様々な働き方改革がささやかれる中、自分の働き方に悩んでいた私は、Facebookでシェアされていた広島市にあるパン屋「ブーランジェリー・ドリアン」の存在を知りました。店主の田村陽至さんは、午前中しか働かず、夏にはバカンスを取るヨーロッパスタイルの働き方を実践しながら、「捨てないパン屋さん」として活動をしています。
「時間を掛けて良いものを作るより、材料にこだわればそれだけで美味しいものが作れる」と田村さんは言います。そして、捨てないパン屋になるまでのルーツを辿るとそこには「旅」がありました。
決して現状に満足せず、海外に行ってパン作りを学び続ける田村さんの姿勢に共感した私は、働き方に悩んでいる若者が、ヨーロッパの働き方を知ることで「こんな働き方ができるんだ」、「固定観念にとらわれないようにしよう」と気付くきっかけになれば嬉しいと思いました。そんな想いを胸に秘め、田村さんが実践している働き方を学ぶために広島にインタビューに行ってきました。
広島市南区生まれ。北海道や沖縄で山ガイド・環境教育の修行後、モンゴルに2年間滞在し、エコツアーを企画。2004年からパン屋「ドリアン」を経営。2012年に1年間休業してフランスで修行。
捨てないパン屋さんになるまでのルーツ
田村さんは以前まで、寝る間を惜しんで働き、売れ残ったパンを捨てていたそうですが、モンゴルの友人から「パンを捨てるのはおかしい」と言われ、パンを捨てることに対して疑問を持ち始めるようになったそうです。
また、スタッフの人件費や維持費のコストがかかり経営難に苦しむ中で、田村さんはお店を1年間休業して、ヨーロッパのパン屋さんを巡る旅に出る決断をします。
旅するパン屋さんのこれまでの旅とは?
▲モンゴルの大草原には移動式住居の「ゲル」が並ぶ
――パン屋さんで働く前にモンゴルに住んでいたとお伺いしましたが、モンゴルでは何をされていたのですか?
当時NPOに勤めていて、モンゴルではエコツアーを主催していたのですが、その収益の一部で環境教育学部を作るというミッションがありました。結局その収益では椅子一つ買えなかったです。完全にモンゴルを舐めていました。
収益も上がらなかったので、2年目は独立をして、ホームステイのアテンドのツアーをやっていました。少しずつお客さんが増えて、結構人気のツアーになったのですが、当時流行っていたSARSの影響もあってお客さんが来なくなり、結局日本でパン屋さんをすることになりました。
おばあちゃんから産まれてきたと教えられて育つカザフ族との出会い
――他にモンゴルで印象に残っている出来事はありますか?
▲モンゴル・カザフ族との出会い
去年15年ぶりにモンゴルを訪れて、カザフ族が住んでいる地域に行ったんですけど、その民族はおばあちゃんから産まれてきたと教えられて育っているんですよ。
お母さんはすごい辛いと思うんですけど、おばあちゃんになった時、常に周りには子供たちが戯れているから寂しくないんですよね。歳を取った後にないがしろにされることがなくて、死ぬ時もみんなに囲まれて死ぬ。こんなところがあるんだってびっくりしましたね。
ヨーロッパの人々の時間の使い方とは
▲フランスのパン屋さんで修行をしていた時の写真
――その後パン作りを学ぶためにヨーロッパのお店を巡る旅に出たとお伺いしましたが、ヨーロッパで衝撃を受けた出来事はありましたか?
ヨーロッパの人は働いて無さ過ぎだなって感じました。昼は近くのお店でランチを食べるんですけど、みんな普通にお酒を飲んでいるし、土曜日や日曜日はもちろん働いていない。何かあったらすぐお休みにするし、夏場はバカンスでみんなどこかへ行ってましたね。
ヨーロッパの人たちは休むと田舎でお金を使うから、田舎の方が活気があるんですよね。それまでは日本は先進国だと思っていましたけど、違うなって気付きました。文化は先進国じゃないし、食べ物も交通機関も遥かに向こうの方がいい。休みもしっかり取っているし、時間の使い方も大人です。
スペイン巡礼旅でパン作りが楽になった
▲キリスト教の三大聖地カミーノを歩いて目指すスペイン巡礼の旅
――旅先でパン作りに取り入れてみたいと思ったことを教えてください。
スペインの巡礼って小麦畑の中を歩いているような感覚なんですよ。歩いていたら小麦を4,5種類くらい採取できるんです。それをカバンに入れて持ち歩いていて、宿でスペイン人の知り合いと一緒になった時に、「スペインではどれがパンに適した小麦なんですか?」って聞いたら爆笑されて。
「パンはそこの土地でその時に取れる麦を捏ねて焼いたものでしょう」みたいに言われました。だから、どれがいいとかどれが適しているとかそういうのは無いよって。爆笑されたことで、肩の力が抜けて本当にパン作りが楽になったんですよ。
日本のパン屋さんってこういうパンを作りたいって理想を設計するんですよね。でも、そうじゃなくて選ぶことなく自分の身の回りで1番良い物を使って作れば、日本はそんなに小麦がないから責任は自分に無いというか。
「混ぜて焼いたらこうなったんだし、別に俺のせいじゃない」みたいに言えるでしょう。となると、すごい肩の力が抜けてヨーロッパっぽくなるし、いい感じの抜け感が出て良いパン作りができるんですよ。
――日本とはパン作りの基本の考え方が全然違うんですね!ヨーロッパを旅されて、このパンは旅人におすすめというのはありましたか?
▲スペイン巡礼中に訪れた路上販売のパン屋さん
日本人には完全にスペインのガリシアのパンがおすすめですね。ガリシア地方はスペインの中でパンの本場って言われていて、そこの気候は日本にちょっと似ているんですよね。そこのパンは美味しいし、料理も日本人の口に合うと思います。あとはイタリアのアルタムーラってところも日本とはまた違う美味しさがあります。
フランス・ドイツのパンは美味しいと言われてますが、日本人の味覚には合わない。それでも粉が良いので日本よりは美味しいですよ。やっぱりパンの歴史が違います。
シンプルな食事を時間をかけてゆっくり楽しむ
▲時間をかけて楽しむスペイン人の食事風景
――日本との文化の違いを感じたことはありますか?
ヨーロッパで住ませてもらったから思うんですけど、食料自給率が100%を超えているから、安い野菜とか肉が日本でいう良い物なんですよ。市場が豊かな国は豊かです。たぶんヨーロッパの貧困層は日本の富裕層より良い物を食べていると思います。どこに行っても、食事はすごくシンプルだけど贅沢。
文化が違うからか、食事に費やす時間も長いです。休日は家に人が来てたりすると、5時間くらい食事に時間をかけますからね。時間をかけて楽しんでるのはすごいことだと思いますよ。
何年か前にひと月だけフランスの田舎のパン屋さんに住み込みで研修をさせてもらったんですけど、生活の質、時間の流れ、休みの取り方とかは雲泥の差があって、もう勝負にならないです。
どんなに忙しくても食事をみんなで揃ってゆっくり食べるし、休みもバカンスも取ってそれでも経済は回っている。一つのお店だけじゃなくて公務員も八百屋さんもパン屋さんも。そこは日本と大きく違うところだなと感じました。