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もりなつ フリーライター&ヘナタトゥーアーティスト

シンプルに生きるを目指しているライター。21歳のワーホリ以来、海外にドハマり中。現地でのハプニングを楽しむ旅が好き。

こんにちは、もりなつです。天空の城ラピュタのモデルともなったとも言われている、オーストラリアのケアンズ郊外にあるパロネラパークをご存じですか?

パロネラパークとは世界遺産にも登録されている、神秘的な古城です。見た目も美しく魅力的ですが、実は、パロネラパークには素敵な実話があります。その実話を知ってからこのパロネラパークを訪れればより、感動的な体験ができるでしょう。

 

パロネラパークとは

photo by もりなつ

パロネラパークはケアンズ市内からは車で約1時間半ほどの亜熱帯雨林のジャングルに位置しています。電車やバスなどの公共交通機関がないため、パロネラパークまでは車でしか行くことができません。そのため、ツアーやレンタカーを利用していく方がほとんどです。

パロネラパークは1930年代にスペイン人移民のホゼ・パロネラ氏によって建設された施設。スペイン風のお城と庭園を自ら建設して、一般の人たちに向けてオープンしました。

亜熱帯雨林に囲まれたパロネラパークは世界遺産、そして、自然保護区として管理されていていてケアンズでも人気の観光地です。

 

パロネラパークの素敵な実話

photo by shutterstock

世界各国から観光客が訪れるパロネラパークには「お城が欲しい」と夢見た少年の素敵な実話があります。私自身、この実話をパロネラパークを訪れた後に知ったので、事前に知っておけばよかったと思いました。これからパロネラパークに行こうと検討している方には、ぜひ事前に知っておいていただきたい実話です。

 

お城が欲しいと夢見たスペインの少年

パロネラパークがあったケアンズ郊外の亜熱帯雨林にはジャングルが広がっていて、荒れ果てた大地でした。そんな中、19世紀の半ば頃からヨーロッパや中国系の移民が多くなり、開拓が進められることとなります。

その移民の一人であるスペイン人のホゼ・パロネラ氏が、このパロネラパークの創設者。

photo by shutterstock

ホゼ氏は少年時代から自分の城を持ちたいという夢を持っていました。その夢をかなえるために彼は26歳でオーストラリアに移民としてくることを決意。

はじめはシドニーで仕事を探すも仕事は見つからず、ケアンズのあるクイーンズランド州へ移動しました。そこではサトウキビを刈る仕事を始め、のちに自らがオーナーとなり、16年間働き続けたのです。

 

そして、立派な青年実業家になったホゼ氏は、故郷であるスペインへ戻り最愛の女性と結婚します。

その後、新婚旅行を兼ねてヨーロッパの国々を訪れ、建築様式などを学び、再びオーストラリアに戻り、既に目を付けていた土地を購入。ここから彼の夢が現実に近づきます。

 

彼の設計図をリアルに再現

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建築技術にはあまり詳しくなかったホゼ氏ですが、この時点で彼の頭の中には、すでに設計図が出来上がっています。まずは、お城の建築材料になる土や土砂を、土地のすぐ横にあるミーナ川から運ぶための運搬通路として、47段もの大階段が造られました。

photo by もりなつ

お城はすべて鉄筋コンクリートで造られていて、外観にはホゼ氏や労働者が直接コンクリートを手で塗った指跡が残っていたり、夢をかなえるための努力の跡を今も見ることができます。そして、ホゼ氏の夢であったパロネラパークは1935年についにオープンを迎えました。

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オープン後は10年近くテーマパークとして、家族連れや恋人たちが訪れる愛に満ちたお城となりました。

しかし、1946年に大惨事が起こります。パロネラパーク上流で行っていた土地開発で切り倒された木々が豪雨によって押し流され、パークのほとんどが壊滅されてしまったのです。

 

受け継がれたホゼ氏の思い

修復作業を懸命に行っていましたが、すべての修復が終わる前に、胃がんのため60歳の若さで亡くなってしまいました。その後、ボゼ氏の夢は妻へ受け継がれ、彼女の死後は息子、そして彼らの息子へと引き継がれます。

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ホゼ氏が亡くなってからも豪雨などによる災害が度重なり、その都度修復を重ねましたが、維持し続けるのは難しく、パロネラファミリーも売却せざるを得なくなります。そして、パークは廃墟化、人々から忘れ去られてしまいました。

その後、あるオーストラリア人家族がたまたまこのパロネラパークを訪れ、ボゼ氏の夢とパークの歴史に感銘を受けます。そして、パークを購入しホゼ氏の夢を引き継ぎたいという思いから、再びパロネラパークは多くの人に愛される場所となりました。

 

ホゼ氏が心を奪われた「ミーナクリークの滝」

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ホゼ氏は亜熱帯雨林の中から偶然、この神秘的な滝「ミーナクリークの滝」を見つけました。このミーナクリークの滝に心を奪われて、はるか遠くのスペインから夢をかなえるべく移民としてくることを決断。

彼はこの滝の水量を活用して当時では画期的な、そして、クイーンズランド州で初めての水力発電を作り上げたそうで、今でも園内の電気をまかなっているとのことです。

photo by もりなつ

ミーナクリークの滝は、パーク内の至る所からこの滝が見えるように設計されているのだとか。どれほどホゼがこの滝が気に入っていたかがわかります。夜は豪華なライトアップで昼間とは違った景色が美しいです。

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もりなつ フリーライター&ヘナタトゥーアーティスト

シンプルに生きるを目指しているライター。21歳のワーホリ以来、海外にドハマり中。現地でのハプニングを楽しむ旅が好き。

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