ライター

北海道出身、関西在住。読書と珈琲と文筆と旅を愛する30歳。インドとネパールが大好き。現在、仕事を辞めて妻と二人で海外放浪中。 2023年、珈琲と文学をテーマにした珈琲ブランドを立ち上げる。いまは販売に向けて鋭意準備中…。夢は旅する珈琲屋兼作家!

幼い頃から、気が付けば本ばかり読んでいた。
毎晩布団に入ると必ず本を開き、活字の海を泳いでいた。

それが僕の旅の原風景だったと思う。

そんなの旅じゃないじゃん。
旅どころか、家の中からも出てないじゃん。

そう思う人もいるだろう。だけど幼い僕にとっては、本を開くだけでいつでも大冒険に出掛けられた。

登場人物たちと一緒に、物語の世界を旅して歩いた。

自分の本棚の写真本棚に並ぶ愛読書たち(一部)
大学生になると演劇サークルに入り、物語の世界を作り、演じる側になった。

埃臭い稽古場や小さな劇場に籠っているだけなのに、僕は東京タワーをジャックしたり、戦国時代の山賊として暗躍したり、宇宙船を開発して遠い星に行ったりした。

読書と演劇。
物語を読み、演じる。

それだけで、無限に広がる世界を旅することができた。

旅行好きだと言う他の友人たちの誰よりも、僕が一番旅をしていると思っていた。

裏を返すと、僕は本当の旅に出ることに興味がなかった。

テレビやネットで海外の美しい風景なんかを見ても「いつかは見てみたいなぁ」とは思うが、「よし、実際に行こう!」となることはなかった。

架空の世界の旅で満足だった。

というより、それ以前の問題だった。

僕は昔から人見知りで、自己肯定感が低く、コミュニケーションが苦手だった。

新しい人間関係を築くのが億劫で、好きな人たちと好きなことだけやっていればそれでよかった。

わざわざ知らない場所に赴くなんてまっぴらだ。

だから、どこにも出掛けずに演劇の閉塞的な世界に没頭し、活動がない時には部屋で一人で読書をした。

そういう学生生活を過ごしていた。

好きなことばかりやってた結果、学業を疎かにして留年した。

就活にもまったく身が入らず、唯一貰った内定も「なんかちがう」と蹴って、そのまま卒業した。

そんな内向的で、怠惰で、非社交的で、社会不適合だった男が、なぜ突然一人で旅に出たのか。

そして今も尚、旅をやめられないのか。

インド、コルカタの街角。ヤギがゴミを漁っている

『深い河』に導かれて

僕が初めて一人旅に出たのは、インドとネパールだった。

大学卒業後、地元に帰り、バイトでお金を貯めてから、1ヶ月程放浪した。

前述のように内定のないまま卒業し、無職になった僕はとりあえず就活を続けるつもりだった。

そんな僕を見かねた父から、とある提案があった。

「このままダラダラ続けても、何も変わらないだろう。一度、インドへ旅にでも行ってみたらどうだ」

その言葉に僕は、「就活よりそっちの方がおもろいやん」と、旅に出ることを決めた。

突拍子もない話ではあったが、思い返してみれば納得がいく。父は若い頃は旅が好きで、特にインドとネパールがお気に入りだったのだ。

そして、いつか自分の子どものうちの誰か(うちは4人兄妹)に旅に行ってもらいたいと思っていたのだが、誰も興味がなさそうで半ば諦めていたらしい。

そんな折、僕が就活でうだうだやっているのを見て、このタイミングならありかも!と思って旅を勧めてみた、ということだった。

とはいえ、海外に興味のなかった僕がなぜその突然の勧めに乗り気になり、インドという未知の国に行く気になったのか。

インドグッズ
ジャイプルのホテルに並ぶインドグッズ。
父の部屋にもこういうのあった

大学最後の年、作家・遠藤周作の作品研究の授業を取った僕は、そこで『深い河』という作品に出会った。

内容は、

人生に“業”を背負った5人の日本人が、それぞれの想いを抱えてインドツアーに参加し、
ガンジス川の流れるバラナシに赴く。

という物語。

ガンジス川のほとりに立った5人。
人間の業をすべてを飲み込み流れてゆく深い河を見つめ、己の人生に想いを馳せるのだった……。

氏の作品は数冊読んだことがあったが、この『深い河』は初読だった。

僕はこの小説に深く感銘を受けた。

インドってなんだ……?一体どんな国なんだ……?

