サンプラザ中野くんといえば、ランナー!
♪走る走る俺たち〜
爆風スランプ「Runner」より
ですが、猿岩石の応援歌で有名な
♪強い風に今立ち向かっていく 遥か彼方をめざした旅人よ〜
「旅人よ ~The longest journey~」より
など数々のヒット曲を歌ってきました。サンプラザ中野くん、実は毎回休みの度に旅に行くほど旅好きなんです!
初めて一人旅に出てから20余年。行った国は仕事も含め30ヶ国近くになります。今もなお、お休みがあれば旅に出ています。旅のエピソードや魅力ついてお伺いしてきました!
プロフィール;
2年間のアマチュアバンド活動を経て1984年に爆風スランプのヴォーカルとしてデビュー。
パワフルで奥深いサウンドにユーニークで斬新なパフォーマンスが話題を呼び,若者を中心に圧倒的支持を得る。
88年「Runner」の爆発的ヒットにより、更に幅広いファンを獲得。
最新楽曲は、「We Love RUNNER」(高橋尚子杯儀武清流ハーフマラソン公式テーマソング)
最新著書は、「サンプラザ中野くんの125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」(ファミマドットコムより発売)
また、2014年5月には、ガチャピン・ムックと共に、社会全体で子供の体験活動を推進していく、「体験の風をおこそう運動」(国立青少年教育振興機構主催)の応援団にも就任している。
2015年8月26日には、歌手生活30年を記念してバイきんぐ小峠さんとのユニット「坊坊主」を結成しアルバム「励ます」(テイチクレコード)をリリース。
初めての一人旅はどこへ?
1992年にお休みをもらって「インド」へ行きました。
有名な小説家の遠藤周作さんが「旅人は必ずインドに呼ばれる」とエッセイで書かれていました。「ならば最初に行ってしまおう!」と、インドへ行きましたね。
あと、(株)アミューズの設立当初の新人研修はインドだったのです。何人かの体験談を聞いてからインドを意識していました。
実際のインドの旅は2週間ほど、ニューデリー→バラナシ→アーグラ→ボンベイ(ムンバイ)→ネパール→ニューデリーの順に周りました。
いや~「打ちのめさせましたね。」とんでもない所でした!
インド最初の日、50m歩くごとに50ドルを巻き上げられていました。というくらい無防備な一人旅でした。
ホテルの両替所での誤魔化しとか、三輪タクシーで知らないところへ連れて行かれるとかとか。日本人的にはそういう発想が全くないので本当に斬新な体験でしたね。
その中でも一番印象に残ってのいるのは、コンノートプレイス(ニューデリーの中央公園)で疲れ切って寝てたらおもむろにマッサージされたことです。
突然手を揉み出されて「えっ!?なに、なに?」ってなったのですが「マッサージ、マッサージ!」って言ってきたので、まーいっかと思っていたらうつ伏せにされて背中に乗ってきて、急に耳の穴に何か入れてきたんです!
また、「なに、なに!?」ってなって、そうしたら「耳掃除、耳掃除!」って言われてそうこうしているうちに全てが終わったら「100ドルよこせ!」って言ってきて、えーっ!
って。本当に忘れられません。
そんなにインドにまた行きたいですか?
…行きたいですね。今度は南の方を開拓したいですね。
あっ!そうそう。「ニューヨーク」と「ニューデリー」のテンションは一緒だと思うんですよ!
僕、ニューデリーで2日目から毎朝出かける前に「インドに負けねーぞ」と叫んでました。さもないと負けちゃう気がして毎朝気合入れてましたね。笑
街の雰囲気が「のし上がってやる!」「チャンスを掴むんだ!」っていう雰囲気で、下向いていると街に飲み込まれてしまう様な所はとても似ている感じがしていて良かったです。
カレーも美味しいかったし!タブラという太鼓の音の魅力にはハマりましたね。
最近行った国で良かったのは?
「コロンビア」です。
首都ボコタから飛行機でサンマルタ。そしてシエラネヴァダ山中に知り合いのネイティブアメリカンに連れられて現地のシャーマンに会いに行きました。
サンタマルタからボロボロのランクルで半日かけてシエラネヴァダの中腹まで行って一晩寝て、帰ってくるという旅でした。
村に着いたら壁は土でできていて、屋根はヤシの葉で拭いた家でした。その中にハンモックで寝ました。
そして驚いたのがその晩、トイレに起きて外に出たらシャーマンの奥様が地面に丸まって寝ていたんですよ!驚きました!
土に寝るのが気持ちいいのかなと思いまして。帰り際、泊めてもらったお礼に欲しいものを贈りますと言ったら、奥さんのために「ハンモック」が欲しい!と言われ、それはぜひぜひと、買ってさしあげました。