ライター
西嶋 結 ライター・編集者

出版社出身のライター・編集者。本の仕事をしています。これまで訪れた国は70か国ほどで、自分を驚かせてくれる街や国が好みです。有給休暇をフル活用して弾丸旅に繰り出すべく、筋トレに励んでいます。

みなさん、こんにちは!TABIPPO編集部の西嶋です。

今回は、11月13日にTABIPPOオフィス本社で行われたPOOLOの講義「国際観光学から紐解く、若者が旅するべき理由」の様子をレポートします。登壇者は、文教大学国際学部教授の髙井典子先生です。※ゲストプロフィール詳細は、文末に記載しております。

 

そもそもPOOLOって?


POOLOのことを初めて知る方も多いかと思うので、簡単に説明すると、TABIPPOが今年3月に21世紀型のグローバル人材を育成するべく200名のメンバーを募集し、新しい学びの場としてオンラインとオフラインの両軸でコミュニティを作りながら、1年間を通して21世紀型のグローバル人材に育っていくというプログラムです。

詳細については、POOLO公式サイトをご覧ください。

さて、今日はそんなPOOLOのイベントレポートをお届けしたいと思います。来年POOLOに参加してみたいなと考えている方はぜひ読んでいただけたらうれしいいです。

 

イギリスで過ごした10年間


まず、髙井先生のご経歴の紹介から。

髙井先生は、文教大学国際学部国際観光学科と、大学院国際学研究科の教授でいらっしゃいます。ご専門は観光行動論です。

髙井先生は、大学卒業後すぐに研究の道に進まれたわけではありません。新卒として三井物産株式会社に入社され、5年間、いわゆる「OL」として勤務。その後、「social scienceで研究者になる!」と心に決め、イギリスの大学院で修士号を取得後、現地で働きながら博士課程に進み、博士号(Ph.D.)を取得されました。

開口一番、「あなたたちに会えてとってもうれしい!」と言ってくださった髙井先生。「中1の息子は思春期まっさかりだし、ビジネスでご一緒するのは比較的年配の方。普段教えている学生たちよりももっと前のめりに、自分の時間とお金をつかって話を聞きに来てくれる若者がいるなんて!」とのこと。会場のみなさんのテンションがグンと上がり、笑顔がこぼれた瞬間でした。

髙井先生のバックボーンにあるのは、イギリスで過ごされた10年間です。当時の髙井先生は、先生いわく「黄色人種シングルバツイチ女」。白人優位かつ階級社会の「最底辺」を経験されたそう。「そんな経験が今の自分を支えている」という実感から、「これからは圧倒的なマイノリティ経験が重要になる」とお話しくださいました。

先生が日本に帰国されたのは、2002年、38歳のとき。その翌年、日本では観光立国宣言がなされました。イギリスでさまざまな経験を積んだ髙井先生は、「自分の経験を、日本や、日本の若者に還元したい」という想いを抱いたそうです。

 

旅に出ない人が増えると、なぜまずい?


みなさんの周りの人は旅をしますか?実は今、「旅に行く人」「旅に行かない人」の二極化が進んでいます。若者の出国率は上がっているものの、海外に行く人が増えたわけではなく、一握りの人が繰り返し出国しているだけなのです。

髙井先生はそんな状態を社会学者・宮台真司氏が言うところの「島宇宙化」というい表現を使って説明します。「世界一周っていいよね」という同じ価値観を持っている人とそうでない人との間には、壁が存在しています。

そして、同じような趣味嗜好を持っている人の間で宇宙が形成されており、宇宙と宇宙の間には交信がありません。みんな、自分たちと似た世界観の人たちと固まってしまっているんですね。

その背景には、情報化があります。大量の情報に取り囲まれている私たちですが、見たい情報しか見ていません。タイムラインには似たような価値観を持つ人が並んでいますし、何かを検索すると、それに関連した広告がずっと表示され続けます。

「海外旅行をしたくない人はそれでいい。何が悪いの?」と思う人もいるでしょう。その疑問に、髙井先生は答えてくれました。

「私たちは海外に行くと、マイノリティになり、不安や不便を抱えながら旅をします。そんな経験があるからこそ、日本に来てくれた外国人に親切にしようと思うのではないでしょうか?でも、マイノリティになった経験がない人にはそれが難しいのです」

一度も海外経験のない若者はたくさんいます。そんな人でも、ホストとして、海外からやってきた人を迎え入れなければなりません。マイノリティになった経験がない人に、果たして適切なおもてなしができるのでしょうか?

「また、マイノリティ経験を通して、自分とは異なる状況にいる人びと、自分よりも不利な立場にいる人びとの気持ちを想像する能力を獲得することができるのです」

それは次に紹介する「異文化コンピタンス」にもつながってきます。

 

グローバル人材に必要な要件としての「異文化コンピタンス」


政府は今、若者を海外に行かせるため、さまざまな施策を展開しています。では、若者が旅をすることには、どんなメリットがあるのでしょうか?人は旅を通して、何を得られるのでしょうか?

