今までたくさんの旅本を読んできましたが、今回紹介する「一〇〇年前の世界一周(日経ナショナルジオグラフィック社、著:ワルデマール・アベグ、ボリス・マルタン)」は、不思議な気分にさせてくれる一冊です。
本著は、100年前のドイツ人青年が世界をめぐり撮影した117点もの写真と後にその旅を振り返った回想録、そして解説から構成されています。
20世紀初頭の世界は、彼の目にどう映ったのでしょう?場所だけでなく時間を越えた旅に誘ってくれる一冊です。
旅を夢見た100年前のドイツ人を駆り立てたものとは?
本著は「グランドツアー」という章から幕を開けます。
ここでは、100年前のドイツ人青年である著者の生い立ちから旅立つまでの経緯について、解説がなされます。
当時の若者にとって「旅」というものがどんな存在だったのか、裕福な家庭で育ったワルデマール・アベグの葛藤などは、現代の人々とさほど変わらない印象を受けました。
彼もまた、「このままでいいのか?」「自分がやりたいことは何なんだ?」という思いを胸に、アメリカ、日本、朝鮮、インドと世界をめぐります。
それにしても、現代でいう卒業旅行的なものを当時の若者も「グランドツアー」と呼び行っていたとは、なんとも意外です。いつの時代も、世界を巡り、多くのものを見て、知らないものに触れるというのは人間の成長に大切だということですね。
100年前の世界、そして日本を写した117点の写真たち
本著の魅力は、なんと言っても写真です。
117点にも及ぶそれらは、著者であるワルデマールが1905年(明治38年)からアメリカ、カナダ、日本、朝鮮、中国、インドネシア、インド、スリランカを周遊した際に撮影したものです。
表紙は、ワルデマールが終生大事にしていた一枚で、「彼女たちのおかげで楽しく、陽気な時間が過ごした」と語った芸者「コダマサン」と舞妓「ヨボキチ」の2人が飾っています。
高層ビルが建ち並ぶアメリカ、マンハッタンの写真があるかと思いきや舗装もされていない東京の街並みや着物姿の日本人、そして大陸では弁髪の中国人が……
など、ヨーロッパとアメリカ、アジアの文化の違いを比較するのもいいですし、現在と100年前の風景を比べてみるのも面白いと思います。
そういう意味で、「場所と時間を越えて2つの意味で旅が楽しめる一冊」といえます。
著者は4ヵ月の滞在で「すべてが不思議な国」日本に魅了される
ドイツを出発して7ヵ月後、ワルデマールは日本の横浜港に降り立ちます。
この日本での滞在は特別だったようで、後に「全てが不思議な国」と語った当時の日本の様子がカラー写真で見られるのが「極東 不思議に満ちた世界」です。
この時、ワルデマールの日本滞在をサポートしたのが、「ナカノスケトシ」という日本人で、2人は連れだって、さまざまな日本文化、例えば日本料理や和室、日本美術などを経験します。和室で和装のワルデマールの写真なども収められており、日本文化を満喫している様子が伺えます。
なかでも、連れられていった銭湯で女中に体を洗ってもらったエピソードは日本人にとっても非常に興味深く思わず吹き出してしまいました。当時は混浴銭湯があったんですね。きっとその女中さんも驚いたことでしょう。
その後に訪れる第二次世界大戦の兆し
ワルデマールがアジアを旅したのは、日露戦争終結の1年後。朝鮮半島はその戦争の傷跡が色濃く残っていました。
日本での滞在の様子がたくさんの写真で残っているのに対し、対馬から朝鮮に渡ったワルデマールは10日間ほどで次ぎの目的地に向かいます。
当時「隠者の国」と呼ばれることもあった朝鮮、ワルデマール自身「受身で押し黙った人たち」と印象を書き残していますが、当時の写真からも国はもちろん人々の心も荒廃した様子が伺えます。
後に日韓併合、日中戦争、そして太平洋戦争という悲惨な時代に突入していく兆しが、本著の写真にも写り込んでいるような気がしました。
違う場所だけでなく、違う時代に想いを馳せる旅
インドから地中海を渡りヨーロッパへ帰ってからのワルデマールは旅先で患ったマラリアの後遺症と闘いながらも、結婚し要職にも就きます。しかし、ヨーロッパもまた戦争への道を突き進みます。
旅から帰って50年も後に回想録を書き始めた理由は、「戦争によって壊れた、消えてしまったものを忘れないため」という想いがあったとボリス・マルタンは解説していますが、とても複雑な気持ちにさせられます。
「場所と時間を越えて2つの意味で旅が楽しめる一冊」と先に本著の感想を述べましたが、ワルデマール自身もかつて自分が旅した遠い異国、そしてそこで出会った人々、文化、芸術に想いを馳せていたのでしょう。
まとめ
100年前の世界の様子を写した117点の写真は、単純に「100年前ってこんなだったんだ」と現代を生きる私たちの知らない世界を教えてくれます。それぞれの国、地域の様子を知る資料としての価値も大きいと思います。
日本にシンパシーを感じ、4ヵ月も滞在するほど気に入ってくれたことも、純粋に日本人として嬉しく思いました。
この本は、「旅」を通じて「戦争」とそれによって失われたものに対する寂しさがあること教えてくれる一冊です。ぜひ皆さんも手にとってみてください。