夏休み。それは小学生の子どもがいる家庭にとって、一年の一大プロジェクトのようなものです。
学校がお休みのあいだ、家で過ごす子どもにどんな体験や役割を与えるのか。どこに連れて行くのか。そして、夏ならではの特別な思い出をどうつくってあげるのか。親にとっては毎年頭を悩ませるテーマでもあります。
「いつもの夏休みのように実家に帰省するだけでは少し物足りない。今、この瞬間の子どもとの思い出を何か一緒に作りたいけど、負荷は少なくしたい。」
そう感じていたときに出会ったのが、「日本国内でのホームステイ」でした。
見出し
国内で親子ホームステイを選んだきっかけ
国内のホームステイをすることになったのは、長い夏休みを前に、「子育てを少しラクにしたい」「仕事の時間も諦めたくない」。そんな自分本位の思いから、親子でワーケーションができる方法を探し始めたのがきっかけでした。
「親子ワーケーション」と検索しているうちに、国内でホームステイを提供している家庭をまとめたサイトがあることを知りました。そこには、地域や家庭の個性を活かしたさまざまなホームステイの形がありました。
候補を絞るにあたって重視した条件は、「関西圏であること」「日本での拠点である名古屋からアクセスしやすいこと」「車がなくても行ける場所であること」「ワークの時間が取れそうなところ」「子どもウェルカムなところ」。
田舎らしい体験を望みつつ、遠すぎず、車なしでも大丈夫という、一見矛盾したような条件でしたが、それを満たしてくれそうな場所が、神戸の里山にある「住みびらきのお家ケレケレ」でした。ホームステイ前の事前面談はZoomで一度のみ。「きっとここなら特別な体験ができるだろう」という根拠のない確信を頼りに、私たちは「住みびらきのお家ケレケレ」へ向かうことになったのです。
「住みびらきのお家ケレケレ」とは?
<photo by Ayako Shizume
フィジー語で「シェア・分かち合い」を意味する「ケレケレ」。青年海外協力隊としてフィジーに滞在した経験を持つ一平さんと和美さんご夫婦が、「モノやコトをみんなで分かち合える場をつくりたい」との思いから、この場所は存在しています。
きっかけは、5歳になる娘さん・春帆ちゃんの存在です。神戸の都市部で子育てをしていたころ、当時小学校教員だった一平さんが「子育ても、もっといろんな人とシェアできれば楽になるのに」と感じたことが原点でした。
神戸は港町として知られていますが、実は里山も多く農業が盛んな地域です。神戸の都市部出身の一平さんは、より自然に近い暮らしを求めて里山への移住を決意しました。そこで古民家を改装し、住まいの一部を人々に開放。モノや時間を分かち合いながら暮らす場として「住みびらきのお家ケレケレ」が誕生したのです。
縁側があり、広いお庭があるこの家は、オープンから5年がたちました。この場所にはこれまでたくさんの人が訪れ、たくさんの出会いが生まれ、そして、それぞれの人生に新しいきっかけを与えてつづけています。
旅を超えた「暮らし」の体験をした5日間
photo by Nodoka Kainuma
4泊5日のホームステイでは、想像以上に多くの体験を重ねることができました。もはや「旅」や「滞在」という言葉では足りないほど、濃密で充実した時間だったと感じています。
事前の面談で私が伝えた希望は、とてもシンプルで抽象的。
「祖父母の家が里山にあり、子どもの頃は夏休みに川遊びなどを楽しんでいました。でも、私の実家も夫の実家も都会にあるため、なかなかそうした経験を子どもにさせてあげられていません。だから、川で泳いだり、山の声を聞いたり、地元の方がするような体験をさせてあげたい。それに、もし可能なら自分も少しワークの時間を確保できれば理想です」
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ホストのご夫婦は、その思いをくみ取り、想像以上にいろいろな体験を企画してくれました。おかげで満足度の高い滞在となりました。そんなケレケレでの滞在の一部をご紹介します。
朝はウグイスの鳴き声で目覚め、縁側のある涼しく開放的なリビングで始まる1日
photo by Nodoka Kainuma
滞在中の朝は、目覚まし時計ではなくウグイスの鳴き声で始まりました。窓からは、蝉の鳴き声と電車の音が聞こえてくる。こんなに自然と人間の出す音が調和している音色を聞いたのは、本当に久しぶり。
そして、驚いたのは日本の真夏にもかかわらず、リビングには冷房が必要なかったこと。大きな古民家のリビングは、風の通りがよく、縁側があって、扇風機だけで十分に涼しく過ごせるのです。
都会の暮らしでは当たり前になっている冷房がなくても、少しベタつく汗さえも、なんだか人間らしくて気持ちがいいなと感じさせてくれる不思議な空間が、ケレケレにはありました。
ホストも、地元の人もみんな一緒に行った、とっておきの場所での川遊び
photo by Nodoka Kainuma
2日目に案内していただいたのは、地元の人しか知らないという渓谷。電車で移動し、山道を少し登った先に広がっていたのは、まるで隠れ家のような清流でした。
