こんにちは、TABIPPO編集部です。2020年10月12日に締め切った、「#私たちは旅をやめられない」コンテスト。たくさんのご応募ありがとうございました!

募集時にクリエイターの方々の作品例を掲載しておりました特集にて、受賞作を順次掲載する形で発表させていただきます。

それぞれの旅への思いが詰まった素晴らしい作品をご紹介していきたいと思います。ぜひご覧ください。

今回はAIRPORT賞に輝いた、kamoさんの作品『再会はソウルの街角で。』をご紹介します。

kamoさんには、関西国際空港より「ホテル日航関西空港 ビジネスクラス ツインルーム 29㎡ 宿泊券(1泊2日)(ペア1組)」が贈られます。それでは、作品をお楽しみください。

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世界は知らない形や色で満ちている。

どこでもドアのような関空を抜けると、暴れだしそうなエネルギーの塊が目の前に現れる。何度も読み返したガイドブックには澄ました顔でおさまっていたのに、自分の想像を遥かに超えた未知の世界。

あふれんばかりの熱気。目に飛び込んでくる原色。まじりあう、耳なじみのない音。肌にまとわりつく空気。そして異国の匂い。

パワフルなものたちが五感を刺激する。初めて会う、しかしどこか懐かしいその感覚に、「旅に来た」という実感がこみあげてくる。叫びだしたくなるほど、幸せな瞬間。

私はこの一瞬のために旅をしている。

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あの日もそうだった。2010年5月。お互いの30歳を記念して、大学時代の友人のまさみと韓国へ行くことになった。

金浦空港に着いて、まずはソウル市内に移動。私たちは、いかにも「旅行者」向きのタクシーや空港急行には見向きせず、迷わず地下鉄を選ぶ。レジデンスがある東大門まで地下鉄で1本。乗り換えなし。地下鉄で移動することくらい余裕、のはずだった。

空港内の案内には英語が併記されている。韓国語のアナウンスの後には英語のアナウンスが流れている。何と言っても、10年近く毎日観ている韓国ドラマで聞きなれた韓国語の響きはすぐに耳になじむくらい、心地よかった。

まさみはこの2週間、毎日、初級韓国語のレッスン本に付属のCDを聞いていたらしい。「『シオナダー』涼しいです」「『ペゴプダー』おなかがへりました」覚えたフレーズはあまり出番がなさそうだったけど、韓国語がめっちゃ得意になったと言って笑った。

土曜日の夕方だからか、地下鉄内はすでに満席だった。車内アナウンスが聞こえてきて、浮かれていた私たちから余裕が消えた。アナウンス、何を言っているか全くわからない。

慌ててガイドブックの路線図のページを開いて、東大門が金浦空港から何番目の駅なのか必死で数える。周りに座っている韓国の人たちが、私たちが何をしているのかクスクス笑って見ている。

…16、17、18、18、…あれ?

焦っているから、ちゃんと数えられない。

…22、23、24。

何度も数え直して、やっと24番目の駅だとわかった。電車が動き出すと、私たちはもうおしゃべりできなくなった。今のは何番目の駅だったのか、すぐにわからなくなってしまうから。

次の駅に着くたび、文字通り指折り数えた。真剣な顔でお互いの指を見せて確認し合った。それでも、本当に合っているのか確かめようがなく不安が募った。焦るほどに、音が消え、視界が狭くなっていった。

気が付いたら、気の強そうなおばあさんが私たちの前に立って、何かわめいていた。その剣幕に驚いて、思わず「え?何ですか」と聞き返した。周りの乗客たちは、口々におばあさんに何かを説明している。

たぶん…、「この人たち、日本人だから韓国語はわからないよ」。それでも納得できないおばあさんが大声でわめき続ける中、満員電車は東大門駅に着いた。私たちが電車を降りるために席を立つと、おばあさんはとても満足そうに席に座った。

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HPに書いてあった出口から駅を出たものの、レジデンスへの行き方はわからなかった。地図の中の建物の名前はぜんぶカタカナで書かれている。でも目の前の建物にはハングル。お手上げだった。

ふと何かの気配を感じて、目を横にやると、私たちのそばには野菜をたくさん積んだカートを持ったおばあさんが立っていた。

…とりあえず地図を見せて、ここに行きたいとレジデンスの場所を指してみる。すると、おばあさんは大きく「うん、うん」とうなずいた。

おお!

