こんにちは、TABIPPO編集部です。2020年9月14日(月)から2020年10月12日(月)まで「#私たちは旅をやめられない」コンテストを実施しています。
応募媒体は「note」。指定の#タグと共に、自由な表現で “海外への旅” への思いを投稿いただくコンテストです。
同時に、クリエイターによる作品とコンテストの受賞作を掲載する特集もスタート。様々な表現での、それぞれの思いをぜひご覧ください。
今回は、フォトグラファー・物書きとして活動をしている古性のちさんの作品をご紹介します。古性のちさんの作品は、「癒し」×「タイ旅行」がテーマの#THAILAND賞の作品例となります。
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この地球上に「ここがふるさとだ」と呼びたくなる場所はどれくらいあるだろう。その場所が自分にとって特別かどうかは、長く暮らしたことがあるとか、生まれ育った場所であるとかはあまり関係ないと思う。わたしは故郷の定義を「本来の自分に戻れる場所」と置いている。
そう定義すると”ふるさと”という言葉で一番に思い浮かべる街がある。
その街の空気に色があるとしたら、きっと柔らかな黄色をしている。吸い込むだけで、細胞が満たされていくような、幸せな気持ちになるからだ。
タイ・チェンマイを初めて訪れたのは2017年で、なんだか噛み心地が良い地名を気に入り旅先に選んだ。バンコクの約720キロ北に位置するタイの第2都市のこの街は、「北方のバラ」とも称される美しい古都。想像よりも全体はこぢんまりとコンパクトな街だった。
宿に荷物を置いてソンテオ(街中を移動する乗合いバスのようなもの)であちらこちら無計画に走ってみると、街が自然と共に呼吸している姿に感銘を受けた。
レストランやネイルサロン、コーヒースタンドなどジャンルはおまかいなしに、あちこちの店の間をにょきにょき無造作に、大きな木が気持ちよく背を伸ばしている。
東京で見かけるようなお洒落な店先では猫や鶏が気持ちよさそうにひなたぼっこをしているし、かと思えば有名なブランド達の看板をでかでかと掲げた立派なスーパーやショッピングモールが出現。なのに隣には、雑草達が太陽をたっぷりと浴び、好き勝手踊り狂っている。
人間の生活の中に自然がお邪魔しているわけでも、自然の中に人間がお邪魔しているわけでもない。お互いがお互いの良いところを上手に出し合い、邪険にせず、ここは上手いこと共存している街なのだと知った。
気になったカフェの軒先に腰掛けると、頭上の木の上でざわざわ鳥達がお喋りを始め、読みかけの本に名前も知らない葉の光と影が落ちる。
目をつぶると、自分自身もこの街に溶けていくような不思議な浮遊感と心地よさ。こんなにのんびりと身体中に空気を吸い込んだのは一体いつぶりだろうか。
ここに暮らす人々は「日々を慈しみ楽しむこと」をするのが特段に上手かった。空を見上げたり、のら猫とじゃれたり、川に足をぷらぷらしたり。ゆっくりと時間をかけて朝ごはんを食べ、友人との柔らかで取り止めのないお喋りが始まる。そんな人々を見ていると、私も知らず知らず、生活のスピードがゆっくりになっていく。
そんな開放感に満ち溢れた気持ちにさせてくれるこの街に、飽きることなく度々戻ってくる旅人が多く存在することを、納得せざるを得ない。
私自身、5日も滞在するとすっかりこの街に惚れ込んでしまった。
当時わたしは駆け出しのフリーランスライターだった。
喉から手が出るほど欲しかった、旅と仕事を両立していく人生を走り出したばかり。来る日も来る日も原稿を書き続け、SNSを発信し、自分のポジションを固めていく作業。振り落とされないよう、何者でもない自分に戻らぬようただ必死だった。
だからチェンマイに滞在し始めて、こんなにも自分が健やかに生きていくのに大事なことを、すっかり忘れていたのだと気づいた時は、唖然とした。
空が青いことだとか。鳥の声が美しいことだとか。木漏れ日が愛しいことだとか。甘すぎるタイミルクティをちびちび飲みながら、散歩をすることだとか。そういう、普通の、だけれどとんでもなく特別なことを、取り戻させてくれたのがこの街だった。
ふるさとではない場所でずっと生きていると、何か大事なものを失っていく。本来自分を守るためにかぶった仮面の外し方が分からなくなって、本当の私が遠くへ行ってしまう。そして遠くに行ってしまったことすら、気づけないまま、かわりに何だか息苦しくて、胸の中でずっともやもやが動き回っているような、そんな気持ちを連れてくる。
今世界は、誰も想像もしなかった形へと変化している。わたしも息苦しさや不安から、抜け出すことが出来ずにいる。
それでも私のふるさとが、あの場所にあることを思うと、少しだけ勇気が湧いてくる。呼吸するたび、体の中に入ってくる空気すらも愛おしいあの街に。
戻りたい場所があることは、なんて心強いことなのだろう。
「あと一体どれくらいの時をチェンマイで生きられるのだろう」
滞在中、そればかりを考えていた。
次に足を踏み入れた時、特段「あれがしたい、これがしたい」はあまり思い浮かばない。それはあの場所にいること自体が私にとって、スペシャルで自然体な事だからだろう。強いて言えば、チェンマイ名物で、わたしの大好物でもあるカオソーイ(カレーラーメン)を食べながら、ああ、帰ってきたなあとしみじみ感じたい。
東京から約8時間。
わたしのふるさとは、海を超えたあの先の、ちいさな美しい街にある。
All photos by 古性のち
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