ライター
コージー 世界遺産ライター

1994年生まれ。スポーツニッポン新聞社を経て、フリーライターに。大学時代のタイ留学で旅にハマり、バックパッカーデビューを果たす。世界遺産検定マイスターで、1000件以上登録されている世界遺産全制覇が夢。

こんにちは、世界遺産ライターのコージーです。

前回の屋久島に続き、今回も自然遺産に行ってきました。

鹿児島本土と沖縄本島のほぼ中間に位置する奄美大島。2021年に『奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島』(鹿児島、沖縄)として登録された、日本で最も新しい世界自然遺産です。

みなさんは、奄美大島と聞いて、どんなイメージを持ちますか?

美しい海を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、今回は海だけではない、奄美大島の魅力を味わってきました。

生物多様性のホットスポット

看板
飛行機で奄美大島へ降り立った。

空港を出ると「いもーれ奄美へ!」の看板が出迎えてくれた。「いもーれ」は島の言葉で「ようこそ」。

気温は20度くらいだろうか。11月とは思えない暖かさに、思わず上着を脱ぐ。さすが亜熱帯の島。

「島内を巡るなら、レンタカーがおすすめ」

ガイドブックには、そう書かれていた。奄美大島在住の友人も同じように言っていた。

しかし、僕はペーパードライバー。毅然とした態度でバスに乗り込む。まず向かうのは、奄美大島世界遺産センター。

奄美大島世界遺産センター
奄美大島世界遺産センターでは、奄美大島の自然の価値や、それを守るための取り組みを楽しみながら学べる。

2021年7月、日本で5件目の自然遺産となった『奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島』。琉球列島の一部である奄美大島、徳之島、沖縄島北部、西表島の4つの島々の陸域(海域は含まれない)が世界遺産に登録された。

奄美大島世界遺産センターの展示
これらの島々は、黒潮と亜熱帯高気圧の影響を受けた温暖で湿潤な亜熱帯性気候。降水量が多く、世界的に珍しい亜熱帯性多雨林が広がっている。

世界遺産として評価されたのは、生物多様性。日本の国土面積の0.5%に満たない地域に絶滅危惧種が95種も生息。そのうち固有種が75種と、世界的にも稀な生物多様性のホットスポットといえる。

かつては大陸と陸続きだったが、数百万年前に大陸から離れて孤立。その過程で、大陸では滅びた原始的な動物が生き残ったり、島で独自の進化を遂げたりしたため、現在も希少な種が多数生息している。

奄美大島世界遺産センターの展示
自然遺産としての価値を表す登録基準は①自然美や景観美②地球の歴史の主要段階③生態系④絶滅危惧種を含む生物多様性、の計4つ。

本遺産は生物多様性を認められて世界遺産へと登録されたが、日本の5件の自然遺産のうち唯一、動植物の生態系が認められていない遺産となった。そこには世界遺産登録への経緯が関係していた。

当初2018年での世界遺産登録を目指していた際には、③生態系と④絶滅危惧種を含む生物多様性、の2つの基準で推薦。しかし、世界遺産委員会の諮問機関である国際自然保護連合(IUCN)から「世界遺産としての価値は認められない」と「登録延期」勧告が出された。そこで、一度推薦を取り下げた。

2度目の挑戦では、登録基準を生物多様性のみに絞って推薦。他にも推薦エリアを拡大して、生物多様性を保護できる状態をつくるなど調整を行い、晴れて世界遺産へと登録されたのだった。

個人的には、生態系が登録基準から外されたのは残念だ。しかし、世界遺産へ登録されるためには、戦略を考えることも重要だ。まずは無事、世界遺産へ登録されたことを喜びたい。

奄美大島と徳之島にしかいない原始的なウサギ

奄美大島世界遺産センターの展示
展示室に入ると、そこには森が広がっている。

奄美大島の生物多様性を生み出しているのは、森だ。

「白神山地」「屋久島」「知床」「小笠原諸島」の他の4つの自然遺産も全て森林とそれに関する生態系が遺産価値の中核をなしており、日本の自然環境の特徴が”森林”であることがよく分かる。

虫や鳥の鳴き声、雨の音が聞こえる。モニターには奄美大島に生息する動物や植物が映し出される。

奄美大島世界遺産センターの展示
鮮やかな瑠璃色が特徴のルリカケスは、奄美大島と奄美大島の南部に浮かぶ加計呂麻島(かけろまじま)に生息する固有種。国の天然記念物に指定されており、鹿児島の県鳥にも選ばれている。