着いてこいとばかりに歩きだしたおばあさんの様子に安心して、私たちは後を追った。

HPには駅から徒歩5分と書いてあったのに、しかし、なかなか着かなかった。そればかりか、にぎやかなエリアからだんだん離れていた。

「ほんまにこっちで合ってる?」

おばあさんは日本語が分からない様子だったけれど、聞こえないようにひそひそ会話する。

どこに連れていかれるんだろう。10分経っても着かないことに不安を覚え、とにかく駅に戻ることにした。何度も「カムサハムニダ」と言って、今来た道を引き返し始める。

なぜか後ろでおばあさんが何ごとかをわめいていた。とにかく会釈と「カムサハムニダ」を繰り返す。私たちがスーツケースを引きずって1区画、2区画と戻っても、おばあさんは大きく手を振りながら向こうでわめき続けていた。

結局、レジデンスは、おばあさんが歩いたのとは正反対の方向にそびえ立っていた。

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レジデンスの前に着いた途端、耳に大きな喧噪が戻ってきた。

辺りを見回すと、コンビニの前の簡易のテーブルと青いイスでは、おじさん3人組がチャミスルを飲んだり、大きな声でしゃべったり笑ったりしている。カップルが密着して歩いている。

ずらっと並んだ屋台では、長いゴム手袋をしたおばさんたちが大きな声でおしゃべりしながら、料理の仕込みや開店準備を始めている。

魚のちょっと生臭いにおい、何かを煮たり焼いたりしているにおい。あれはたぶんトッポギ。あ、長い串にささったオデン。山積みのオレンジやパイナップル。前の道路では遠慮なく鳴らされるクラクションの音。

そこには、ずっとドラマで見ていた「韓国っぽいもの」がぜんぶ混ざり合っていた。

…本当だったんだ。

ドラマの中の世界だけじゃなくて、本当に、この街で生きている人がたくさんいて、そして、その人たちの生活を今、垣間見ている…!

ずっと来たかったソウルの街。嬉しさがこみあげてきて、にやにやが止まらない。幸せすぎて意味もなく叫び出しそうだった。

ソウルの街はとにかく楽しかった。ずっとわくわくしていた。眠るのがもったいなかった。夜中まで遊んで、3時頃までおしゃべりした。それでも朝6時前には起きて、さっぱりわからない韓国語のニュースを見たりした。

10年前のあの旅で行った場所はもちろん、歩いた道も、見たニュースも、今でもはっきり覚えている。まさみとの旅だからこそ、出会えた光景ばかりだった。地下鉄で出会ったおばあさんも、どこかへ道案内してくれようとしたおばあさんも、あの旅の大切なひとコマだ。

旅の最後に、「10年後、40歳を記念して、一緒にまた来よう」という約束をした。

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すっかりソウルという街や人に魅了された私は、その後、1人で何度もソウルを訪れた。

小さな路地にある、太刀魚がとびきりおいしい店を見つけた。伝統茶が飲める雰囲気のいいカフェは本当に気持ちが落ち着いた。好きなアートショップでは、日本では買えない新作をたくさん買った。ホクロ取りをした。髪を切った。ネイルした。初対面の人の結婚式に参加したり、江南の夕方の渋滞に巻き込まれて飛行機に乗り遅れたりもした。

行くたびに新しい魅力を見つけて、どんどん好きになった。仕事で嫌なことがあっても、お気に入りの場所を思い出すと元気になれた。

初めてのソウルから10年。40歳の旅では、お気に入りの場所にまさみと一緒に行こうと決めていた。

梨花洞の壁画村でたくさん写真を撮ろう。大人にも似合う素敵なチマチョゴリを選んで、景福宮の夜間拝観に行こう。西村でシャンパンマッコリをたくさん買って、チキンもペダルして、レジデンスで一緒に40歳を祝おう。旅の最後には、エステの代わりに皮膚科に行って、しわをとってもらおう。

2020年10月、約束はまだ果たせていない。でも、いつかかならず、私たちはまたソウルにあの瞬間を味わいに行くだろう。私たちは毎日、その日を指折り数えて待っている。

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編集部

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