わたしは冒険が好きだ。けれど、大げさな冒険だけを求めているわけではない。
知らない道を歩くこと。ふと目の前に現れた動物と目を合わせること。風や木々の匂いに身をゆだねること。
そのひとつひとつが、わたしにとっての小さな冒険だ。
自然の中で過ごすと、時間はゆっくり流れ、生き物たちの息づかいが胸にまっすぐ届く。その瞬間、わたしは「旅をしている」と実感し、少しずつ自分自身を取り戻していく。
仕事柄、多くの人の人生に触れると、ときどき自分の輪郭がわからなくなる。あたたかく、やさしく、切ない物語たちが水彩絵の具のように心に広がり、「わたし」と「誰か」の境目が少しぼやけてしまうのだ。
そんなとき、ふいに旅に出たくなる。行き先は、心がふと惹かれた自然のある場所。未知の文化や深い森、静かな海、まだ見ぬ動物たちの息づく場所。冒険の匂いが少し混ざっているとなおよい。
森や海、風や光の中で、わたしはただ自然に身をゆだねる。小さな冒険を重ねるたび、地球と心がまっすぐにつながっていくのを感じる。
スリランカカレーを味わう
「スリランカカレーがおいしい。」
そんな、どこで見聞きしたかも覚えていない一言が、わたしをこの国に連れてきてくれた。
インド洋に浮かぶスリランカは、日本の国土の約6分の1ほど(北海道と九州を合わせたくらい)の小さな島国。紅茶や宝石で知られるが、その魅力は想像以上に多彩だ。そのどれもが、人々を引き寄せる強い引力を持っている。
なかでも、最初にわたしを迎えてくれたのは「味」。カレーといっても、スリランカのそれは日本で食べ慣れたカレーとはまるで別物。ライスのお皿と数種類の小さなおかずが並び、豆の煮込みやココナッツの和え物、野菜のカレー、スパイスで香ばしく炒めた魚…。それをライスに少しずつ混ぜて食べると、辛さや甘み、酸味や苦味が次々と押し寄せてくる。
「食べる」というより、「探検する」に近い感覚。ひと口ごとに違う物語があり、味の冒険が口の中で広がっていくようだ。
(写真のなかの、餃子の皮を揚げたようなおせんべいのようなものが大好物に加わった)
シーギリヤ・ロックの石肌に触れる
首都コロンボから北東の街ダンブッラへ。そこからさらに移動し、シーギリヤロックの姿を初めて見たとき、わたしは思わず足を止めた。平原の真ん中に、突如としてそびえ立つ200メートルの巨岩。まるで大地が空に向かって拳を突き上げたかのような迫力に、胸が高鳴る。
この岩は、5世紀に王カッサパが王宮を築いた場所だ。王位をめぐる争いに追われた彼が、自らの居場所を求めて築いた「天空の城」。やがて彼は孤独のうちに敗れ、この城は忘れ去られていく。そんな物語を知ると、この岩山はただの絶景ではなく、人間の儚さや権力の夢を宿しているのだと思えてくる。
岩壁をくねくねとつたう階段はなんと、1200段。湿った空気のなか、指先は岩肌のざらつきを確かめるように進む。風が服を揺らすたびに、身体ごと自然に溶け込んでいくような気がした。
頂上に立ったとき、目の前に広がったのは果てしない緑の大地。遠くまで続く森と湖、点々と広がる村々。吹き抜ける風は、王の孤独も、人々の営みもすべて飲み込み、ただ大地の鼓動だけを響かせていた。
あのとき感じたのは、圧倒的なスケールの自然と、人の営みの小ささ。そして同時に、ほんの一瞬でもその景色の中に自分が立っている奇跡のような感覚だった。
・名称:Pidurangala Rock
・住所:Sigiriya, スリランカ
・地図:
・所要時間:2時間
・公式サイトURL:https://www.pidurangala.com/about-pidurangala/history.html
・補足:こちらはシーギリヤロックを眺めることができるスポット。シーギリヤロックより入場料金を抑えたい方にはおすすめだが、道中はロッククライミングのような道も。
紅茶畑に広がるやわらかな香り
列車に乗り込み紅茶畑を目指す。高原に広がる茶畑に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。標高1,000メートルを超える丘陵地帯は、どこまでも柔らかな緑の波が広がり、風に揺れる茶葉の匂いがほのかに甘く漂ってくる。深呼吸すると、湿った土と若葉の香りが胸の奥まで満ちていき、身体がふっと軽くなるようだった。
