旅するように生きる / 四角大輔
テクノロジーが移動のハードルを下げたことで、旅するように生きることがいよいよ現実味を帯びてきた。
LCCの登場によって、これまでよりも劇的に安い価格で目的地に行けるようになっ た。ITの進化を受けて、チケット予約、購入、発券、チェックインすべてが iPhoneひとつで完結できる航空会社もどんどん増えている。
世界ではジェット機や長距離列車の速度も快適さも年々上がっているし、日本国内ではついにリニアモーターカーが誕生することになった。
政府が2020年に掲げている「高いレベルでの車の自動運転」が実用化されれば、 運転することすら必要なくなり、車に乗って寝て起きたら目的地、ということだって起こり得る。子どものころ、漫画やアニメで「遠い未来」として描かれていた世界がもう目前 にまで迫ってきているのだ。
ここで、前ページの表を見てもらいたい。これが、ぼくの2016年の移動カレンダー。 見てのとおり、年間をとおして移動を続けている。
こうして旅するように生きることで得られる利点は大きく3つ。
・ 「思考のモビリティ(柔軟性)」を得られる
・ 「第3の拠点」をいくつも持つことができる
・ 「〆切のある生活」が優先順位を明解にする
これまで再三、その重要性を伝えてきた「自分を移動させられる力(モビリティ)」と いうのは、「身体を物理的に移動させる能力」だけの話ではない。「思考のモビリティ=頭 の柔らかさ」こそ、実はもっとも重要なポイントなのだ。
旅するように生きていると、毎日が「非日常」となり、強烈な刺激と劇的な気分転換に、 繰り返し遭遇する生活が「日常」となる。こうした生活を続けていると、思考は自然に柔軟になっていく。
そうやって得た思考の柔軟性は、あなたのクリエイティビティを拡張してくれる。
勘違いされがちだが、ここでいう「クリエイティビティ」とは、音楽制作やグラフィッ クデザインといった、一部のクリエイター職だけに求められる特殊能力のことではない。
「ひらめき • 思いつき • 発想」や、なにかを改善したり、問題を解決する際に必要な「創意工夫」といった、ぼくたちの日々の生活や仕事で当たり前のように使っている、ベーシックな能力のことだ。
そのクリエイティビティを高めるために土台として必要なものが、「思考のモビリティ」 だ。型にはまった思い込みに縛られないこと、古くて機能していない常識をちゃんと疑えること、新たな流れや価値観を受け入れられること、といった頭の柔軟性のことを指す。
つまり、思考のモビリティとは、「変化し続ける姿勢」のことでもあるのだ。
どんなにデキる人でも、ずっと同じ場所にいるとアイデアは枯渇してしまう。職場の席ではなく、外回りの移動中や出張先のホテルでアイデアを思いつく、といった経験はだれもがあるだろう。
どんなに優秀な人でも、ずっと同じ組織や業界にいると、「井の中の蛙」となってしまい、 狭い世界のルールに縛られて頭が固くなり、身動きがとれなくなってしまう。
逆に、大自然から都市空間、街から街、国から国へ「移動し続ける暮らし」は、環境そのものが変化し続ける暮らしだ。日常とまったく異なる場所へ行くと、「こんな考え方ややり方があるんだ」、「こんな生活をしている人がいるんだ」という驚きとともに、ものすごい量のインスピレーションを受け取ることができる。
その土地ならではの風の匂いや独特の配色、初めて耳にする雑踏や音楽、珍しいローカル食材や料理、そしてそこで暮らし働く、見た目がまったく違う人々。
「アイデアは移動距離に比例する」という言葉は高城剛さんのものだが、旅そのものが クリエイティビティの強い源泉になる。新しい世界を知りたいという「好奇心」と、未知のものに遭遇したときの「感動」こそが、その一番の原動力になるからだ。
ナオさんは、「世界を移動するのは、本を読むような感覚に近い」と言っている。
その意味では、見たことのない土地へ行く旅も、未知の世界を学習できる読書も同じと言えるかもしれない。旅先でしか体験できないさまざまな刺激や、本からもたらされるまったく新しい知識や考え方に触れることが、創造的なひらめきやイノベーティブな発想を生み出すきっかけとなるからだ。
