ポカラの穏やかな通りを歩いていると、遥か向こうの空に、ヒマラヤ山脈が見えた。
青い空のカンバスに描かれたかのような美しいその白銀の姿に、僕は目を奪われ、心を震わせた。
そして、そんな雄大な風景を背にしながら日常を過ごす人々の姿もまた、僕の心に深い余韻を残してくれた。
街の隙間から見えるヒマラヤ
世界最高峰を擁する、ヒマラヤ山脈。
そこに属するアンナプルナ連峰を、遥かに仰ぎ見る麓の町。
それがネパールのポカラだ。
豊かな自然と温暖な気候に恵まれ、町の中心には広大な湖を持つポカラは、穏やかな空気に満ちている。癒しと平穏を求めて多くの旅人が足を運ぶこの町には、不思議と心を解きほぐす力がある。
そんなポカラに僕はこれまでに二度訪れ、この町の魅力にどっぷりハマってしまった。どちらの旅も素晴らしい思い出に溢れていたが、今回は二度目の旅で出会った忘れられない風景と笑顔たちについて語りたい。
そして、ポカラという町とネパールという国が持つ、かけがえのない魅力を伝えたいと思う。
町の空気に溶け込んで
僕の二度目のネパール渡航は、2019年秋。
妻と親友と3人でインドを旅した後、そのままネパールへ入国した。
インドの強大なエネルギーに揉まれた後、疲れた身体で長距離バスに乗り込み、国境を越え、10時間以上の走行の果てに辿り着いたのが、ポカラだった。明け方、バスを降りると、これまでの旅が嘘のような静けさが広がっていた。深呼吸をすると、早朝の冷えた空気が身体中に染み渡り、そして懐かしい気持ちを覚えた。
そうだ、これがネパールで、ポカラだ。
前年にもポカラを訪れていた僕は、この町特有の穏やかな空気に、実家に帰ってきたような安心感に包まれた。
前回の旅で僕はネパールが大好きになった。でも、その感情は単なる思い出に留まらず、心と身体にしっかりと刻まれている。
そう感じた。
穏やかなフェワ湖と、その向こうのヒマラヤ
宿につき、少し落ち着いてから、僕らはポカラの町に繰り出した。懐かしい通りを抜けた先に、湖が見えた。ポカラのシンボルともいえる、フェワ湖だ。
穏やかな湖面にはカラフルなボートが浮かび、水面には昼の陽射しがきらきらと光っている。
近くの山には緑が萌え、その向こうの空にはヒマラヤの峰々の頂きが顔を覗かせている。
湖畔のカフェでは、人々がそんな景色を眺めながら、のんびりとしたひとときを楽しんでいる様子が見えた。
まさに平和そのものといったその風景だ。しかしそれを作り出すのは、湖や山だけではなく、そこに生きる人々の優しい笑顔があるからなのだろう。
ネパールの人はとにかく優しい。そして笑顔が素敵だ。
すれ違う人やお店の中にいる人と目が合うと、にこっと笑い「ハロー」と挨拶をしてくれる。
またレストランで食事をしていると、店員がにこやかに近寄ってきて、「料理はどう?」と尋ねてくれるのだ。
「最高!美味しい!」と返すと、彼らはより一層嬉しそうな笑顔を浮かべた。そして、ときにはサービスをしてくれたり、町のことについて話してくれることもあった。
もちろん、他の国でも優しくて礼儀正しい店員さんに出会えることはある。それでも、僕はネパールの人たちの笑顔には、格別の親しみを感じるのだ。
ポカラの町に溶け込んで歩くphoto by Rie
一度、僕は顔立ちがやや濃いためか、ネパール人に間違われたことがあった。
現地の人が僕らを見た時、妻や友人を指して「ジャパン?」と聞いた後、僕を見て「……ネパール?」と言ったのだ。
これには大爆笑だったが、僕は同時に嬉しい気持ちにもなっていた。
ネパールを愛し、ポカラの町に懐かしさを感じる僕が、現地の人たちに「君も仲間だ」と言ってもらえた。そんな気がしたからだ。
大好きなネパールの空気に溶け込んだ僕は、彼らのような穏やかで優しい心を持って生きていきたいと強く思った。
フェワ湖のほとりで
フェワ湖沿いをのんびりと歩いていると、子どもたちが楽しそうに遊んでいる姿が目に入った。
元気に笑い合いながら駆け回るその姿に微笑んでいると、僕らに気づいた彼らは目を輝かせて近づいてきた。そして大はしゃぎで手を引き、「一緒に遊ぼう!」と誘ってくれた。
子どもたちと木登りphoto by Rie
彼らの無邪気な笑顔と勢いに押される形で、僕らは一緒に遊ぶことに。木に登ったり、地面に倒されて揉みくちゃにされたり、童心に帰ったようなひとときを過ごした。
そして、僕らが持っていたギターを取り出してみると、子どもたちはさらに興味津々。
ギターを貸してあげると、彼らは夢中になって弦をジャカジャカと適当に弾き、楽しそうに歌った。
ギターを弾く子どもたちphoto by Rie
静かな湖畔に響く音色と、子どもたちの歌声。
一緒になって笑い合う旅の仲間。
後ろに広がるフェワ湖の水面には、美しい夕日が揺らめいている。
そんな温かな光景を見つめて僕は、自分がいま旅をしていることも、異国にいることも忘れて、ただ楽しい時間と空間に身を浸していた。
揉みくちゃにされるぼくphoto by Rie
彼らの無邪気なエネルギーは僕らの旅の疲れを癒してくれた。そして、日本での慌ただしい生活の中で忘れがちな、純粋な心を思い出させてくれた気がした。
ヒマラヤを望める雄大な景色の中で育った子どもたち。彼らはきっと、いつまでもその純朴な笑顔を忘れず、優しい大人に成長していくだろう。
僕はそう信じている。
豊かな心に溢れた国
フェワ湖に映る夕日
ネパールは「世界で最も開発が難しい国」と言われている。
地形的な事情によるインフラ整備の遅れや、不衛生な環境。また、カースト制度も根強く残っており、教育や経済の格差、貧困なども深刻な問題となっている。
そんな多くの課題を抱えるネパール。
しかし、人々は勤勉で、礼儀正しく、優しい国民性を持っている。そして、ヒマラヤの姿を背に穏やかに、そして一生懸命に日々を生きている。
物質的には豊かではなくとも、ネパールには美しい自然と豊かな心が溢れているのだ。
それはこの国の希望だ。
ポカラを発つ前に、遥か向こうの空に聳えるアンナプルナ連峰を眺めて、僕はそんなことを思った。
ここが僕の第二の心の故郷。
そう呼びたいほど僕はこの町を、この国を好きだと思った。
そして、ここで出会ったすべての風景と人々との思い出が、僕の宝物として今も心の中に大切にしまってある。