スリランカの紅茶は「セイロンティー」の名で世界中に知られている。イギリス植民地時代に紅茶の栽培が始まり、今では国の誇りとなる文化にまで育ってきた。茶畑で働く人々の手は素早く、若い芽だけを摘み取っていく。
工場を訪れると、茶葉が発酵し乾燥していく過程で、香りが次第に濃くなっていくのを肌で感じる。まだ青さを残した匂いが、やがて深みを帯びた芳醇な香りへと変わっていく。まるで茶葉自身が大人になっていくのを間近で見守っているようだった。
ここでは製法や茶葉の種類によって異なる9種の紅茶をテイスティング。カップに注がれた紅茶を口にすると、まずは香りが鼻に抜け、舌の上にはほんのりとした渋みと甘さが広がる。ひと口ごとに体の奥が温められ、心の輪郭がやさしくなぞられるような気がした。
旅の途中で味わう一杯は、ただの飲み物ではない。そこには大地の息吹と人の手の温もり、そして歴史の重みが溶け込んでいる。紅茶を飲みながら眺めた丘陵の緑は、今でもまぶたの奥に鮮やかに残っている。
・名称:Bluefield Tea Factory
・住所:Nuwaraliya, road, Ramboda, スリランカ
・地図:
・公式サイトURL:https://bluefieldtea.com/
密林に潜むヒョウを探して
スリランカに来たもうひとつの理由。目指すのは、島の森にひっそりと生きるスリランカヒョウ。いつかその金色の瞳と出会えるのではないか──そんな期待を抱きながら、サファリカーに揺られて森を進んでいく。
けれど、自然は思い通りにはいかない。ヒョウには会えなかった。その代わりに、次々と姿を見せてくれたのは、象の群れや水辺で静かに息をひそめるワニ、鮮やかな羽を広げる鳥たちだった。茂みの奥から聞こえてくる鳴き声や羽ばたきは、まるで森そのものが生き物であるかのように響き渡り、視界いっぱいに「命」があふれていた。
サファリカーは時に荒れた道を大きく跳ね、時に泥に深くはまり込んだ。大きな水たまりから抜け出せず、ヒョウがいるはずの森で降ろされた……。けれど、そんなトラブルさえ、旅を濃くするスパイスのようだった。
ヒョウには会えなかったのに、不思議と心は満たされていた。森で息づく生き物たちの姿に、自分もまた大きな循環の一部として生かされているのだと感じる。静かな湿度、鳥の声、揺れる木漏れ日、足跡から感じる確かな息吹──そのひとつひとつが、記憶の奥に鮮やかに焼きついていった。
海辺で耳を澄ませる
朝ごはんを食べたカフェのすぐそばに、インド洋が広がっていた。にぎわいすぎない心地よいビーチタウンのような雰囲気で、サーファーや釣り人が各々の時間を楽しんでいる。せっかくだからと、持参した釣竿を取り出し、ほんの少しだけ竿を垂らしてみることにした。
糸を投げ入れた瞬間から、わたしの感覚は海とつながる。潮風が頬をなで、波が返すリズムが指先を震わせる。その向こうには、まだ見ぬ魚の気配。魚との知恵比べが始まると、時間の流れはすっかり変わってしまう。
やがて、小さな引きが伝わった。慎重に糸を手繰り寄せると、水面を割って姿を現した魚の鱗が、朝の光を浴びてきらりと輝いた。海と太陽がつくりだした一瞬のきらめきに、思わず息をのむ。
わたしの釣りは基本リリース。魚を手にして、その美しさを確かめたあと、そっと海へ帰す。水の中へ戻っていく瞬間の、すばやい動きと小さな水しぶきまでが、心に焼きつく。
ほんの短い時間でも、竿を握り、海と駆け引きをするそのひとときが、旅の大切な記憶になっていく。釣れたかどうか以上に、海と向き合ったその感覚が、何よりの冒険になる。
五感で出会う、わたしの旅
スリランカを旅して、改めて思った。わたしの冒険は、決して派手なものではない。知らない味を口にしたり、太陽にきらめく魚の鱗を見つめたり、ジャングルで動物の気配に耳を澄ませたり。そのひとつひとつが、わたしの旅を特別なものにしてくれる。
自然の中で出会った光や風や匂いは、ただの風景以上のものを残していく。それは「ここに生きている」という実感であり、同時に「地球といっしょに生きている」という確かなつながり。
旅を重ねるほどに、輪郭が少し曖昧になっていく自分を、むしろ愛おしく思える。だれかの物語に触れ、自然に身をゆだねるうちに、わたしという存在は広がっていくから。
小さな冒険を重ねること。それは、世界と自分を優しくつなぎ直すことでもある。スリランカで過ごした日々は、そのことをあらためて教えてくれた。
All photos by Mao Haneda