ライター
土庄 雄平 山岳自転車旅ライター・フォトグラファー

1993年生まれ、愛知県豊田市出身、同志社大学文学部卒。第二新卒を経験後、大手部品メーカーで営業をしながら、トラベルライターを両立。長期連休は自転車旅に充て、土日は山に足繁く通うアウトドアスタイルを信条とする。 春は桜を愛でながらサイクリング、夏は冷涼な北日本へ自転車で大冒険、秋は秘境の紅葉を求めて登り、冬は輝く樹氷と白銀の世界に魅了される。そんな自然の中へ身を投じる旅がルーティーン。 2020年9月「夏のYAMAPフォトコンテスト2020」入賞。入賞作品がプリントされたTシャツがグラニフから発売決定。現在は夫婦揃ってトラベルライター。

禁教令が敷かれ、公然とキリスト教が信仰できなくなった江戸時代。その中でも信仰を守り抜いた人々を「隠れキリシタン」と呼びます。


五島灘に面する長崎市西部の旧外海(そとめ)町は、その聖地的存在であり、キリシタンの軌跡が数多く残っている場所。江戸時代の伝承から、明治時代の教会建築、現在の共同体の在り方に至るまで、脈々と伝統と歴史が受け継がれています。


近年、その歴史的価値が評価され「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一つとして、外海の大野集落・出津(しつ)集落が世界遺産に登録されました。

今回は、大学時代から、そんな外海の魅力にハマってしまった私が、ちょっとディープなものの奥深い、外海の歴史探訪の旅をご紹介していきたいと思います。

隠れキリシタンを守ってきた外海の断崖地形


今回紹介する外海が位置するのは、長崎市の北西部。長崎市の中心部から、ながさきサンセットロード(国道202号線)を車で約30キロメートルほど走った場所にあります。

しかし、それは戦後の話。隠れキリシタンの時代(江戸時代・明治時代)には、道は開通しておらず、移動は船で行わなければならないほど、険しい地形の場所でした。


実際に足を運んでみると、よくわかります。海外線のほとんどは切り立っており、海と山が隣接しているのが特徴。しかし、その険しい地形こそ、キリシタンたちが隠れて信仰を守り抜くことに寄与したのではないかと言われています。

そんな外海を体感できる場所が、道の駅・夕日が丘そとめから徒歩15分ほど登ったところにある「大城展望台」。入り組んだ外海の海岸線と、五島灘の織りなす絶景が広がります。

■詳細情報
・名称:大城公園展望台
・住所:長崎県長崎市下黒崎町2023
・地図:
・アクセス:長崎市街から車で約1時間

江戸時代(禁教時代)のキリシタンの痕跡を辿る


禁教(江戸)時代の隠れキリシタンの痕跡をしっかりと辿るのは困難です。なぜなら、その痕跡が見えてしまうと、弾圧の対象になり得るから。

そのため、近年になるまで、伝承レベルの話しか残っていませんでした。最近になってようやく、考古学的な見地から、当時のキリシタンの動きが明らかにされつつあります。


これを”キリシタン考古学”といい、かくいう私の卒論テーマも、キリシタンのお墓を扱ったものでした。大学4年生の秋、現地の郷土史家の先生のお宅でお世話になりながらフィールドワークに励んだ2週間は、学生時代の忘れられない思い出です。

外海の隠れキリシタンの拠り所「枯松神社」


禁教時代に、外海黒崎地区の隠れキリシタンが拠り所としたと言われる場所が「枯松(かれまつ)神社」です。人里からやや離れ、森の奥にあるこの神社には、かつて外海にキリスト教を布教していた宣教師サン・ジワンが祀られています。


中でも注目したいのが、境内の一角にある、「祈りの岩」です。実は、ここが隠れキリシタンの信仰を受け継いだ場所。文字におこすと証拠が残ってしまうので、あくまで口頭伝承(オラショ)として後代へと受け継がれました。

静かで神秘的な雰囲気が漂う「枯松神社」。今でも元隠れキリシタンの方が多く参拝しており、まさに外海のキリシタンの聖地と言える場所です。

■詳細情報
・名称:枯松神社
・住所:長崎県長崎市下黒崎町
・地図:
・アクセス:長崎市街から車で約1時間
・公式サイトURL:https://www.at-nagasaki.jp/spot/1097/

「尾崎墓地」からわかってきた隠れキリシタンの姿


一方で、最近の考古学的な成果としては、枯松神社に隣接する尾崎集落の共同墓地「尾崎墓地」がとても貴重な資料となっています。

この墓地には、江戸時代中期から近現代に至るまで連綿とお墓が築かれているのですが、その年代を追う中で、とある史実がわかってきたのです。


それは、キリスト教禁止の高札の撤廃が決まった明治4年(1871年)の前後でお墓の形態に違いが生じているということ。明治4年以前は完全な仏教墓であるのに対し、明治4年以後になるとキリスト教式のお墓が現れます。

しかも、明治4年直後には、仏教式の墓碑にキリスト教の刻印(十字架や洗礼名)を刻むものも現れるのです。


ここから推測されるのは、江戸時代(禁教時代)の隠れキリシタンたちは、まるで自らが仏教徒であるかのようにカモフラージュしていたということ。

禁教解禁直後に、十字架や洗礼名を刻んだ事実は「キリスト教がようやく公認された喜び」を、まさに反映しているようです。

■詳細情報
・名称:尾崎墓地
・住所:長崎県長崎市上黒崎町
・地図:
・アクセス:長崎市街から車で約1時間
※入口にある現代の墓地の横を通り、森の中へ入ると現れます。
ライター
土庄 雄平 山岳自転車旅ライター・フォトグラファー

1993年生まれ、愛知県豊田市出身、同志社大学文学部卒。第二新卒を経験後、大手部品メーカーで営業をしながら、トラベルライターを両立。長期連休は自転車旅に充て、土日は山に足繁く通うアウトドアスタイルを信条とする。 春は桜を愛でながらサイクリング、夏は冷涼な北日本へ自転車で大冒険、秋は秘境の紅葉を求めて登り、冬は輝く樹氷と白銀の世界に魅了される。そんな自然の中へ身を投じる旅がルーティーン。 2020年9月「夏のYAMAPフォトコンテスト2020」入賞。入賞作品がプリントされたTシャツがグラニフから発売決定。現在は夫婦揃ってトラベルライター。

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