美しい見た目とは裏腹に、鳴き声は「ガーガー」とあまり可愛くない。

奄美大島世界遺産センターの展示
突然、あたりは静まりかえり、明かりが消えた。夜になったのだ。

世界遺産センターの展示室は15分ごとに昼と夜が入れ替わり、映像や音声の変化を楽しめる。

日本の多くの世界遺産の周辺には、遺産の価値や観光の楽しみ方を伝えてくれる「世界遺産センター」と呼ばれる場所がある。これまで様々な世界遺産センターに行ってきたが、個人的ナンバーワンは奄美大島世界遺産センター。

奄美の森が忠実に再現されている展示は本格的で、面白い。見たり、聞いたり、触ったり、といきたいところだが、展示物への接触は禁止なので注意しよう。

奄美大島世界遺産センターの展示
夜になると活発に動き出すのが、アマミノクロウサギだ。

世界で奄美大島と徳之島にしか生息しない固有種で、絶滅危惧種に指定されている。

ヨーロッパのアナウサギの祖先で、500万〜300万年前から存在していたとも言われる原始的なウサギ。大陸では後により生存能力の高いノウサギが登場し、古いウサギは絶滅。一方、大陸から離れた奄美大島と徳之島では天敵が現れず、生き残ったようだ。

奄美大島世界遺産センターの展示
目や耳が小さく、足が短いため走るのは苦手だが、穴掘りの達人。赤ちゃんの育て方が特徴的で、自分の巣穴とは別の場所に子育て用の巣穴を掘る。外敵のハブの侵入を防ぐため、土で入り口にフタをするのだという。

ちなみに、アマミノクロウサギを漢字で書くと「奄美野黒兎」で「奄美の黒兎」ではない。

可愛げのあるアマミノクロウサギだが、重大な問題も起きている。夜間に道路に現れたアマミノクロウサギを車で轢いてしまう交通事故が近年、増加しているのだ。

世界遺産に登録されたことで、アマミノクロウサギをひと目見たいという観光客もさらに増えるだろう。ただし、忘れないでほしいのは、世界遺産の本来の目的だ。

世界中の文化や自然を、人類共通の宝物として破壊や損傷から保護・保全し、将来の世代に伝えていくこと。これが、世界遺産の存在意義であり、本質である。

観光客が増える、地域が盛り上がるといったことはあくまで副次的な効果だ。世界遺産に登録された結果、観光客が増え、自然が保護されなくなっては、本末転倒だ。このことは奄美大島の住人も、僕のような観光客も、強く意識すべきだと思う。

アマミノクロウサギを見学する際は個人で行くのではなく、ガイド付きのナイトツアーを利用してほしい。人類共通の宝を守るためには一人ひとりの良識ある行動が欠かせない。

■詳細情報
・名称:奄美大島世界遺産センター
・住所:鹿児島県奄美市住用町石原467-1
・地図:
・アクセス:路線バス:「マングローブパーク前」下車すぐ /奄美空港から車で70分
・営業時間:9:00〜17:00(最終入館16:30)
・定休日:木曜日、年末年始(12月29日~1月3日)
・電話番号:0997-69-2281
・料金:無料
・公式サイトURL:https://amami-whcc.jp

SNS映えする金作原原生林

金作原原生林
世界遺産センターでの予習を終え、実際の森へとやってきた。島のほぼ中央に位置する「金作原(きんさくばる)原生林」。世界遺産の登録範囲である常緑広葉樹の森だ。

以前は自由に出入りできていたが、国立公園、世界遺産に登録された現在は入り口に柵が設けられた。原則として、散策には奄美群島認定エコツアーガイドの同行が必要だ。

金作原原生林
ガイドさんや他のツアー客とともに、森の中に入っていく。標高は300m。空気がひんやりとしていて、半袖だと少し肌寒い。

奄美大島の年間降水量は東京の2倍にあたる約3000m。多くの雨が、さまざまな動植物が暮らす豊かな森を育んだ。

ときおり、鳥の声が聞こえる。ルリカケスをカメラで捉えることはできなかったが、鳴き声は聞こえた。

日本に生息する野鳥の6割ほどが、奄美大島で観察できるのだという。ルリカケス以外にも、奄美大島だけにしか存在しないオオトラツグミや「火の鳥」の異名を持つリュウキュウアカショウビンなど希少な鳥類が多い。