ちなみに、旅で費やす時間もお金も、ぼくたちにとっては「消費」ではなく、すべてが 「収入につながる投資」だ。そして、そこで「見て聞いて感じる」すべての経験は、仕事 や暮らしのアウトプットにつながる、大切なインプット行為となる。
それまで蓄積してきた「好きなことや特技、仕事の専門性や強み」といったあなたの武器に、「新たに得るインプット」を掛け合わせて得られるアイデアは、やがて「自分にしか創造できない、だれも真似ができないオリジナルコンテンツ」になっていくのだ。
次に、「第3の拠点」について。
ぼくとナオさんは毎年、多くの新しい場所を旅するが、実は何度も訪れる街が国内外に複数ある。
日常的に旅をしているぼくたちでさえ、初めて訪れる場所は当然慣れないし、そこではぼくも「おのぼりさん」の 人。
だが2回目以降は、初回に比べると土地勘もあって、勝手もわかり、その街に親しみを感じられるようになっているものだ。 回目以降は、ただの「旅人」や「ストレンジャー」ではなく「生活者」としてそこに馴染み、腰を落ち着かせられるようになる。
こうして、2回以上訪れた場所は、モバイルボヘミアンにとっては「第3の拠点」、つまり「もう一つのホーム」となり得るのだ。
たとえば、ぼくにとっては、友人も好きなモノも多い博多や熊本の南阿蘇、母が住む北 アルプス玄関口の安曇野、実家に近い京都、相性がよく毎年滞在しているパリ、実弟が暮 らすマドリッドなど。ナオさんにも同様に「第3の拠点」と呼べる街がいくつかある。
旅行者であれば、旅先というのは、観光やバカンスを味わう場所にすぎない。
しかし、モバイルボヘミアンにとって旅先は、単なる「休息地」ではなく、「暮らす場所」 であり「働く場所」なのだ。
ぼくが旅先に着いて最初にすることは、街で一番景色がいいエリアを歩きまわり、ベストカフェを見つけ出すこと。そして、もっともいい席を確保して MacBook を開く。
気持ちいい空間が集中力を高め、クリエイティビティを拡張する。そうやって見つけた 「最高の場所」で、いい仕事ができたら、ぼくにとってそれは「最高の時間」となる。
もし、「過去にもっとも仕事がはかどった場所はどこか?」と尋ねられたら、2015年に訪れた、「世界一美しい島」と呼ばれるギリシャのサントリーニ島をあげたい。断崖 絶壁に建つカフェの、海を見下ろす席は間違いなくナンバーワンだった(P.5 左下の写真)。 同行した友人たちが観光している間に、原稿2本を書き上げ、プロデュースしていたアウ トドアウエアの煮詰まっていたデザインアイデアが一気にまとまった。感動だった。
こうやってまた、新たな「第3の拠点=もう一つのホーム」が誕生していくのだ。
旅するように生きることで得られる恩恵はまだまだある。自分をモバイルさせること で、時間も、仕事も、人も、優先順位がクリアになるのだ。
世界中を旅するように生活していると、つねに「〆切」が発生する。
ニュージーランドにいるときは次にオークランド国際空港を発つ日、東京にいるときは次に成田空港を発つ日、旅先ではその地を離れる日が、次の「〆切」となる。
スケジュールは強制的に細切れとなり、明確な時間の区切れが日常的に発生する。
つまり移動生活とは「時間を区切るライフスタイル」とも言えるのだ。
「〆切」の頻度が多くなることによって、生活にメリハリが生まれると、時間がいかに大切か、を実感するようになる。本当に今、「やるべきことはなにか。会いたい人はだれか」 ということを、より真剣に考えるようになるのだ。
そうしていると、物事や仕事の優先順位にかぎらず、人に対する時間の使い方にも迷いがなくなり、だれかと共有する時間の過ごし方もより丁寧になってくる。
たとえば、いつもの生活圏で目的のない 時間を過ごすのと、念願叶ってやっと来れた コペンハーゲンで過ごす出発までの最後の時間を比べると、「同じ1時間でも、その価値はまったく違う」と感じられるのはぼくだけではないだろう。
