先生の言葉
「大きな世界を見るといい」と、先生は僕に言った。
それは大学三回生の3月、ゼミの先生の研究室を訪ねたときのことだった。
当時、所属していた演劇サークルの活動にのめり込んでいた僕は、ろくに授業にも出席せず学業を疎かにしてしまっていた。
そのために単位が足りず、留年が決まったのだった。
しかし先生は、留年の報告に来た僕を「あ、そうなの?」と笑い、なんでもないことのように受け止めてくれた。
そのあとも先生は「まあ頑張りなさい」と言い、終始にこやかに、時折冗談を交えながら、いろんな話をしてくれた。
そして、不意に言った。
「君はそうだね、大きな世界を見るといいよ」
あまりにもさらっと、何気なく言ったので、危うく聞き流すところだった。けれど、これはきっと大切なメッセージにちがいない。そんな気がして、僕はその言葉を胸のうちで何度も反芻した。
「大きな世界って、なんですか?」
思わずそう聞くと、先生は少し笑って「それは自分で考えるんだよ」とだけ言った。
研究室をあとにした僕は、その言葉の意味を考えてみた。
大きな世界……それは一体なんだろう。先生は僕に、何を伝えたかったんだろう。
その答えが見つからないまま、僕は残りの大学生活を過ごし、卒業を迎えた。
しかし就活はうまくいかず、結局どこにも就職が決まらないまま僕は大学を出てしまった。
これからどうすればいいのか。こんな僕に、「大きな世界」なんて見つけられるのだろうか。
迷いと悩みのなかでもがきながら、先生の言葉の意味を探す僕の旅が始まった。
迷いを抱えながら飛び乗った飛行機
初めての一人旅
就職せずに卒業した僕は、父の勧めもあって旅に出ることにした。
行き先はインドとネパール。初めての海外一人旅だ。
見たことのない景色、香り、食べもの、人々。すべてが驚きと興奮に満ちた、刺激的な経験だった。
だが同時に、うまくいかないことも多かった。精神的にも未熟な上に内向的な性格で、コミュニケーションがうまく取れず、トラブル続き。次第に疲れが溜まり、だんだんと自分が嫌になっていった。自己内省の連続だった。
帰国後、僕は先生の言葉を思い出した。
大きな世界を見るとは、こうして日本を離れ、異国を旅することを意味していたのだろうか。
だとしたら、単身インドに繰り出し、旅の中でいろんな出来事や人に出会い、失敗を繰り返し、自身を見つめ直した僕は、その言葉の答えに近づけているのかもしれない。
……けれど、そういうことではない気がした。
ただ旅に出る、という単純なことではない。きっと、もっと別の意味があるはずだ。
僕の旅は、まだまだ続くのだった。
初めての一人旅、インドは驚きの連続