大企業を退職し、900日間の世界放浪と新たな人生へと歩み出す

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TABIPPOの小泉です。

多くの人々が夢みる世界放浪の旅。見たこともない絶景、全く異なる人生を歩む人々との出会い。毎日が冒険で刺激だらけの日々。

しかし思い描くそんな大きな夢も、現実との狭間で一歩を踏み出すことに躊躇してしまう人も多くいることと思います。

想定される様々なリスクを顧みず、世界を旅する決断と新たな人生を歩み出す決意をした友人がいます。約900日の年月をかけ、世界68ヶ国を渡り歩いた青年の旅をご紹介したいと思います。

 

旅と出会う学生時代

小泉:おかえりなさい!簡単に自己紹介と、旅との出会いを教えてください。

倉嶋:倉嶋歩です。現在29歳、約900日の世界放浪の旅から帰国しました。

旅との出会いは大学時代でした。サークル等には入っておらず勉強とバイトの日々だったんですが、高校生のときに読んだ高橋歩さんの書籍や藤原新也さんの写真集、金子光晴さんの本を読んだことがキッカケとなり、大学2年生のときに一人旅を始めました。

バイトでお金を貯め、初めてのひとり旅として選んだのは夏休み1ヶ月間のインド旅でしたね。

小泉:インド!なんでインドにしたの?

倉嶋:インドに決めたのは、自分がどんな日々を暮らすのか全く想像がつかなかったから。当時国際政治を専攻していたこともあり、宗教や文化、人種が混在しているインドに興味を持ったんです。

初日からぼったくられて、騙されて。「早く日本に帰りたい!」と当時19歳の自分は思ったのですが、いつからか旅が楽しくなり、あっという間に1ヶ月は過ぎました。この時の強烈な体験が忘れられず、またバイトで貯金をしてはその次の春休みに取り憑かれたようにまたもインドを訪れました。

小泉:大学生のうちはずっと旅に?

倉嶋:大学3年時には広告系の学生団体に所属し活動を始めたり、就活を始めたりし、旅から遠ざかりました。

大学4年生となると、就活を終え京都でヴィパッサナー瞑想の修行を行いました。ずっと興味があったので、社会人になる前に行きたいな、と思いまして。10日間の修行で得た経験、感覚は今でも忘れられないです。

 

その後、秋からはまた旅へ。卒業式の前日まで旅を繰り返し、ネパールやモンゴル、ヨーロッパ・中東を回りましたね。入社式ギリギリまでずっと旅してて、髪も入社前日まで金髪のままでした。笑

 

社会人として働く4年間

小泉:大学卒業後はなにをしてたの?

倉嶋:旅とは打って変わって、就職したのは広告業界でした。広告系の学生団体にいたこともあり、広告・プロモーションに興味を持っていたので、その業界を選びました。就職活動を経て、大手の広告制作会社に入社しました。

入社後は親会社の広告代理店に駐在して大手通信会社や銀行、コンビニエンスストア等を担当しました。営業/プロデューサーだったので、クライアントとの打ち合わせ、企画書の作成、プレゼン、デザイナーとのクリエイティブの検討・チェック、最後の納品の管理まで全て行う立場でした。

やっている案件は規模が大きいものばかりで、忙しいもののやり甲斐はかなりありました。夏休みから帰国して成田空港の到着ロビーに出ると、自分が携わった広告がロビー一面に出ていたり、街中でポスターを見たり。

そして、4年半の勤務を経て2016年夏に退職しました。

 

会社を辞めて旅に出る経緯

小泉:会社を辞めて旅に出たのは、どういう経緯だったの?

倉嶋:当時、会社のチームの中では異例の2週間の夏休みを毎年もらっていました。「僕は旅が好きなんです。しかも長期で旅しないとダメなんです。」と入社直後から上司に話し、毎年勝手に航空券を購入して。Eチケットを印刷して上司に見せに行き「すいません。取っちゃいました。」ってやってましたね。笑

そんなことを毎年繰り返していたら、社内からも社外のクライアントさんからも「今年はどこに行くんですか?」と聞かれるようになってました。なので、一応毎年旅はできてはいました。

小泉:例えばどういうところに行ってたの?

倉嶋:タイやウズベキスタン、キューバ、ジャマイカ、グアテマラ…そんな国々を毎年旅していました。ただ、ある日ふと小学6年生の時の夢を思い出したんですよね。

小泉:どんな夢?

倉嶋:小学6年生の時の担任の先生が、ある日から朝の自習時間に世界地図を配り、それらの国名を覚えることが僕たちの日課となってて。しばらくして190を超える世界中の全ての国名と場所を覚えたんですが、小学生の時の自分の夢は、テレビで見たことも聞いたこともない島国や国々を眺めているうちに、「いつか全ての国を自ら訪れよう」と思うようになりました。

小泉:ぼくも小さい時の海外との接点がすごく影響しているのですごくわかります。それで?

倉嶋:毎年会社の休みの旅行先を考えるときに南米やアフリカを考えていたんですけど、やはり移動で時間が掛かってしまうんですよね。パタゴニアに行きたいって思って調べると「移動時間:45時間」って出てきたり。笑

それで、これでは10連休でも足りないと思い、少し行きやすい中米とかアジアとか中東とかに行き先を変更していていました。だけど「このペースじゃ全然行きたい国にいくら経っても行けない」と気付いたんですよね。

では、どうすればいいか…と考えたのが2016年の春でした。その時26歳。幸いにも、その時は祖父母も両親も元気で家族の心配も無かったし、仕事も引き継げば問題ないなと思ったんですね。

どうせやめるなら今日だ!と思ってしまって。その日に上司に辞めることを伝えました。上司はびっくりしてましたね。笑 「こんな理由で辞めるやつが出てくるとは・・・」って。

小泉:当時はどんな旅を思い描いてた?

