香りのサムネイル
ライター

旅人になってからの約10年間で23カ国を巡った薬剤師です。会社員をしながら、1週間で地球一周を達成しました。医療機関・営業・キャリア支援・編集・ライターと多彩な経験を持ち、熊本と東京を行き来する二拠点生活中。日常にあふれている幸せや、人の心と体によりそう物語作りが得意です。

香港・マカオで出会ったハンドクリームとアロマオイル〜異国で甦る郷愁〜

香りの街・香港

香りの街・香港
さまざまな香りが立ち込める香港
2025年5月、私は夫とともに香港・マカオを訪れていた。香港への旅はこれが二度目だ。一度目は2018年。国内派の弟を半ばむりやり連れて出た旅。あれから7年。今は隣に弟ではなく夫がいる。ときの流れを感じる旅となった。

美食の街、香港。小籠包やワンタン麺を口実に、弟と同じく国内派の夫に「プレゼン」をして連れ出した。説得に成功したのか、脅したのかはわからないけれど(苦笑)。結果的に夫も一緒に香港に来てくれた。感謝の気持ちをここで伝えたい。弟も夫も「わがままな私に付き合ってくれてありがとう」。

昔と変わらず街中にはミシュランの星付きレストランがいたるところに点在していた。食欲をそそる匂いがあちこちに漂い、大阪にも負けない食い倒れの街だ。グルメを堪能した後、ひときわ行列ができるお店を見つけた。

それはアロマオイル専門店「兆成行」というお店だった。店内には、シャネル N°5やマンダリン オリエンタル ホテル、最近人気のルルレモンまで、名だたるブランドのアロマオイルの瓶がずらりと並んでいた。皆「全部の香りを制覇したい!」という欲がすごい。女子の美への追求は、ここ香港でも健在だった。店内の熱気に飲み込まれ、気づけば高級ホテルのアロマオイルを12本ほど買っていた。

変わりゆく香港の街を歩きながら

かつての香港
かつての香港(2018年当時)
ホテルまでの帰り道、満足げに歩きながら、ふと考えた。この7年で、香港の街は大きく変わっている。かつてネオンが輝いていた看板は取り外され、言論の自由も厳しくなってきたと聞く。九龍公園では警察官が私たちをじっと見ていた。以前のような“自由で雑多な香港”の空気は、薄れているようにも感じた。

変わったのは、街だけじゃなかった。7年前の私は、節約ばかりで旅先でもほとんど買い物をせず、泊まるのはいつも安宿。5つ星ホテルは遠い憧れだった。それが今では、高級ホテルの名を口にしながら、香りに惹かれてアロマオイルを紙袋に下げて歩いている。

街も変わったけれど、それ以上に変わったのは自分自身かもしれない。香港の街を歩きながら、そんなふうに思った。少し寂しくも、どこか誇らしく感じていた。

■詳細情報
・名称:兆成行
・住所:Wah Hei Building, 130 Jervois Street, Sheung Wan, Hong Kong
・地図:

・アクセス:Sheung Wan stationから徒歩5分
・営業時間:月〜土:9:30~17:30
・定休日:日曜および祝日
・電話番号:2544‑5964/2544‑1007
・公式サイトURL:http://www.shiu-shing.com.hk/

マカオで思い出したのは実家の秋の光景

マカオ観光
大富豪も夢じゃない⁉︎マカオのカジノ
香港からフェリーで1時間ほどのマカオは、今もポルトガル支配の歴史を色濃く残している。カジノや教会など観光客で賑わう表通りを抜け、一本裏道に入ると景色は一変する。築50年は経っているかと思うほどのマンションが肩を寄せ合うように建ち並び、壁はところどころ剥がれ落ちている。それでもコンクリートは頑丈そうで、ベランダにはタオルや下着が干されていた。それは確かに生活者がいるという証だった。

そんななか、お土産ストリートで立ち寄ったエメラルドグリーンの看板が目を引くお店で、私は珍しい「どんぐりの香り」のハンドクリームに出会った。クリーミーな甘さの奥に、ウッディで青々しい香りが漂う。その瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、実家の秋の光景だった。保育園や小学校の頃に拾ったどんぐりや落ち葉。紙に貼りつけて“作品”を作った懐かしい記憶。

そして同じ秋の実りといえば栗。かつて栗農家だった我が家では、秋になるとカゴいっぱいの栗が玄関を埋め尽くしていた。田舎で育った思い出を東京生まれ東京育ちの夫に語る。子どもみたいにはしゃぐ私を横目に、夫は「素敵な思い出だね」と笑っていた。

香りは国境や時空を飛び越えて、私を一瞬で幼い日の自分に連れ戻す。それはまるで脳のシナプス同士が“乾杯!”と音を立てて共鳴するかのようだった。

マカオ ハンドクリーム
珍しい香りが並ぶマカオのハンドクリームのお店

黄昏に重ねた旅への想い

マカオから香港へ戻るフェリーの中、私は揺れる船に身を任せながら地平線をじっと眺めていた。じつは7年前、香港にはトランジットで24時間しか滞在できず、マカオを訪れることができなかった。だから今回の旅は「7年越しの悲願」でもある。あれから私は23カ国以上を巡り、旅のスタイルも変わった。かつては「観光地!世界遺産!」と目新しさばかりを追いかけていた。でも今は、その街の空気や日常の風景、地元の味や匂いに心が惹かれている。

我慢のできない私は、フェリーの中でさっそくハンドクリームを開封した。もし7年前にマカオへ来ていたら、この香りに出会えていなかったかもしれない。旅先の発見が昔の記憶とつながる不思議。香りに包まれながら、窓の外に広がる夕日が夜へと変わっていく。次の旅もまた、こんなふうに香りと記憶が結びつくのだろうか。

■詳細情報
・名称:Qingzhi Hand Cream Macau(青稚護手霜)
・住所:Andar C, Rua S. Domingos, No.9-11, Edf. Hin Fai Kok, 1, Macau
・地図:

・アクセス:Almeida Ribeiro / Tai Fungから徒歩5分

旅と香りが運ぶ“ノスタルジー”

「香り」で巡る旅。ロンドンでは日本の面影を感じ、京都では“ご縁”や価値観を受け取る。香港では街と自分の変化を、マカオでは実家の秋の光景が甦った。

香りとは不思議なもので、新しいはずなのに、なぜか過去の記憶とつながってしまう。“新しさ”と“懐かしさ”が同居し、遠い日の情景を呼び起こすのだ。脳の海馬が、あの日の体験を再生してくれるように。

懐かしさを感じる「ノスタルジー」。
心理学ではそれがただの感傷ではなく、孤独感を和らげ、人生の意味を再確認し、未来への希望を思い出させる働きがあるとされている。

嗅覚が呼び覚ますのは過去だけではない。ときに“これから”への希望までも抱かせてくれる。香りが運ぶノスタルジーとともに旅をする──そんな旅もまた悪くない。

次はどんな旅になるのだろう。10年後、20年後は、どんな香りと記憶を手にしているのだろうか。この瞬間がノスタルジーに変わる頃の自分に出会えることが楽しみでならない。

All photos by Risa Yamada

ライター

旅人になってからの約10年間で23カ国を巡った薬剤師です。会社員をしながら、1週間で地球一周を達成しました。医療機関・営業・キャリア支援・編集・ライターと多彩な経験を持ち、熊本と東京を行き来する二拠点生活中。日常にあふれている幸せや、人の心と体によりそう物語作りが得意です。

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