髙井先生によると、旅を通して得られるのは「異文化コンピタンス」と「世界のつなぎかえ」の2つ。順に説明していきましょう。

「他者(ここでは外国人)との差異を止揚し、共生・共創する力の源泉が異文化コンピタンスです」と髙井先生。

「きれいごとの国際交流、国際理解」の先には必ずコンフリクトがあります。たとえば、さまざまな国籍の人と一緒に働くとき、「時間を守る必要はない」という価値観の人もいるでしょう。その一方で、「約束を守らない人には罰を与えるべきだ」という価値観の人もいるはず。相反する価値観の人がそろうとコンフリクトが起こるのは自然な流れですよね。

そのコンフリクトを乗り越え、成果を上げるにはどうすればいいのか。異文化コンピタンスとは、そうしたことを考え行動することのできる力の源泉だそうです。異文化コンピタンスを身につけるためには、現場での「きつさ」を伴う圧倒的な異文化体験が必須とのこと。

そこで先生は、「海外できつい経験をしたことがある人?」と会場に問いかけます。会場からは、パスポートをなくしたこと、バスで座っていたら周囲から一斉ににらまれたこと、何の宗教も信仰していないと話したら殴られたこと……などが挙がりました。

現地の風習やマナーを知らなかったばかりに痛い経験をしたこと、みなさんにもありますよね?外国人観光客のマナーが悪いと憤る人がいますが、彼らは、海外に行ったことがないのかもしれません。

自分自身が痛い目に遭う経験をしていないと、「日本の風習やマナーを知らないだけで、悪気はないのだろう」「ならば私が日本のマナーを伝えよう」と思うのは難しいものです。

 

観光客が「世界のつなぎかえ」をする


このパートでは、思想家・東浩紀氏の『ゲンロン0 観光客の哲学』に触発されて始めたという研究について話してくださいました。

「Are you a traveller? Or a tourist?」と問いかける先生。一般的には、観光産業に依存している観光客をtourist、観光産業から距離を置いて自分で旅をする人をtravellerと呼ぶそう。そしてtravellerは「touristには何も見ていない」と主張しがちです。そこにはtravellerのエリート主義が見え隠れします。

それに対して東浩紀さんは、「世界のほとんどは大衆によって成り立っている、観光客は大衆のメタファー(隠喩)だ」といいます。そして、島宇宙には観光客的な振る舞いが大事だとも。

20世紀の人文学では、人間を「友と敵を分け、政治に参加し、公共を担う」存在だと定義しました。それに対して、大衆は「人間ではないもの=動物」と解釈され、公共を思わず政治に参加せず自己の欲望だけを追求する私的な存在だとされています。

東さんは、大衆とは観光客の振る舞いであるといいます。労働力の対価として収入を得て、自分の欲望を満たすために観光し消費する、人間ではない存在――それが観光客なのです。

そのうえで東さんは、観光客的な生き方が大事だとも主張します。観光客的な生き方とは、以下の5つのような生き方。こうした生き方が島宇宙を越えていく力になります。

・自分の欲望の赴くままにふらふらとあちこちに出かける
・出会うはずのない人に出会う
・行くはずのないところに行く
・考えるはずのないことを考える
・常に誤配(偶然の出来事)を引き起こしつづける

つまり観光とは、一時的ではあるにせよ、島宇宙の壁をふらふらと通り抜けることなのです。旅人がやっていることは、島宇宙をつなぎかえる行動なのかもしれません。

実際、どこかに行って現地にに住む人と会うと、それまで知らなかったいろいろなものが見えてきます。そこで養われるのが、他者の人生を想像する力。「こんな観光をしていたら、ここに住む人に悪影響を及ぼしてしまうかもしれない」「旅のスタイルを変えようかな」という考え至ることもあるかもしれません。

こうした行動を一つひとつ積み上げていくことが、「世界のつなぎかえ」につながります。観光が持つポジティブな力を使いつつ、オーバーツーリズムなどといった「旅のジレンマ」を解決することについて、考えてみてはいかがでしょうか。

 

お知らせ!

髙井先生は3年前から、毎週日曜の午後6時から放送されているNHK BS1の「COOL JAPAN~発掘!かっこいいニッポン」に登場されています。ぜひチェックを!

 

ゲストのご紹介


文教大学国際学部および国際学研究科教授、専門は観光行動論。1963年大阪府生まれ。1987年同志社大学法学部卒業後、三井物産株式会社勤務、部門を横断する新規事業開発部署で川下ビジネスを担当後、1993年渡英し、英国の大学院で国際観光を学ぶ。

サリー大学(University of Surrey)修士(MSc)、レディング大学(University of Reading) 博士(Ph.D.)。英国暁星国際大学専任講師、国際大学大学院国際経営学研究科専任講師、文教大学国際学部准教授を経て、2016年4月より現職。観光庁若者のアウトバウンド活性化に関する検討会委員、東京都観光事業審議会委員、茅ヶ崎市行政改革推進委員、茅ヶ崎市都市計画審議会委員、日本観光研究学会理事、横浜・三渓園理事等を歴任。

主な著書に『訪日観光の教科書』(赤堀浩一郎氏との共著、創成社、2014年、観光学術学会・教育啓蒙著作賞)、『「若者の海外旅行離れ」を読み解く-観光行動論からのアプローチ』(中村哲氏、西村幸子氏との共著、法律文化社、2014年、同・著作賞を受賞)など。NHK「クローズアップ現代」「クローズアップ現代+」コメンテーター、NHK-BS1「cool japan 発掘!かっこいいニッポン」ご意見番等を務める。

Text:西嶋結
photo:栗原秋紀子

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西嶋 結 ライター・編集者

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