こういうときには、だれもが「この時間をなんに使うべきか?」と本気になって考え るはずだ。大げさに言えば、余命を宣告された人の1年と、目標もなくダラダラと生きている人の1年の濃度がまるで違うのと同じように。
〆切が迫ることで、やっとモチベーションが出てきて本腰が入り、驚くほど短時間で作業を仕上げられた、という経験はだれにだってあるだろう。
コンスタントに〆切が存在することで高い集中力を維持することができ、生活の質も、仕事のパフォーマンスも上がる。結果、時間はより高密度になって生産性が向上し、労働 時間はグッと圧縮される。結果、対時間の収入は増えることになる。
かぎられた時間の中で、どの仕事を選び、だれと出会い、なんに対して「 YES」と言い、どれを切り捨てるべきなのか。
自身のモビリティを高めることは、時間への投資意識をストイックにし、取捨選択の能力をアップグレードしてくれる。結果として、自分にとって本当に大切なことを見失わずに生きることができるのだ。
全員が平等に「1日24時間」を手にしている。
この「24時間」という、かぎられた「資産」をどう使うかはあなた次第。
その与えられた時間、つまり「命」を本当に大事なことだけに使える人と、安易に浪費をしてしまう人がいる。 年後に、この両者の間に生まれる格差がとんでもなく大きなものとなることは、だれの目にも明らかだろう。
高い機動性と行動力を要する「物理的なモビリティ能力」、柔軟性と受容性を要する「思考のモビリティ能力」、そしてテクノロジーを自由自在に活かすことのできる「モバイル・リテラシー」。
この3つを手に入れることができれば、あなたは社会の変化への対応力と、自身を自由自在に変えていく力を手にし、より自由にクリエイティブに生きることができるようになるのである。
そしてこれらは、モバイルボヘミアンにかぎらず、現代をしなやかに生き抜くためにだれもが手にすべき、必須の「サバイバル能力」とも言えるのではないだろうか。
[Reminder] 旅するように生きることで、「変化への対応力」と「自分を変える技術」「高いクリエイティビティ」と「取捨選択能力」を手にする
仕事とプライベートの垣根をなくす / 本田直之
「仕事の概念がどんどん消えていって、仕事と遊びの垣根がどんどんなくなっていく」。 ハイパー・ノマドというライフスタイルを提唱したフランスの経済学者ジャック・アタリ は、こういったことを言っていた。
ライフスタイルを優先して暮らし、旅するように生きることで、モバイルボヘミアンは仕事とプライベートの垣根をなくしていく。
ぼくとダイスケにとって、働き方と生き方はイコールになるし、どこからが仕事で、どこからが休みかといった明確な区切りもなくなってくる。
ぼくたちにとって仕事とは、すべて生き方に通ずるもの。一般的に言うような「仕事」 はない。だから、週末も夏休みもないし、勤務時間もない。「疲れたから休みがほしい」といった気持ちもない。
極論を言えば、 時間遊びまくっているのかもしれないし、 時間仕事しまくっているとも言える。一般的な仕事は、遊びとは別だ。仕事はつらくて大変なものだし、笑いながら仕事をしていたら「真剣にやれよ」と怒られる。だから、トレードオフとして、休み(プライベート)という概念が必要になってくるし、働く時間も制限しようという発想になる。
しかし、ぼくの場合は、大好きなことを突き詰めていたら結果的にビジネスになった。もともと楽しいことしかやらなくて、それを突き詰めてやっているがゆえに、おもしろい仕事ばかりが来る。これは、モバイルボヘミアンの生き方を実践していなかったころには考えられなかったことだ。
ただ、よく言われる「趣味を仕事にしよう」とか「好きなことを仕事にしたい」とは少し違う。そうではなく、「垣根をなくす」という考え方が重要なのだ。
具体的に、ぼくが大好きでずっと追求してきた「食べること」が仕事になった最近の例をいくつか紹介したい。
今、ぼくの仕事の1つに、シェフのイベントプロデュースがある。
若手や海外で活躍しているシェフたちを応援していて、 年の秋に福岡のリゾートホテル「ルイガンズ」で、日本とパリからトップシェフを呼んで、 人のシェフによるコラボレーションディナーを開いた。もともとぼくは食べるのが好きで世界中をまわっているから、世界中で活躍しているシェフともつながっている。
