嗅覚というものは、視覚と同じくらい……いや、それ以上に心の奥に眠っていた記憶を呼び覚ます力がある。頼もしくもあり、ときにはやっかいにもなる「香り」や「匂い」。
たとえば、少し前に流行ったラブソングのように。元恋人がつけていた香水を街中でふと感じた瞬間、思わず振り返ってしまった経験はないだろうか。酸いも甘いも思い出が走馬灯のように蘇ってくることが。
見出し
香りはときに魔力をもち、意思とは関係なく、抗おうにも抗えない脊髄反射のように過去へと引き戻す。小学校のプールで全身を包んだ塩素、帰り道に漂ってきたお母さんのカレー。
そう、私のこだわりのひとつは「香り」だ。お気に入りの香りを持参し、旅先で新たな香りを調達する。そうやって香りの循環を楽しんでいる。
香りが記憶を呼び覚まし、懐かしさまでも運んでくる不思議。今回はそんな「香り」にまつわるエピソードとともに、ロンドン、京都、香港・マカオを巡った旅の記録を綴る。
ロンドンで出会ったハンドクリームと“暮らすような旅”
祝福の空気に包まれたロンドン
祝福ムードのロンドン
2023年5月、私はロンドンに降り立った。日本を出発し、1週間でアメリカとイギリスを巡り、また日本へ戻るという、少し無謀な旅の最終地点だった。
現地では、二人の友人と待ち合わせていた。会社の同僚で、友人でもあるAさんとその友人Bさんだ。ロンドン在住のBさんが市内を案内してくれた。ひとり旅好きの私にとっても、旅の最後に友人たちと過ごせる安心感は格別だった。
その頃、ロンドンはチャールズ国王の戴冠式を控え、街全体が祝福の空気に包まれていた。ユニオンジャックがあちこちに飾られ、その間を真っ赤な二階建てバスが走り抜ける。まさに特別なタイミングで来られたのだと感じていた。
午前中に、ロンドンブリッジやバッキンガム宮殿など定番の観光地を巡った。午後からはショッピングへ。
リバティで和の心に触れる
絵本のおとぎ話に迷い込んだようなリバティ
観光スポットから少し歩いた先にある「リバティ」は、Bさんが「絶対に見ておいた方がいいよ」と案内してくれた老舗百貨店だった。その店内はまるで絵本のおとぎ話に迷い込んだような空間で、建物自体がアンティーク。物より思い出派の私も、思わず息をのんだ。
友人たちが楽しそうにショッピングする隣で、私はひとつのハンドクリームを手に取った。「Forest Bathing(森林浴)」と名付けられたその香りは、ヒノキやマツなど、日本の森林浴文化からインスピレーションを得ているという。ロンドンにいながら日本を思わせる香りに惹かれるなんて不思議だった。
懐かしさを感じることは「ノスタルジー」ともいうらしい。なぜこんなにも人を切なく、”エモーショナル”な気持ちにさせるのか。
日本を出てから約1週間。すでにどこかに日本への”恋しさ”や“懐かしさ”が芽生え始めていたのかもしれない。奇遇にも、友人たちもその香りを気に入り、私たちはおそろいのハンドクリームを購入した。
香りが心をロンドンへ連れ戻す
日本の森林浴文化にインスパイアされたハンドクリーム
ロンドンの旅も終え、日本に戻った。帰国後はまた、いつも通り会社員としての日々が始まる。でも、会社のオフィスでAさんがそのハンドクリームを塗るたび、横を通る私は一瞬で心がロンドンの日々に戻るのだ。
“イギリス人のように公園で昼寝をする”―――それは「暮らすように旅する」やりたいことリストのひとつだった。Bさんに「スリに気をつけてよ!」と何度もいわれ、私はカバンを枕に芝生に寝転んだ。今にも雨が降りそうなどんよりとした天気にも関わらずだ。移動疲れもあり、いつのまにか30分ほど眠っていた。目を覚ますと雲の合間から日が差し、グレーの雲と青い空が混ざり合うコントラストに、ロンドンの変わりやすい天気も悪くないと思えたのだ。
記憶の連鎖は止まらない。水辺で優雅に泳ぐ白鳥。風に揺れる柳の木。バレエ帰りの女の子。シャーロック・ホームズが愛した街。2階建てバスの最前列で「これから人生どうしようか」と語った友人との会話。そんな情景が次々と鮮やかに蘇ってくるのだ。
ロンドンの公園
・名称:Liberty London
・住所:214‑220 Regent Street, Great Marlborough Street, London W1B 5AH, United Kingdom
・地図:
・アクセス:Oxford Circus stationから徒歩2分
・営業時間:月〜土:10:00~20:00 日:12:00~18:00
・定休日:無休(臨時休業あり)
・電話番号:+44 20 3893 3062
・公式サイトURL:https://www.libertylondon.com/