ライター
maimunah 旅するフリーライター

和歌山を拠点に、アジアを旅するフリーライター。 ヨボヨボのお婆ちゃんになってもバックパッカー!

旅には出会いがつきもの。思いがけない人との出会いがきっかけで、人生がコロッと変わってしまった経験がある方もいるのでは?わたし自身も旅しながら出会った方からいただいた言葉がいまの人生に活かされています。

本や映画で学ぶこともスキですが、人との出会いは運命的なもので、その瞬間でしか味わえないものだと思います。

旅人が教えてくれた、今でも心に残っている出会いと言葉をご紹介したいと思います。

ライターになるきっかけをくれた名付け親

photo by takano mayu

「あなたはスピリチュアルな人ね、名前はmaimunah(マイムナ)だね」

マレーシア・コタキナバルに住む友人を訪ねると、友人の父がわたしにそう話してくれました。あなたは自分で気付いていないけれど、必ず人のために動く存在になるよ、と。

当時話を聞いたわたしは、誰かの心を動かすなんてありえない!と、自分に自信を持てずにいました。ただ1つだけ感じたことは、「maimunah(マイムナ)」という名前に運命を感じたのです。きっと異国の地で名付けてくれたことに意味があるはず。

「自分の感性や世界観を表現できる仕事に就いたとき、maimunah(マイムナ)として活動しよう」と決めました。

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そうして数ヶ月のアジア放浪を終え帰国し、トラベルライターとして活動をはじめました。旅の経験から感じた想いなどの記事を公開するたび、たくさんの人から反響があり、自分の言葉や経験が誰かの背中を押すパワーになると実感しました。

「フリーライターをしているmaimunah(マイムナ)です」と挨拶すると、ちょっと照れくさいような嬉しいような。あの時の出会いや会話が、いまこうして繋がっていることに感謝する毎日です。

インド人が教えてくれた「自分の人生を生きる大切さ」

photo by takano mayu
初めてインド・バラナシに訪れた日、寝台列車で食事を取らなかったわたし達は、宿に荷物を置きすぐ近くの日本料理屋で食事をとることに。スタッフらしい男性がメニューを渡してくれて、注文しようとすると、なんと彼が流暢に日本語を話しだしたのです。

彼は店主の友人で、日本人の奥さんと結婚して今は日本に住んでいますが、実の母親が亡くなったので一時帰国しているのだとか。

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彼はインドの家族と離れて暮らすことを決意し、愛する奥さんと生きる道を選んだ苦悩を話してくれました。日本語を一言も話せない中で、はじまった日本での生活。仕事を見つけることも、会話が分からない分苦労したことがたくさんあったとか。

「けれどそれは自分が選んだ人生だから、自分が生きるために必要なことだった。」

と笑顔で話し「どんなに辛いことがあっても、自分の人生を生き抜くこと」の大切さを教えてくれました。

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インドに訪れた当時のわたしは、これから先の人生をどう生きるのか?模索していた頃で彼の経験から話す言葉の重みがズシっと心に響いたことはいまでも鮮明に覚えています。

以来、日本での暮らしに疲れたな…と思うとインドを訪れ、ガンジス川を眺めながらあの日の言葉を思い出して、自分の人生を考えるようになりました。

還暦を迎えた旅人が教えてくれた「女は何歳でもキラキラしていなきゃ」

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タイ・バンコクで日本人宿に訪れたときのこと。ゲストハウスにしてはキレイでドミトリーや個室があり、貧乏旅をするバックパッカーだけでなく、旅行者も宿泊していました。

リビングで顔を合わせたひとりのおばあさんは、わたしより40歳以上年上でお婆ちゃんと歳が変わらないほどでした。

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彼女は長年英語の講師を勤めていましたが、50歳を迎えた頃に病に倒れてしまいこのままで人生を終えてたまるか、と早期退職。

元々旅行が好きだったため、せっかくなら海外移住したい!と住み心地のいいバンコクへ飛んできたのだとか。

タイではヨガを学び講師としても活躍しており、色々なことに悩んで海外に飛び出したわたしに、彼女は「まだまだ人生序章やけん!」と悩むより行動して、たくさん経験しなさいと教えてくださいました。

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「いくつになっても仕事や生活の愚痴を言う人間にはなったらいかんよ、面白くないんよ?何歳になってもキラキラしていようね」

以来連絡を取り合い帰国したら食事をしたり、色々なことを相談するよきお姉さんのような存在になりました。

あの日、憧れの存在・道しるべとなる方に出会えたわたしは、幸運の持ち主だなぁと感じた旅でした。

シンガポールで出会ったシンさんの想いやり

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シンガポール・チャイナタウンで出会ったシンさん。わたしは貧乏旅をするためアジアを旅していましたが、友人に会うために少し物価が高いシンガポールに来ていました。

次はインドに渡航するはずが、ビザの関係で空港で足止めをくらってしまうハメに。寝るために一番安い宿を訪れると、狭い部屋にベット2段ベットが2台並べられた屋根裏部屋に案内されました。

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偶然同室したのは日本人男性のシンさん。貿易関係のお仕事をしているため色々な国をお仕事しながら転々としているのだとか。ホテル暮らしに飽きてしまい、面白い出会いがあるゲストハウスにハマってね!と話してくれました。

出発を明日に控えたわたしは、豪勢なご飯を食べるなら少しだけ足しになるものを食べて、貧乏旅を続けよう、とベットの隅っこでパンをかじっていました。

するとシンさんが帰ってきて「おーい、ご飯食べよう!外出ておいで」と声を掛けてくれて、ご飯をお持ち帰りしてきてくれたのです。

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「腹が減っては戦はできぬっていうからね、一緒にご飯食べて元気に旅続けるんだよ」

隠れて食べていたつもりが見られてたのか!と恥ずかしくなったものの、シンさんの気遣いや優しさに感動して、涙を堪えながら食事をいただきました。

シンさんとは連絡先を交換せず、たった1日だけの出会いでした。

ふとこの時の思い出が蘇った時、わたしもシンさんのように誰かを助けられる存在になろうと思います。連絡を取っていなくても、記憶に残る人になろう、とも思いました。

旅をしているからこそ出会えた人たち

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きっと旅をしていないと出会わなかった方々ばかり。旅をしていたからこそ、わたしの心に響いた言葉ばかりでした。

何年経っても、連絡を取り合っていなくても、心に残る言葉や思い出は色褪せることはありません。

やはり海外に飛び出している人たちは、何歳になってもキラキラしている。幸せそうに人生を歩きながら、自然と存在自体が誰かに影響を与えているのだと気付きました。

出会いはタイミング!これから旅に出る方には、どんな時でも人との出会いを大切にしてほしいなと思います。旅をしてキレイな景色をみたり、おいしいご飯を食べることも幸せですが、旅人が教えてくれる情報や経験はその瞬間でしか味わえないもの。

偶然の出会いを大切に、感化されていく人生を楽しみましょう!

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和歌山を拠点に、アジアを旅するフリーライター。 ヨボヨボのお婆ちゃんになってもバックパッカー!

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