大学4年生のある日、所属する学生団体のイベントに参加するため、東京へと向かった。
日頃は会えない他の地域のメンバーと、リアルで顔を合わせて熱く語らう貴重な時間。話題は尽きず、気づけばいつの間にかお開きの時間になっていた。
関西から来ていたのは、筆者と友人の2人。さて、どう帰ろうか。
時間はあるけど、お金はない。飛行機でも新幹線でもよいけれど、せっかくなら移動自体も思い出に残る旅がいい。そこで選んだのは「青春18きっぷ」での旅だった。
東京から大阪まで、寄り道なしでも約9時間。計画中の寄り道も含めれば約12時間に及ぶ。特急や新幹線には乗れないという非日常を味わう旅。
東京に住む友人も「関西行きたい!」と後から加わり、3人での「のんびり旅」が始まった。
旅のはじまりは東京駅から
旅のはじまり・東京駅
翌朝9時。前泊先の浅草橋から電車に乗り、東京駅へ向かう。別に降りなくてもよかったのだが、この地で降りないという選択はなかった。
当時の筆者たちは、東京に来ること自体が人生で数えるほどの経験。
「東京駅に降り立つ」というただそれだけの行為でも、高ぶる気持ちを抑えられなかったのだ。
荘厳な赤レンガ造りの丸の内口駅舎(正式名称:東京駅丸ノ内本屋)を背景に3人で記念撮影。さあ、旅の始まりだ。
寄り道をしながら、ひたすら西へ
熱海から西へ
熱海行きの電車に乗り込むと、車内は満員。横浜で人の入れ替わりがあり、ボックス席に座ることができた。熱海までの所要時間は約2時間。日常でも同じ電車に2時間ずっと乗っていることは少なく、既に非日常感が漂う。
今回の旅では、東海道線を西へと向かい、その日のうちに大阪駅を目指す。ただ、今回は一直線に目的地に向かうわけではない。
青春18きっぷ旅、ひいては在来線の旅において、楽しみのひとつが寄り道だ。新幹線や飛行機では通り過ぎてしまう地域でも、在来線なら気軽に途中下車をして寄り道できる。
「青春18きっぷ」はもちろんのこと、通常のJRの切符であっても、一定以上の距離を移動する場合であれば途中下車可能だ(ただし、通常のJRの切符を使用する場合、都市部を中心とした「大都市近郊区間」内のみの切符では途中下車ができないことに注意が必要。詳しくはJRのホームページ(例:JR東日本)を参照)。
とはいえ、直行した場合でも9時間ほど要する移動において、何か所も寄り道することにはリスクが伴う。今回は3人で話し合い、以下の3カ所に絞って寄り道計画を立てた。
②静岡…静岡県内に展開する飲食店「さわやか」のハンバーグを食べたい!
③名古屋…きしめんを食べたい!「ナナちゃん人形」を見たい!
他愛もない話をしていると、あっという間に熱海に到着。30分ほどの滞在は正直時間が足りなかったものの、目的を果たすことができた。
車窓から富士山
各駅停車の旅では、変わりゆく景色の流れがゆっくりとしている。
例えば新幹線だと一瞬で見えなくなってしまう富士山も、各駅停車なら車窓からじっくりと堪能することができる。「あ、今富士山見えたよ!」と誰かが言っても、一瞬ビルや塀に隠れることはあっても、またすぐに見ることができる。「どこどこ?」と言っている間に通り過ぎるということはない。
それに影響されてか、仲間との会話のペースも、さらにはその内容も、ふんわりとしたものになってきた。時間に余裕があるからこそ、なのかもしれない。
突然のトラブル発生と、仲間がいる心強さ
焦りながら食べたきしめん店
長かった静岡県内を経て、順調に乗り継ぎを進め、計画通り名古屋に無事、到着することができた。
しかしここで、予期せぬトラブルが発生する。
なんと、この先で乗車予定の路線が運転見合わせとのこと。運転再開の見込みは立っておらず、これでは当日に大阪駅に着くことができない。せっかくここまで来ることができたのに、最後は新幹線に乗るしかないのか……?
焦りながらも調べるなかで、別の路線を使えば帰れることが発覚。到着が予定より2時間ほど遅くなるが、当日中には到着できそうだ。
きしめんを掻き込み、無事、亀山行きに乗車。1人だときっと心細かっただろう。仲間がいる心強さは測り知れない。
14時間の時を経て、大阪駅へ
時刻は23時。東京から14時間の時を経て、ついに大阪駅へと到着した。
正直、最後は疲労も溜まっていたが、撮影した記念写真には3人とも、達成感に満ち溢れた笑顔で写っていた。きっとこのときの感情は、今後忘れることはないだろう。
忙しない毎日では、できるだけ速く、遠くに行くことが求められがちだ。
だからこそ、電車で流れゆく景色を眺めつつ、ゆったりと流れる時間を過ごすなかでなら、どこかに置き忘れてしまっていた「大切なもの」を思い出すことができるのではないかと思う。
気の合う仲間と他愛のない会話をして、のんびりと時間を共有する。そんな時間がとても豊かで、貴重なものだと感じる。
時間に余裕があるときには、一度、気の合う仲間とともに、青春18きっぷで帰省してみてはいかがだろうか。きっと日常では得ることのできない、豊かな時間を過ごすことができるはずだ。
All photos by Nakashin