倉嶋:自分が好きな旅のスタイルは、やはり学生時代のときのようなもの。1つの国で1ヶ月など長期で過ごし、時間に縛られず、自分のペースで過ごし、好きな人に会い、好きな場所で暮らす。

サラリーマンの休暇期間だとなかなか叶えられない旅ですね。例えばパタゴニアをテントを担いで1ヶ月間旅をしたり、アマゾン川をボートで3週間かけハンモック生活で下ったり、世界有数の中米のサーフスポットでのんびりサーフィンをしたり。

学生時代に写真集や冒険家の本を読み、頭の中で「こんな感じなのかな」と夢中でイメージを膨らませていた場所に全て行ってしまおうと思いました。

 

旅の変遷

小泉:ルートやスタイルなど、どんな旅をしていたの?

倉嶋:資金も一応あったので、そのまますぐに旅にも出れたんですが、せっかくこうして時間もあるし今までやったことないことにチャレンジしようと、ワーホリビザを手に入れ、オーストラリアにまず行きました。

英語はある程度話す自信はあったんですが、仕事をしたことは無いし、なにより年齢制限があるワーキングホリデービザを得られるチャンスがあるなら、やってみようと。

その後オーストラリアを出発し、旅をスタートさせました。

▼旅の期間、滞在場所

ワーホリ:2016年10月〜2017年8月
オーストラリア(ダーウィン/2ヶ月/マンゴー農園、メルボルン・ブリスベン/8ヶ月/バリスタ)

旅:2017年8月〜2018年10月
東南アジア(ほぼ全て)→中米(全て)→南米(ほぼ全て)→ヨーロッパ(ほぼ全て)→西アフリカ→南アフリカ、東アフリカ

就労:2018年10月〜2019年4月 ケニア・ナイロビ

計903日間、68カ国を巡った旅でした。

 

10ヶ月間のワーホリ体験

小泉:ワーホリ10ヶ月、楽しそうだなぁ….。具体的にどんなことをしてたの?

倉嶋:ダーウィンのマンゴー農園では、7週間で80万を貯めました。暑さも厳しく、また世界中から若者が集まり働いていたので、様々なシーンで価値観の違いを目の当たりにし、正直めちゃくちゃ大変な日々でした。暑さと疲れでみんなイライラしてきて、ケンカも起きたり。自分を頑張らせていたのは「この後の旅への思い」でしたね。ここで頑張ればその分、長く旅が出来る、と。

でも結果的にはこの約2ヶ月の生活を通し、最高の友達も出来ましたね。同部屋のイタリア人のロレンツォは兄弟のような仲となり、その後世界を旅している時に彼が移住しているバンクーバーでは彼の家に1週間くらいずっと泊まったり。

農園生活はさながら部活の合宿のような雰囲気でした。

小泉:他の街でも働いてたんだよね?

倉嶋:メルボルンと・ブリスベンではバリスタとして働きました。

メルボルンは世界の中でもコーヒーカルチャーの先端とも言われてるんですが、そんな街で暮らし始めたら元々好きだったコーヒーがもっと好きになり、だったら淹れる方として携わりたいな、と。

仕事探しを始めてみたら、思ったよりも仕事が中々見つからなくて。バリスタ未経験で英語圏でもない自分を雇ってくれる良いカフェって無いんですよね。だって良いカフェって人気店なので人材にも困ってないし、人を育てる時間もないんですよね。

小泉:確かに。どうやって仕事を探したの?

倉嶋:どうやったら仕事をゲットできるかと考え抜いて思い浮かんだのが、「やったことないのにバリスタ経験有り」と言い張ることで。履歴書を渡すときに聞かれたら自信満々の顔で「日本でバリスタやってたよ」と言い切る。ラテを作る実技試験があったのですが、それまでに徹夜でYouTubeとかバリスタのブログを読み漁って、イメージトレーニングを繰り返す。

その店がどんなエスプレッソマシーンだか分からないし、そもそもマシーンなんて触ったこともないから、とりあえずググって出てきたマシーンの取説を読んだり。笑

小泉:すごい!笑 それでできるようになったんだ

倉嶋:スチーマーも角度とかタイミングとかはYouTubeで研究して。牛乳をあたためるミルクジャグなんて触ったことないけど、イメトレで手に持ったのを想像して動かしたりして。そんなこんなで朝までコソ勉してお店に向かって、実技試験を受けたら、なぜか奇跡が起きてラテが作れちゃって。マネージャーが親指立てて「美味しい。」って。笑

小泉:奇跡だね!笑

倉嶋:そんなウソから始まったんですが、英語でバリバリ働くことも始めてだったけれど、誰よりも努力し、自分ができることのベストを毎日やることで上達できました。「どうしたら自分と働きたいと思うか?」ということを考えて、考えて。
掃除を頑張ったり、元気に挨拶したり常連さんの名前を覚えたり。そんな小さいことを毎日していたら、どんどん任される仕事が大きくなっていったんですね。

最後に勤務したブリスベンのカフェでは新店舗がオープンした時にその店のバリスタのトップになることもできましたね。

お話したように、どうやったら仕事を得られるか、英語圏でもない自分がどうやったら仕事を一緒にしたいと思ってもらえるか、そしてどう早く仕事を得られるか、かなり戦略的に考えてやっていました。日本での社会人経験・営業経験が活きたんだと思います。

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WRITER

小泉翔
TABIPPO名付け親、小泉翔です
TABIPPOの創設メンバー&Co-Founder。旅祭2014主催。元大宮アルディージャユース。旅とサッカーに生きたい26歳。男12人でライフシェア中の恵比寿ハウス家主。アメリカ交換留学、フィリ…

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