学者からの嫉妬により大学を追い出されたりと、不遇の時代が続いた牧野博士。それでも生涯をかけて植物と向き合う姿に、ひたすら感銘を受けた。
池の水面に青空と紅葉が映る
そこにあるのは、純粋な「好き」だった。
思えば、この旅も妻の「好き」が発端だった。そんな気持ちに応えるべく、スケジュールを調整し、弾丸でやってきた高知。
「好き」のエネルギーは、ときにあらゆるしがらみを越えて、人を遠くへと連れてゆくものなのだ。
僕にも好きなものはたくさんある。しかし、最近は仕事に忙殺されて、それらにふれる時間が減ってしまった。大好きな旅にも全然出掛けられていない。
それでいいのだろうか。いや、牧野博士のように、好きなことにひたむきになれる人生のほうがいい。そう思った。
紅葉の合間から見える博士像
新たな旅立ちへ
この旅の最中、夜には一応社用携帯を確認していたが、最低限の返信に留めておいた。
上司からの電話も何件か入っていたが、折り返しはしなかった。
以前の僕なら旅先でも急いで電話に出て、ぺこぺこと頭を下げていただろう。けれど、高知の空や風や海、人々の優しさや情熱が、僕に「電話に出なくていい」と囁いてくれた。
怒られるのは後でいい。こんな素晴らしい高知での時間に、仕事を持ち込むなんて。
いまは、僕と妻の大切な時間だ。誰にも邪魔をさせてはいけない。
携帯を鞄の奥に押し込み、美味しい鰹のタタキを頬張る。そのときにはもう、仕事のことは頭にはなかった。
塩で食べる鰹のタタキ
旅を終えて再び仕事の日々が始まると、繁忙期に突入し、ますます忙しくなった。その2ヶ月後、僕は仕事を辞めた。
高知を旅した3日間が、仕事に追われる日々を見つめ直すきっかけをくれたのだ。
この会社で自分を押し殺してまで成し遂げたいことってなんだ。本当にそれが自分にとって大切なことなのか、と。
会社を辞めた僕は、妻とともに120日間の海外旅に出掛けた。それは本当に豊かで、素晴らしい経験だった。
日々好きなことや新しい経験を大切にするようにもなり、価値観や見える世界の広がりも感じている。あの会社でずっと働いていたら、きっと見えない世界だった。
新たな旅が始まった僕の人生。
それでも、まだまだ悩みや迷いは尽きず、また忙しさに飲み込まれてしまうときが来るかもしれない。
そんなときには、すべての予定を投げ出して、弾丸でまた行けばいい。あの「どん詰まり」の地へ。
街を走るレトロな路面電車
All photos by Satofumi Kimura