こんにちは、TABIPPO編集部です。2020年10月12日に締め切った、「#私たちは旅をやめられない」コンテスト。たくさんのご応募ありがとうございました!

募集時にクリエイターの方々の作品例を掲載しておりました特集にて、受賞作を順次掲載する形で発表させていただきます。

それぞれの旅への思いが詰まった素晴らしい作品をご紹介していきたいと思います。ぜひご覧ください。

今回はWORLD賞に輝いた、ヨシカワダイチさんの作品『あの最高の「いいかんじ」を、もう一度。』をご紹介します。

ヨシカワダイチさんには、マリアナ政府観光局より「molfon マリアナブルーティー+オリジナルグッズ」が贈られます。それでは、作品をお楽しみください。

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「仕事を辞めて、旅に出た」だなんて、あまりにもありふれた陳腐な言葉だ。

あのとき、一体旅に何を求めていたのだろう。僕はバックパック一つ背負って、世界中を気ままにぶらぶらと放浪して、スペインのサン・セバスチャンにたどり着いた。

ここは世界一の美食街と呼ばれていて、食事とワインを楽しむために、世界中から美食家が集まっている。

前職ではソムリエだった。ワインバーのマネージャーとして、忙しく働いていた。目の前のお客様を笑顔にしたくて、とにかく幸せな気持ちで帰ってほしくて、文字通り粉骨砕身した。

接客の仕事は楽しい。笑顔をたくさん見ることができる。でも何故か仕事のクオリティが上がるたびに、反比例するように私生活と心は荒んでいった。

次第に悪くなっていく体調にはうすうす気づいていたけれど、気づかないふりをしていた。それでもやっぱり身体は正直で、倒れた。そこから改めてゆっくり考えた。

ちょっくら長旅にでもでて、すべてリセットしようと思い立った。2回目の長旅だった。ためらうことなくパッキングして飛び立てたのは、旅にはリセットさせる力があるし、もう一度元気に立ち上がらせる力があることを、十分に知っていたからだ。

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サン・セバスチャンは小さな街で、「バル」とよばれる居酒屋のようなお店が一角に所狭しと並んでいる。僕の旅は、下調べはしない。インスピレーションに従って、目についたバルにふらっと立ち寄る。

高級レストランのように肩肘張らないカジュアルなスペインバルは、ドレスコードはないし、気難しいメニューもない。バーカウンターにずらっと並んだ色とりどりの小皿料理を、好きなタイミングでとっていく。

まずはキンキンに冷えた生ビールで、喉を潤す。ビールはいつ飲んでも美味しいけれど、ここで飲むビールはまた格別だ。

ビールを飲みながら、バーカウンターに並んだ小皿料理を眺める。スパニッシュオムレツにしようか、ウニのグラタンにしようか、きのこが乗っているブルスケッタもいいなぁ。

幸せな悩みに頭をかしげていると、隣りに居合わせたおっちゃんが「これがおいしいよ!」と言って勝手にスパニッシュオムレツを僕の前にさしだした。

そして、にこにこしたバーテンダーが、絶妙の間でオムレツに合ったワインをグラスにとぽとぽと注いでくれる。オムレツとワイン、なんでもない組み合わせだけれど、これが最高に美味しかった。

カチャカチャと食器が重なる音と、いくつもの言語が飛び交うにぎやかな雰囲気。何を言ってるか分からなくても、声の調子や表情で、心から楽しんでいるんだと、わかってしまう。

生ハムをつまみに2杯目のワインを飲んでいると、ホールをまわっていたおばちゃんが「あなた、なんだかたのしそうね」と言った。

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今、この店は最高の「いいかんじ」を創り出している。お店をやっていたからこそ、分かることがある。1年に何回か、100点の「いいかんじ」を創りだせることがある。

いいお客さん、いい接客、いい料理にいいワイン。いい明るさの照明と、いいBGMの選曲、いい空気感。すべての「いい」が交わってはじめて、最高の「いいかんじ」ができあがる。

もちろんお店をやる側は、毎日100点を求めている。それでもいくつもの要素が重なり合って訪れる最高の「いいかんじ」は、なかなか創り出せない。

求めていた「いいかんじ」は、サン・セバスチャンにあった。僕はこの小さな街の一角にあるバルに、恋をした。

サン・セバスチャンは、大きな一つの意識に包まれているように思えた。「美味しいご飯とお酒を楽しもうよ」と、お店が、ワインが、土地そのものが醸し出す風土がそう言ってるように感じた。

原点に戻れた。人はなにか食べないと、栄養が身体に入らない。基本的に動物は、死ぬまでなにかを食べ続ける生き物だ。「食べる」という必要不可欠で根源的な尊い行為を、どうせならやっぱり楽しまないと、と心から思えた場所だった。

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今、改めて旅に出られるならば、僕はサン・セバスチャンにいく。

仕事に忙殺されて、ぱぱっとすませてしまうときや、上司と行って気遣いだけで終わってしまう食事が続いたりすると、いつもあの光景が思い浮かぶ。

あのとき、「たのしそうね」と声をかけてくれたおばちゃんは、まだ働いているだろうか。笑顔でスパニッシュオムレツをすすめてくれたおっちゃんは、元気だろうか。あの、なんともいえない最高の「いいかんじ」は、また味わえるのだろうか。

ステイホームが叫ばれ、自宅での食事が増えた。もちろん自炊をしたり、ちょっといいワインを買ってみたり、充実度は日々増している。それでも、僕が今渇望しているのは、サン・セバスチャンで確かに感じたあの「いいかんじ」だ。

食事って、楽しい。
ワインって、楽しい。
生きるって、楽しい。

そんな気持ちを忘れないためにも、僕は今日もサン・セバスチャンを想っている。

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編集部

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