そんな彼らの晴れの舞台として、多くの人に知ってもらう機会を用意してみたわけだ。
ほかにも、ニューヨークに和食のレストランを進出させる「東京レストランツファクトリー」のアドバイザーもやっている。これらは、特にビジネスとしてやろうと思って生まれた仕事ではなくて、おもしろいからやっていたことがとうとうここまで来た、仕事になった、という感覚だ。
1つ、ウェブメディアの「ライフハッカー」に上がっていた象徴的な記事を紹介する。
ーー仕事と生活の境目が曖昧になっていく(引用元:http://www.lifehacker.jp/2016/06/160606future_work.html )
ーーこれまではワーク・ライフ・バランスが大切だと言われてきましたが、未来の働き方は、未来の暮らし方とますます離れがたくなっていくでしょう。 時から 時のワークスタイルが過去のものとなれば、ワークとライフの「バランス」は、時間ではなく 労力に関するものとなるはずです。
仕事はオフィスでするものとは限らず、バランスを考えるときには、いつオンで、いつオフなのかが問題となるでしょう。
また、仕事は必ずしもオフィスでやるものではなくなるので、いつがオンでいつがオフなのかを見分けるのも簡単ではなくなります。
仕事の時間と、仕事じゃない時間の境界があいまいになり、仕事と私生活でのキャラ クターの使い分けも不明瞭なものとなるでしょう。これまでは、オフィスの中と外と で異なるキャラクターを演じ分けていましたが、未来においては、自分の人格が仕事 の一部となります。
ゴールドマン・サックス社等の企業に新卒者の採用について助言を行っているコンサルティングファーム「Why Milennials Matter」の創設者であるジョーン・コール氏は、 次のように説明しています。
ミレニアル世代は、職を得るために強いパーソナルブランドを確立しなければならないとプレッシャーをかけられている。それなのに採用されたらトーンダウンしろと言うのでは、矛盾したメッセージを送ることになる。
ーー労働力人口で上の世代を上回る18歳~33歳のミレニアル世代にとって、パーソナルブ ランドの構築にいそしむことは、ごく日常的な行為なのです。 ライフスタイル・マーケターと呼ばれる人々の台頭を見てください。今やフリーラン サー、ライター、スピーカーたちが、自分の仕事について語ることで、本職よりも多 くの収入を得るようになりました。
メディアに「仕事を辞めて情熱に従おう」とか「自分に正直になろう」などのメッセージが繰り返し流されているのもつの兆候です。
未来の働き方には、さらに幅広い可能性が拓けるでしょう。
この記事の言葉を借りてモバイルボヘミアンを説明するならば、「場所の制約を受けないライフスタイル・マーケター」と呼べるだろう。
これからの時代は、なにが仕事になるかなんてわからない。
これまでのやり方や考え方をすべて取っ払って、まったく違う形で生き方や働き方を考えていかないと、今までの常識でやっていたらおもしろいことなんてできないし、もったいないと思うのだ。
ぼくたちの目の前には、いろいろなチャンスがある。それを生かさない手はないのだから。
[Reminder] 仕事とプライベートの垣根をなくすことで、「夏休み」も「勤務時間」も捨てる
ライフスタイル×旅×ビジネスを 掛け合わせて、オリジナルな個人になる / 本田直之
\こちらの内容はぜひKindle版でご覧ください/
次章では、十数年前のぼくたちと同じ状況にいるあなたに、より自分事としてモバイルボヘミアンという生き方を想像してもらうために、ダイスケが会社員からモバイルボヘミアンになるための具体的なステップをまとめてくれている。
彼の半生に自分自身を重ね合わせながら読み進めてもらえればと思う。
[Reminder]「 1つのスキル」より「組み合わせ」で自分だけの「価値」をつくる
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