「…なんで飛行機のチケットなんて取ったんだ。」
と、自分を責めたくなる。
だって、今は毎日休みがないくらい忙しい。旅へ行くなら、旅先へ仕事を持っていかないといけない。
そもそもお金もないし、まだ宿の予約もしていなければ、何をするのかも決めていない。
カレンダーと睨めっこで、ジリジリと日にちだけが過ぎていく。
そうなることがわかっていても、それでもときどき、私は旅に出る。
どうがんばっても、出不精
ひとりで、ロクに計画も立てずに、宿や諸々の予約もすべて滑り込みギリギリ。なんとかバタバタと必要なものを手配するも、当たり前のように事前リサーチが足りず、ときに余分なお金も飛んでいく。
そして、「あぁ、もっと前もって準備すればよかった……」と後悔する。
そんな反省は割と日常茶飯事で、「次こそは!」なんて思うけれど、結局旅の前にはちっとも気が進まずいつものループに陥ったりする。
そもそも私は家が好き。家に篭っているのが好き。「お家バンザイ!!」というタイプのインドア派だ。
古民家風一軒家のシェアハウスに住んでいるので、お茶もできる庭と縁側がある
数日間、家から一歩も外へ出なくたって、苦にならない。
時間を気にせず、二度寝三度寝をして、縁側の日差しを眺めてごろごろしながら動画を観て、漫画を読んで、お腹が空いたら好きなものを好きなようにつくって食べる。
揚げたてのドーナツが食べたくなったら、今からつくることだってできる。手の届くところに、ちょっとずつ買い貯めている積読も山ほどある。
なんていい休日。
とある日のおからドーナツ
なんといったって、新しい人とコミュニケーションを取るのだって、私は苦手なのだ。電話をかけなきゃいけないミッションなんて、できるだけ避けて生きていきたい。
何度も何度も頭の中でシミュレーションを経て、渋々と電話をかけるあの瞬間。想像するだけで、嫌気がさす。
まあでも当然、旅に出ようとすると、家から出なくちゃいけないし、地方へ行けば行くほど、電話も避けては通れない。(しかも、日程ギリギリで動き出すから、メールじゃそもそも間に合わないということもある……)
なのに、それなのに、気づいたら私は旅に出ている。
今年に入ってから、登山もちょっと始めてみているPhoto by Airi Kato
自分の背中を蹴っ飛ばせ
気づいたら、私は子どもの頃から本を読むのが好きだった。図書館では家族分のカードを駆使し、何十冊とまとめて借りるのがお決まりだった。
決して多読ではないけれど、今でも読書は、私の日常。肩にのしかかる荷物になるだけだとわかっていても、いつも鞄の中に2〜3冊の本を忍ばせておくのをやめられない。
旅に行く時も、たいてい荷物の1/4くらいは本で埋まっている。
スーツケースに詰めることをそっちのけで、旅先で本を増やす、という暴挙に出ることもよくある…
好きな作家さんはいろいろいるけれど、文化人類学者であり児童文学作家の上橋菜穂子さんの言葉の中で、折に触れて思い出す一文がある。
でも、それが自分を狭いところへ留めておこうとするマイナスの力であることも、わかってはいたのです。
靴ふきマットの上から飛び出して、ダイレクトに現実に触れたいと思うのなら、文化人類学はまさにうってつけでした。この学問を学ぼうと思ったとき、私は自分で自分の背中を、思いっきり蹴飛ばしたのでした。
上橋菜穂子著『物語ること、生きること』より
上橋菜穂子さんと自分を比べるなんて畏れ多いが、どうやら上橋さんも子どもの頃から相当の読書好きで、たくさんの本を読んでいた人だったようだ。
しかも、面倒くさがりで、家の外にもあまり出たくはないタイプ。
……なんだか、どこかで聞いたような話だ。
けれど上橋さんは「文化人類学者」という肩書きが示すように、未知の土地へと飛び込んでいく研究者である。その土地の文化や風習、人々の暮らしを自分の目と耳と身体で感じ、じかに学ぶことを何より大切にされている。
私を旅に駆り立てる衝動も、上橋さんにとっての文化人類学と、たぶんどこか似通ったところがある。
それでも私は、旅に出る
なんだかんだと言いつつ、子どもの頃はテレビ番組の「世界・ふしぎ発見!」が好きだったし、単純に旅に憧れがあるというのもおそらくある。
だけど極度の出不精な私が、気づくと旅に出ている理由は、「そうでないと知り得ないものがある」という、その一点に尽きるのだと思う。
ゆらめく光と、どこまでも透き通った真っ青な海。
小笠原で出会った、何百頭というイルカの群れ
生きている!という実感を全身で浴びる瞬間。
雨に濡れながら歩いた屋久島の森
偶然が運ぶ、一期一会のご縁。
ゲストハウスで出会った子と意気投合して、観光スポットめぐり
一方で、旅の経験は、いいことばかりとは限らない。
スペインからフランスへ行く道中で、貴重品以外の荷物を全部失くしたこともあるし(自分の不注意だけど……)、道を歩いているだけで人種差別的な言葉を投げかけられたこともある。
初対面の人とうまくコミュニケーションを取れない自分に嫌気がさすこともある。
魔女の宅急便の舞台と言われるポルトガルの街(ポルト)
けれど旅に出た数の分だけ、美しい景色に心打たれ、人のあたたかさに触れ、世界の広さを知り、懐の深さを味わっている。
奄美の昔ながらの工場で黒糖を買ったら、お店のおばあちゃんが、
「道中で食べな」とカケラをたくさんくれた
だから私はきっと、また性懲りもなく、この目で見たことのない世界、予想もできない景色を希求し、旅に出る。
ほんのりと後悔も予感しながら。
All noncredit photos by Mizuno Atsumi