これまで本の中で旅をしてきた僕は、初めて本に描かれた世界を実際にこの目で見てみたいと思った。

そんな時に、偶然か必然か、父からのインド旅の提案が。

否、これは偶然ではない。きっと、ガンガーからの導きだ……。

そして僕は、旅に出ればきっと何かが変わるだろう。新しい自分に生まれ変わるだろう、と期待を抱き、バイトに励み、お金を貯め、インドへと旅立った。

遠藤周作「深い河」遠藤周作『深い河』

旅の中で自分が嫌いになる

旅に出て半月。

デリーの日本人宿のベッドの上で、僕は読書に耽っていた。

階下の食堂から、日本人の旅人たちが集まって、楽しく談笑している声が聞こえてくる。

僕も前の晩にご飯を食べに食堂へ行ったが、誰とも話さず、黙々と日本食を食べていた。

一度、旅人の一人が声を掛けてくれたが、適当な返事と愛想笑いを返すばかりの僕に早々に見切りをつけて、自分たちの輪に戻っていった。

翌日、街を歩くこともせず、日がな一日ベッドの上に転がっていた。

腹が減れば食堂に降り、インド料理より日本食ばかり食べていた。

誰とも話さず、自分の世界に籠っていた。

そろそろインドを出てネパールに行こうかと思ったが、金が底を尽きかけていた。

一応ここまで来たし、カトマンズを少し見たら日本に帰ろうか…… 。

もうインドは疲れた……。

一人インドへ赴いた僕が、そこで見つめたもの。

それは自分の嫌いな部分がすべて剥き出しの、丸裸の自分そのものだった。

寝台列車
寝台列車で見かけた女性。何を見つめているのか
旅に出たら何かが変わる。

そんな期待も虚しく、僕は旅の中でどんどん自分が嫌いになった。

人と話すのが苦手で、おすすめの場所や行き方はスマホで調べてばかり。

そもそも英語が全然話せないから、簡単な単語だけで最低限の会話しかできない。それすら面倒な時はGoogle翻訳に頼りきり。

優柔不断で押しに弱いから、インド人にすぐにぼったくられる。これはぼったくりだってわかってるけど、断れない。

半月程度ですぐにお金が底を尽きかけてしまった無計画さ。

その後、ネパールに入ったタイミングで合流した友人(今の妻)がお金を貸してくれて旅を続けられたが、情けなかった。

……日本にいる時と変わらないじゃん。

性格も、語学力も、計画性も、管理能力も、何も変わっていない。

考えてみれば当たり前だ。

旅に出た瞬間に自分が変わる訳がない。

旅に出て、いろいろ経験して、学んでいくから変わっていくんだ。

演劇だってそうだ。

稽古して、ダメ出しをもらって、自分の悪いところを確認して、演技を磨いて、そして本番の舞台に立って…を繰り返していくから、成長していく。演劇を始めたその瞬間に変わる人なんていない。

これはすべてのことに当てはまるだろう。

その事実に気が付いた僕は、「よーし、じゃあここから自分を省みて成長していこう!」ではなく、「しんどいなぁ…」と思っていた。

旅ってこんなにも自分の嫌なところが剥き出しになるなんて、思いもしなかった。

特に僕みたいに自己肯定感が低い人間にとっては、それを突き付けられながら続ける旅は、苦行のように感じられた。

いや〜旅向いてないなぁ。そんなことを考えていた。

カツ丼
インド料理に飽きて食べたカツ丼。美味かった…。

ライター

北海道出身、関西在住。読書と珈琲と文筆と旅を愛する30歳。インドとネパールが大好き。現在、仕事を辞めて妻と二人で海外放浪中。 2023年、珈琲と文学をテーマにした珈琲ブランドを立ち上げる。いまは販売に向けて鋭意準備中…。夢は旅する珈琲屋兼作家!

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