ライター
西嶋 結 ライター・編集者

出版社出身のライター・編集者。本の仕事をしています。これまで訪れた国は70か国ほどで、自分を驚かせてくれる街や国が好みです。有給休暇をフル活用して弾丸旅に繰り出すべく、筋トレに励んでいます。

2021年1月25日(月)、いろは出版より「365日絶景」シリーズの最新刊として『地球一周365日世界遺産絶景の旅』が出版されます。1月1日から12月31日まで、一日にひとつの世界遺産が割り当てられ、それぞれの写真や解説文、訪れた旅人の感想や、もっと旅を楽しくする豆知識などが掲載された作品となります。

今回の作品に使用された写真は、すべて世界遺産写真家、富井義夫さんによるもの。富井さんは、42年間に渡って世界中を駆け回り、132の国と地域を旅して、241回もの海外取材を行ってこられました。

世界遺産サイト607箇所を歴訪(2021年1月現在)されてきた、「世界遺産のプロフェッショナル」である富井さんに、世界遺産についてあれこれうかがいました。

世界遺産写真家 富井義夫
1953年東京都生まれ。日本航空嘱託カメラマンを経て1988年に(株)写真工房を設立。42年間に渡り世界遺産を中心に空気感のある写真を追い求めてきた。海外取材歴241回、132の国と地域を旅し、訪れた世界遺産は607箇所を数える。多数の著書を出版。写真展は海外でも複数開催され好評を得ている。ホームページにてギャラリーを掲載中。日本写真家協会会員。

被写体と通じ合えるまで撮る

――プロの写真家として、数多くの世界遺産を撮影してこられた富井さん。撮影は、どんなふうに進むんですか?

写真家は、獲物を捕るハンター(猟師)のようなもの。つまり撮れたものがすべてです。いいものを撮るためには、あらゆる工夫を凝らさなければなりません。

まずは、事前準備をしっかりします。「ヴェネツィアでリアルト橋を撮りたい」といったように、撮りたいものが決まっていれば、地図を見て、その場の雰囲気をつかみます。インターネット上にアップされているリアルト橋の画像もたくさん見ます。

ヴェネツィアとその潟ヴェネツィアとその潟
ホテルの位置も重要です。リアルト橋を撮影するなら、リアルト橋から最も近いホテルを選ぶことが多いですね。ちなみに私の常宿は「ホテル リアルト」です。

――事前に、かなりイメージを詰めておくんですね。現地では、いかがですか。

現地に到着したら、一通りロケハン(※注:撮影地を探したり、下見したりすること)し、撮りたかった場所を確認します。

――スマホなどで、軽く撮影してみられるんですか?

私は、本番ではなくロケハンでも、本番のズームレンズを装着して撮影します。

――なぜですか?本格的な装備を持ち歩くと、荷物も重くなりそうですが……。

ロケハンも本番だと思っているからです。ロケハンのときに晴れていても、本番で曇ってしまうかもしれない。それでも、スケジュールは待ってくれません。それなら、ロケハンのときにしっかり撮影しておいたほうがいいですよね。

――確かに、時間は限られていますもんね。現地では、どのようなポイントに注目して撮影されるのでしょうか。

その場所の一番の特徴を探すようにしています。つまり、「ここがこの場所の“ヘソ”だな」と思えるところ。

――“ヘソ”ですか。“ヘソ”はどのように見つけるんですか?

とにかく何度も足を運ぶことですね。2日滞在するなら、朝も昼も夕方も夜も、そして翌日もそこに行く。

太陽のライトは1時間ごとに変わっていきますから、もっと小刻みに撮影することもありますよ。右45度の光が入るショット、正面のショット、左45度のショット、逆光のもの、マジックアワーのもの……と、とにかくたくさん撮影します。

メンフィスとその墓地遺跡メンフィスとその墓地遺跡
そんなふうに被写体と向き合っていると、被写体が「ここを撮って」と言っているような、被写体と会話しているような感覚になることがあります。そんなときは、良い写真が撮れているんですよね。

カメラを没収されて、危機一髪

――世界遺産サイト607箇所を歴訪されていた富井さん。特に大変だったエピソードをぜひ聞いてみたいです!

これねぇ……意外と思いつかなくって。インタビューの前に質問リストをいただいておいて、よかったですよ。しばらく考える時間をもらえたから。

――本当ですか!?普通に旅をしていてもハプニングはたくさんあるので、何もないということはないと思ったんですが……!

きっと、旅は障害物競争だと思っているからでしょうね。ハプニングは、あって当然なんですよ。

しばらく考えて思い出したのは、アルジェリアの空港での出来事。入国するときに、撮影の機材を全部取り上げられてしまったんです。

――えっ!アルジェリアには、撮影のためだけに行かれたわけですよね?

