ライター

28歳でひとり旅の楽しさに目覚めた30代会社員。もう昔のような無茶はできないけれど、ちょびっと冒険したいという思いで毎年ひとり旅へ出かけている。旅のモットーは「安全・清潔・ほどよく便利」。好きなものは夜景と船と電車。

「旅の醍醐味」と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか。

美味しい食事、歴史的な建造物、美しいビーチ、大切な人と過ごす時間……。

どれももちろん素晴らしいものだが、私が考える旅の醍醐味は、「思い出になってその後の暮らしにずっと幸せをもたらしてくれること」。

日常をつつがなくこなしていくのは案外ハードだ。仕事も人間関係も、努力しなければ現状を維持するのは難しい。

そんな、実は常に立ち泳ぎをしているような毎日のなかで、旅の思い出はなぞるたびに心躍る時間をもたらしてくれるものだと思う。

初めての一人旅でハマった「カヤトースト」

31歳の冬、2回目のシンガポール旅行に出かけた。

シンガポールは28歳のときに初めての一人旅で訪れた場所。そしてその旅は、転職活動を2年あまり続けた結果ようやく次の会社が決まり、その記念に訪れた思い出深いものだった。

またしても転職することになった私は、「記念旅行をするならここしかない!」と、思い出の地・シンガポールを旅先に選んだ。

カラフルな街並みが魅力的なカトン地区
そんなアナザースカイ的旅行で、ドハマりしたグルメがある。

シンガポールの定番朝食「カヤトースト」だ。

カヤとはココナッツのこと。カヤジャムというココナッツミルクやパンダンリーフなどから作られたジャムが、有塩バターとともに薄めのトーストに塗ってある。

甘めの醤油がかかった温泉卵と、コーヒーをセットにするのが現地のお決まりのスタイルだ。カヤジャムは日本で食べるフルールジャムのような酸味がなく、優しい甘さとバターが合わさった甘じょっぱい味の虜になった。

どれくらいハマったかというと、翌日以降の朝の予定を全てカヤトーストのお店訪問にして食べ比べをしたうえに、帰りの空港でカヤジャムを買って帰るほどだった。
おすすめは『ヤクン・カヤトースト』本店。あちこちに店舗があるが、創業時のままの炭火焼きトーストが味わえるのは本店だけ。
出勤前と思われる地元の方がひっきりなしに訪れていた

■詳細情報
・名称:Ya Kun Kaya Toast
・住所:Far East Square 18 China Street #01-01 Singapore 049560
・地図:
・アクセス:MRT Telok Ayer駅から徒歩3分
・営業時間:店舗へご確認ください
・定休日:祝日
・電話番号:+65 6438 3638
・公式サイトURL:https://yakun.jp/

カヤトーストを自宅で再現したら旅の思い出がよみがえった

その旅行から2年以上たったある日、フラッと入った輸入食品を扱うお店で何となくジャムの棚を見ていたら、なんとカヤジャムがあるではないか!

嬉しさと懐かしさのあまり即購入し、温泉卵とコーヒーも用意して自宅であのカヤトーストセットを再現してみた。

食べながらたくさんのことを思い出した。シンガポールの室内はガンガンに冷房が効いているため外気との温度差が激しく、外に出た瞬間ギャグのようにメガネが真っ白に曇り、その不格好さに一人で声を出して笑ったこと。

お酒を飲みながら夜景を見たい気持ちが抑えきれず、一人でルーフトップバーに乗り込み、大きめのBGMにとまどいながらもカクテルと夜景を楽しんだこと。

親切なおじさんに有名ホテル内にあるシンガポールの歴史を紹介するコーナーに連れて行ってもらい、解説を聞かせてもらったこと(声をかけられたときはかなり怪しんでいたが、ただの超親切な人だった)。

ルーフトップバーから見た夜景が最高だった
数々の思い出が鮮明によみがえった。どれも思わず笑顔がこぼれてしまう、幸せな記憶。

旅の間に経験したことは思い出となり、旅が終わってからも幸せな気持ちを味わうことができるのだ。

人生で一番大切な仕事は思い出づくり


2020年に発売されロングセラーを続けている書籍『DIE WITH ZERO』には、アメリカのドラマのこんなセリフが紹介されている。

”人生でしなければいけない一番大切な仕事は、思い出づくりです。最後に残るのは、結局それだけなのですから。”

また、著者の父親が晩年肉体的に衰弱してきたとき、父親が大学時代にフットボールに打ち込んでいたときの映像を集めたiPadをプレゼントしたそうだ。そしてそれをとても気に入ってもらえたというエピソードに触れながら、著者はこんなことを記している。

”人は誰でも、常に思い出を通して人生の出来事を再体験できる。”

これを読んだとき、私が真っ先に思い浮かべたのがこれまで行ってきた旅の思い出だった。

カヤトーストのようにお気に入りのグルメを自宅で再現しているとき。自分へのお土産として買ったポストカードを見たとき。友達にオススメの国を聞かれて熱弁をふるっているとき。

いつだって私は旅を追体験できる。

もちろん思い出は旅だけではない。でも、旅は短い期間に感情や感覚、感性が動く瞬間に多く出会える濃い経験だと思う。どれだけ事前に検索して情報を知っていても、現地に行って初めて分かることがある。

香り、音、手触り、そこに流れる空気感。そういうものを全身で味わう時間は、印象深いものになりやすいと思う。だから旅の記憶は私に強く刻まれ、旅が終わってからも忘れられない思い出となり、折に触れてなぞりたくなる。

ままならない日常に、旅が幸せを与えてくれる

私たちの日常は、決して楽なものではない。戦争や災害のような外的変化に心が落ち着かなくなることもあれば、仕事や人間関係がうまくいかないなどの個人的な悩みもつきまとう。

いずれにせよ、毎日心身ともに元気で生活するというのは簡単なことではない。私たちはままならない日常を、なんとかやり過ごしながら暮らしているのではないだろうか。

そんな危なっかしい日々の隙間で、旅の思い出はほんの一瞬、満ち足りた気持ちを運んできてくれる。私がカヤジャムに出会ったように、偶然そうさせてくれることもあれば、写真を見返すなどして自分できっかけを作ることもできる。どちらにせよ、蘇ってきた思い出は、私に幸せなひと時をもたらしてくれる。

だから私は、旅をやめられない。

All photos by Misato Sakaguchi

ライター

28歳でひとり旅の楽しさに目覚めた30代会社員。もう昔のような無茶はできないけれど、ちょびっと冒険したいという思いで毎年ひとり旅へ出かけている。旅のモットーは「安全・清潔・ほどよく便利」。好きなものは夜景と船と電車。

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