金作原原生林
金作原散策の見どころのひとつが日本最大のシダ植物・ヒカゲヘゴ。恐竜が活動していた1億年以上前から存在していて「生きた化石」とも呼ばれている。

傘のように葉を広げて日陰を作るから「ヒカゲヘゴ」。空に向かって伸びていく緑が美しい。

ガイドさんによると最近、奄美大島のポスターなどでヒカゲヘゴの写真が使われることが増えてきたらしい。たしかにSNS映えする風景だ。

SNS映えしなくても、価値のある遺産はたくさんある。だが、これまであまり見向きもされなかった資源に強烈な注目を集める力のあるSNSは、武器にもなる。

奄美大島といえば、海のイメージが強いと思う。世界遺産登録やSNSをきっかけにして、より多くの人が「奄美大島って海だけじゃないんだ。森も美しいんだ!」と気づいてくれたらいい。

巨大なヒカゲヘゴに心奪われる

金作原原生林
多くの人に気づいてもらいたい。などと書いたが僕自身、まさに今、森の美しさに魅了されている。

このまま絵ハガキにしたい。そんな風景だ。

上空を見上げて、景色を目に焼き付ける。写真を撮る。もう一度、自分の目で見る。

好きだ。心奪われる光景に出会えたことに、感謝したい。

気が付くと、ガイドさんたちがずいぶん遠くに行っていた。慌てて追いかける。

金作原原生林
ヒカゲヘゴは、真っすぐ空に向かって伸びているわけではない。太陽光を求めて、曲がりながら成長していく。ガイドさんは言う。

「ここにはたくさんの植物が生い茂っているので、日に当たるための競争が激しいんです。みんなが真っすぐでいられるわけではない。でもみんな、頑張っていますよね」

ときに真っすぐ成長し、ときに光を求めてくねくねと曲がる。他の木に寄りかかって生育することもある。

でもみんな頑張っている。日に当たるために。生き残るために。

他者と自分を比べて、自分を卑下したり、他者を妬んだりしてしまうことがある。だけど、自分には自分の生き方がある。状況に応じて、生き残り戦略が変化するのも自然なことだ。奄美大島の太古の森が、気づかせてくれた。

金作原原生林
金作原原生林の散策ツアーは、1時間半で終わった。

動物も植物も、人間と同じ、命あるもの。

多様な生物が暮らす奄美大島でのひとり旅。命について、生きることについて考える旅となった。

奄美の郷土料理・鶏飯は絶品

鶏飯
旅の魅力といえば「食」を忘れてはいけない。奄美大島では、たくさんの美味しいグルメと出会った。

なかでも印象的な出会いは、奄美大島を代表する郷土料理・鶏飯(けいはん)。江戸時代、薩摩藩の役人をもてなすための料理としてふるまわれていたらしい。

ご飯の上に鶏肉、錦糸卵、のり、しいたけ、ねぎ、パパイヤの漬物などの具材を乗せ、鶏ガラスープをかける。お茶漬けのようなイメージだ。

鶏飯
具材はすべて自家製。放し飼いの地鶏を使い、注文後に味の調整をして提供される鶏ガラスープ。想いのこもった逸品をいただく。

店主のこだわりをそのまま全身で受け止める。さっぱりとしながらも、深みのある味。うまい。優しい味わいなので、万人に好かれそう。予想を超える美味しさに、今回の旅で計3回も食べた。

海に、森に、食。まさに、奄美大島の魅力を堪能した旅だった。またきっと、この島へ帰る時が来る。そんな予感とともに、僕は東京へ帰った。

■詳細情報
・名称:けいはん ひさ倉
・住所:鹿児島県大島郡龍郷町屋入511
・地図:
・アクセス:しまバス空港線「屋入ひさ倉前」バス停から徒歩1分/奄美空港から車で19分
・営業時間:11:00〜20:30(ラストオーダー20:00)
・定休日:不定休
・電話番号:0997-62-2988
・公式サイトURL:http://www4.synapse.ne.jp/hisakura/index.htm

All photos by Koji Okamura

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コージー 世界遺産ライター

1994年生まれ。スポーツニッポン新聞社を経て、フリーライターに。大学時代のタイ留学で旅にハマり、バックパッカーデビューを果たす。世界遺産検定マイスターで、1000件以上登録されている世界遺産全制覇が夢。

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