もちろん。ムザブの谷という、ずっと撮りたかった世界遺産を撮影するための1週間ほどの旅でした。数年がかりでビザをとり、やっと訪れられた場所です。

ムザブの谷ムザブの谷
ムザブの谷を撮影する以外に、したいことがあったわけではありません。治安は決してよくないし、1週間何もせずにいられるようなリゾートでもない。 

――どうしてカメラを取り上げられそうになったんですか?

報道関係者だと思われたからでしょうね。「プロのフォトグラファーじゃない、アマチュアだ」と何度言ってもだめでした。

――じゃあ結局、ムザブの谷は撮れなかったんですね。

運のいいことに、別のバッグに一台だけサブのカメラを入れていたんです。そのバッグは他の旅行客の荷物だと思われたのか、見逃され、そちらで撮影できました。バッグを持って歩き出したときは、ドキドキでしたよ。

――よかった!こういうことって、他にもありそうですね。

メキシコの遺跡、チチェン-イッツァでも同じようなことがありました。ガイドさんから「100ドル払えば撮影できる」と言われて、正直に支払ったんです。でも、プロは撮影不可だと言われてしまいました。

チチェン-イッツァチチェン-イッツァ
ここでももちろん、「プロじゃない、アマチュアだ」と主張したんですが、運の悪いことに……。

――何があったんですか?

カメラに「pro2」って(機種名が)書いてあったんですよ(笑)。

――それは言い逃れのしようがないですね(笑)。

撮影許可が下りず、何もせずに帰ってきました。その後何度かメキシコを訪れて無事に撮影できたので、いいんですけどね。

特に印象的な国内外6つの世界遺産

――今まで訪れた607の世界遺産の中で、特に印象深かった文化遺産はどこですか。

フランスのモン-サン-ミッシェルと、エチオピアのラリベラの岩窟教会群です。モン-サン-ミッシェルは何より、その美しさに心惹かれます。

モン-サン-ミッシェルモン-サン-ミッシェル

――ラリベラの岩窟教会群って初めて聞きました。

実は、現地に行くまで、そんなにすばらしいものだと思ってもいなかったんですよね。そもそもエチオピアは、マリに行くとき、ストップオーバーで訪れた国でした。

ホテルで「ガイドは必要か?」と尋ねられたのですが、断りました。たいてい、ガイドなしで自由に撮影していますから。

しかしホテルを出て現地を歩いてみると、全部岩場の中に掘られた道で、地図があっても歩きようがない。慌ててホテルに戻り、ガイドを頼みました。ホテルのスタッフは、「そうだろう、必要だろう」という表情だった(笑)。

――実際の遺産はいかがでしたか?

一枚岩を十字に掘り起こした立体的な教会に感動しました。インターネットの情報だけだと普通に見えるかもしれませんが、ぜひ私の写真を見てみてほしいです。

ラリベラの岩窟教会群ラリベラの岩窟教会群

――自然遺産だとどこがお気に入りですか。

アメリカのイエローストーン国立公園ですね。「世界遺産」として最初に登録された12の中に含まれている場所です。見応えたっぷりで、地球の息吹を感じられます。

イエローストーン国立公園イエローストーン国立公園

エクアドルのガラパゴス諸島も印象的ですね。ガラパゴスは、ダーウィンが進化論を唱える際、参考にしたといわれている場所です。実際に行ってみると、そのことを実感できると思いますよ。

ガラパゴス諸島ガラパゴス諸島

――生き物が進化していく様子がわかるということですか?

そう。たとえば、ガラパゴス諸島には、どこにでもウミイグアナがいます。もともとイグアナは陸にいたんですが、陸に餌がなくなってしまったため、海藻を食べるウミイグアナが繁栄したんです。そして近年、地球温暖化によって海藻が減ったため、さらに進化を遂げ、木に登るリクイグアナも現れました。

そんなイグアナに食べられないよう、サボテンは電柱のように、枝がない形に進化しています。

――富井さんのお話をうかがっていると、ますます旅したくなります。ただ、新型コロナウイルスの大流行によって、しばらく海外には行けそうにありません。日本の世界遺産なら、どこがおすすめですか。

日本なら、紀伊半島の熊野古道がいいですね。滝や岩など、自然が信仰の対象になっていることを感じられる場所なんです。面積も広いですし、大らかで風光明媚で、歴史的な側面も感じられる。素晴らしいですよ。

紀伊山地の霊場と参詣道紀伊山地の霊場と参詣道
自然遺産といえば、屋久島もいいですよね。アメリカの国立オリンピック公園のような雰囲気で、樹齢7000年とも云われている縄文杉が有名です。道が整っておらず、私たちが見に行けないだけで、もっと古い木もあるとも聞いています。

屋久島屋久島

――富井さん、ありがとうございました。旅の大先輩である富井さんですが、「海外を旅すればするほど、日本のすばらしさがわかる。日本を旅すればするほど、海外を旅したくなる」など、富井さんのお話に共感しきりでした。

富井さんには、「なぜ私たちは世界遺産に惹かれるのか?」というテーマでもお話をおうかがいしていますので、ぜひ合わせて読んでみてくださいね。

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All photos by © Tomii Yoshio

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