当然イミグレーションは、ちんぷんかんぷん。「OK!OK!!!」を連呼し続けた私に、審査官は苦笑いしながら、入国を許可してくれました。
日本人も居たと思うのですが、自分のことに必死だったのと、無事にゲートを出られた安堵感に浸る私。
気づけば同じ飛行機に乗っていた人は既に居らず…空港から街中へ出るバスがどれなのか分からず、尋ねることも出来ず右往左往すること約3時間。
やっとこさで辿り着いた時に、バスの運転手さんが「ずっと迷ってたんだね!このバスに乗りたかったんだね!」とハグしてくれたのは、今でも忘れられない思い出です。
「世界一周するんだな。」と覚悟した瞬間
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バッパーでの宿泊、買い物をする、言葉…全てのことがまるで異次元。そんな中でも、日々の出来事全部が、暮らすためには乗り越えなければならない試練と思いながら、1つ1つに体当たり。
その後無事にシェアハウスを見つけ、暮らしが始まりました。
少しずつ慣れてきた頃には、毎日自分で料理レシピを考えて記録、オーストラリアにある野菜や果物を食べてみたり、簡単な英語の勉強をして、仕事をして…そんな暮らしの日々でした。
暮らしにも少し慣れた頃、私が住んでいたシェアハウスに居た、日本人のお兄さんが実は世界を巡っていた旅人だと知り、写真やブログを見せてもらう中でワクワク指数上昇。
「あ、世界一周するんだな私…」そんな気持ちからか、覚悟がスッと決まりました。そんなことで、世界一周することが新たに私自身の目標として掲げられました。
いざ出発の日、人生初の搭乗拒否
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長らく住んでいた街を離れ、別の地域に住んでいる友人らを訪ねて観光。旅の前哨戦のような1週間を送り、皆と別れていざ出発の日。
この頃には必要なことを英語で伝えられるようにはなっていたし、1年間海外で暮らしたことも自信になり、意気揚々と空港に向かいました。向かうは北米カナダ。
そこでハプニングに見舞われ、結果搭乗できず…
このまま日本へ帰国することも頭をよぎったのですが、意地でも今日中に出発してやる!という気持ちが勝ったため、空港内にあった旅行会社にて相談し、慰められながらも航空券を予約してもらい、無事に最終便にて出国しました。
そうして私の世界一周、「世界わっしょい旅日記」と題した旅がはじまります。
暮らすように旅をするスタイルで
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無事にカナダに着いて以降は大きなトラブルもなく、日本へ戻ってくることが出来たのですが、私は旅をしながら、現地で『食・農業』に触れていました。
大きくは、カナダのヤギ農家でWWOOF、ペルーで家庭料理を教わる、ブラジルの弓場農場生活、ベトナムの有機農場で農業と食問題の研究をしていました。
同時に、現地で郷土料理を食べ、スーパーマーケットやメルカドに張り込んで調査し、出会った人に食事情を聞いてみたりと、日常の食生活を自分なりに調べていました。
その中で、日本の食問題に対して必要なこれからの取り組みであったり、私自身が大事にしたいこと等が少しずつ見えてきました。
結果見えたものが多くなりすぎて、あれもこれもな状況になっているのですが、自分の五感で体得できたことが、この先に繋げていける手札になったことは間違いありません。
まとめ
海外に全く興味が無かった私が経験した、海外生活。普段から物事を決断する覚悟をすんなり決めれるタイプの人間なのですが、この旅をしたことは、大きな財産となりました。
勿論、この先私自身の夢をかなえるには、準備も含めて必要なことだらけなのですが、どんなことであれ、思ったことに対して覚悟して動けるかどうかでその先も変わってくるのだなと改めて感じます。
最初の一歩を踏み出すのは大きな覚悟と勇気が必要なことかもしれませんが、その先に得られる失敗も全て含めて、最初のエネルギーをはるかに越えるものが自身に返ってくるものだなと思います。
私は海外生活や旅を通じて得られたものをこの先に生かしつつ、旅しながら生きる感覚を持ちながら過ごしていこうと心にしています。