長岡花火で多くの人が涙を流す本当の理由

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日本三大花火の一つ、長岡まつり大花火大会(以下、長岡花火)が今年も8月2・3日に新潟県長岡市で開催されました。来場者は二日間で100万人を超えるという、大規模な花火大会。昨今は知名度も高まり、県外からの来場者も年々増えています。

目玉でもあるプログラム「フェニックス」は毎年多くの観客を感動させ、涙を流す人も少なくありません。しかしその美しい花火には、実は悲しい歴史があったのです。

私は新潟で生まれ、新潟で育ちました。本記事では、長岡花火に込められた願いについて少しお話させてください。

 

感動の花火は悲しい歴史から始まった

昭和20年8月1日午後10時30分。長岡は大空襲に襲われ、旧市街地の8割が焼け野原になったといいます。多くの市民が命を落とし、その数は1,488名だと言われています。

町が悲しみに包まれた悲惨な状況から市民は立ち上がり、町の復興を目指して空襲の翌年の昭和21年、現在の長岡まつりの前身である「長岡復興祭」が開催。その翌年の昭和22年、戦時中に中止されていた花火が復活し、昨年で70年目を迎えました。

 

長岡花火は毎年8月2・3日ですが、1日には前夜祭が開催されます。毎年、長岡空襲の始まった時刻(午後10時30分)に合わせて、お寺の梵鐘(ぼんしょう)とともに「白菊」という慰霊の花火が打ち上げられます。これは花火大会の2日・3日の最初にも打ち上げられますので、ぜひ注目してみてください。

 

長岡を襲った、最大震度7の地震

 

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戦争が終わり、町も復興して賑わいを取り戻していた長岡に、再び悲しい出来事が起こります。平成16年10月23日に起こった最大震度7の中越大地震は、大きな被害をもたらしました。

当時小学生だった私は新潟市の自宅にいたため、震度3か4の揺れを感じただけでしたが、テレビで毎日のように流れる悲惨な地震のニュースを見ていたのを覚えています。

 

そんな中、震災の翌年から復興のシンボルとも言える「復興祈願花火フェニックス」が打ち上げられるようになりました。長岡が不死鳥のように蘇るように、そして全国からいただいた支援への感謝を込めて長岡の夜を彩ります。

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WRITER

阿部サキソフォン
*コンテンツディレクター* 高橋歩さんの「BELIEVE YOUR トリハダ」という言葉に影響を受け、自身も人の心を動かせる仕事をしたいと決心。サックスとジャズへの愛が止められず、メンフィスとニュ…

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