川魚を追いかけたり、流れに身をゆだねたり、川辺でおにぎりをほおばったり。地元の人にとっては日常のひとコマかもしれませんが、私たちにとっては“日本の夏休み”をぎゅっと凝縮したような特別な時間。
川の冷たさや水の流れる音、夏の暑さに混じる涼しさ。その瞬間に、視覚や聴覚だけでは感じ取れない五感が刺激され、ずっと忘れていた子どもの頃の記憶が蘇るような気がしました。
里山の夜を彩るバーベキューパーティー
2日目の夜には、バーベキューパーティーを開催。地元の人や、ハウスメイト、そして私の友人までも合流して、食事の用意をみんなでしていきます。炭火で焼かれる肉や野菜。料理から始まり、食をともにする時間には、「初めまして」だということを忘れる語らいが生まれていきます。
子どもたちは走り回り、大人たちもそれぞれの人生の話に夢中になる。この場所では一緒に過ごしてきた時間の長さなんて気になりません。人と人の心が自然と通い合う、心地よい時間が流れていました。
火を眺めながら、自分の未来や家族のことを想像してみる。人間にとって、こういう居場所がひとつあれば、どんなに悲しいことがあっても乗り越えられるのかもしれない。そんなことを、ひしひしと感じられる夜となりました。
偶然の出会いが生んだ、本格インドカレー体験
photo by Nodoka Kainuma
ちょうど同じ時期にケレケレのお家にインドの青年が滞在をしていました。偶然に同じ時期に、滞在することになったこの偶発的な出会い。
最終日の夜には、このインドの青年に本格的なインドカレーを作ってもらいました。近くのスーパーへ買い物に行って、目当てのスパイスが見つからなくて、何軒も一緒にはしごをする。こんなことは、神戸に行ったからって、できることではないのです。
この期間に、ケレケレにホームステイをする選択をしたから、起こった出来事。
スパイスを調合して作る本格的なカレー。台所にたつと、スパイスの香りがふあっと広がり、それだけで会話が弾みます。
この先、もう彼に会うことはないかもしれない。それでも、私はきっと、カレーを食べるたびに、このインドカレーの味をまた必ず思い出して、彼のことを考えるだろう。
そうやって、一見ただの点のような出会いでも、人と人は影響しあって行くのかもしれません。
里山での農のある暮らし体験と学びの時間
photo by Nodoka Kainuma
滞在中には、神戸の里山で自然農法を営むmagatama fieldさんにも足を運びました。人との交流が中心だったステイですが、この時間は“学び”にじっくりと向き合う貴重なひとときになりました。
magatama fieldさんは、里山の畑を舞台にしたさまざまなプログラムを行っている場所。この日は、ケレケレにホームステイをしている私たちのために、畑を開放してくださり、子どもたちには収穫したばかりのじゃがいもでポテトチップづくりを体験させてくれました。さらに、農薬を使わない自然農法の考え方や実際の取り組みについても丁寧に教えていただき、親にとっても学びの多い時間となりました。
photo by Nodoka Kainuma
畑に吹き抜ける風や虫の声を耳にしながら、土に触れる。都会に暮らしていると忘れがちな、人間本来の感覚を取り戻すような瞬間でした。
最新の技術やデザインに囲まれ、常にスマートフォンを手にしてしまう日常。その便利さに頼りすぎていたことに気づき、自然の中での体験が、マインドフルネスにも繋がっていき、豊かに生きるために必要だということを、身にしみて感じる時間となりました。
ケレケレで見つけたのは、暮らしを豊かにするヒントだった
4泊5日のホームステイは、旅以上に“暮らし”を体感する時間でした。自然の中で過ごす喜び、人と人がつながる温かさ、そして里山から学ぶ知恵。日常に戻った今も、あの場所で感じた風や笑い声が心に残っています。
何よりも印象的だったのは、一平さんと和美さんの温かい人柄です。海外育ちで個性的な娘たちを、そのままの姿で受け入れてくれたおふたりの存在は、母親としての私自身にとっても大きな救いとなりました。子育てをしていると、自分の育て方に迷いや不安を抱くことがありますが、そんな気持ちごと受け止めてもらえたように感じ、ありのままの自分をさらけ出せたように思います。
「ケレケレ(分かち合い)」という言葉は、ただモノやコトをシェアすることではなく、お互いを認め合い、受け入れることから生まれるものなのかもしれません。分け与えることに戸惑ったり、「分けた分だけ報われたい」と願ってしまう弱さを抱える私にとっても、私の家族の形を受け入れてもらったことで、この場所では自然と心を開くことができました。
街の片隅にこんな場所がひとつあるだけで、人の心は少しやわらかくなり、人生が豊かになる。ケレケレで過ごした5日間は、そんな大切なことを教えてくれる時間となりました。
・名称:住みびらきのお家「ケレケレ」
・住所:兵庫県神戸市北区山田町下谷上字西畑11
・地図:
・アクセス:神戸三宮から30分 / 新神戸駅から20分
・公式サイトURL:https://l0oo0lipp.wixsite.com/kerekere
Cover photo by Nodoka Kainuma