こんにちは、TABIPPO編集部です。2020年10月12日に締め切った、「#私たちは旅をやめられない」コンテスト。たくさんのご応募ありがとうございました!
募集時にクリエイターの方々の作品例を掲載しておりました特集にて、受賞作を順次掲載する形で発表させていただきます。
それぞれの旅への思いが詰まった素晴らしい作品をご紹介していきたいと思います。ぜひご覧ください。
今回はWORLD賞に輝いた、S.さんの作品『輪郭を強く描いて』をご紹介します。
S.さんには、香港航空より「モデルプレーン&香港航空オリジナルグッズセット」が贈られます。それでは、作品をお楽しみください。
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2017年4月。僕は関西国際空港から一人シンガポールへ渡った。凡そ一週間の旅行。これといった趣味は持ち合わせていないが、旅行だけは特別だ。今日はその時の記憶をここに記したいと思う。
シンガポール。正確にはシンガポール共和国という名前で、東南アジアはマレー半島の先端に位置する小さな国である。旅する前のイメージは金融と貿易で発展を遂げ、多文化主義を掲げる国家、というものだ。
そんな経済的な勢いと多文化主義の風を味わってみたいと思い、行ってみる事にした。
行ってみた感想は、果たしてそのイメージとは違わぬものだった。公共交通機関の案内では他言語の標識があり、車内では見るからにとある宗教の身なりであることが見て取れる女性の横に、対照的に開放的な服装の別の女性が座っていたりした。
食べ物もあらゆる文化に触発された美味しい物が多く、観光地も魅力的、治安も良く、夜間の外出もそれほど警戒する必要がなかった為、僕自身も一日一日を満喫することが出来た。
旅行の魅力の一つは、現地でしか知り得ない事や体験が出来る事である。例えば、何気なく横断歩道を通ろうとした時、高齢者やハンディキャップを持った方々が利用出来る、横断時間を長くする事が出来るシステムを見つけた。日本にもこんなシステムが導入されても良いかもしれない。
また、意気揚々と町中を散策していた時の事だ。前方に白いオベリスクのようなものが見えて来た。何だろうか、と足早に向かってみると、第二次世界大戦時に日本に占領された時の犠牲者を追悼するモニュメントだった。
僕はしばし立ち尽くし、浮かれていた自分を恥ずかしく思った。もちろん、歴史として知ってはいる。しかし、それは日本で、日本の教科書で、「第二次世界大戦」の一言で括られた概要に過ぎない。
その国の、その場所で、その地に暮らす人々がどのような影響を受けたかまでは知らない。僕が知っているのは”こちら側”から学んだ歴史であり、”向こう側”から見た歴史ではない。
あいにく、僕が持参したガイドブックにも、このモニュメントの記事は一切無かった。ただただ純粋にその国を旅行することは間違ってはいない。
しかし、過去から現在に至るまで、訪れる国がどんな足跡を辿って来たのか。それを知りながら旅行することも、現在から未来に生きていく僕たちには必要では無いだろうか?
そして、もう一つ記憶に残るエピソードを紹介したい。旅の後半、観光地として最も有名なマリーナ・ベイ・サンズの展望デッキへ向かうべく、エレベーターの前に並んだ時のこと。
僕の前に一人の男性が並んでいて、偶然目が合った。過去の経験でも何度かあるのだが、初めて会った瞬間、波長が確実に合う、と僕の第六感が働く人がいる。その時もまさしくそうで、目が合った瞬間に声を掛けていた。
僕の第六感は正しく、僕たちはすぐに意気投合した。聞けば、彼はスイスから仕事でオーストラリアに向かう途中で、乗り継ぎが上手くいかなかった為、2時間程の時間つぶしでそこを訪れていた。
そして、同い年でもあった。マリーナ・ベイ・サンズの展望デッキから景色を眺めながら色々な話をした。自国のこと。好きなスポーツのこと。仕事のこと。
その後、デッキにあるバーで一杯引っかけながら話を続けた。オーダーしたのはもちろん、タイガービールだ。彼は最近結婚をして子どもも生まれたらしく、天使のような娘の動画を見せてくれた。
彼が「ところで君は結婚しているのかい?それとも恋人はいるのかい?」と聞いたので、僕は正直に「今はいないんだよ。なかなか出会わなくてね。」と答えた。
すると、彼は「大丈夫。いつか必ず出会うよ。僕は彼女を見た瞬間にこの人だ、って感じたんだ。そう思った時にはもう話しかけてたよ。笑」と教えてくれた。
そんな風に、まるで昔からの知り合いのように、他愛もない話から身上話まで、彼と過ごした1時間はあっという間に過ぎていった。ビールの支払を済ませ、返ってきたお釣りを彼は僕にくれた。
「そろそろ空港に戻るし、僕にはもうシンガポールドルは必要ないからね。君が使ってくれよ。」と。エレベーターで下に降りた後、僕らは互いの安全と今後さらに良き人生となるよう伝え合い、別れた。
人生とは不思議なものだ。あの時シンガポールに来なかったら、あの日あの時間にマリーナ・ベイ・サンズを訪れなかったら、彼の飛行機が遅れなかったら、僕たちは一生出会わなかっただろう。
彼とは連絡先の交換はしなかったけれど、それが今でも正しいと思う。一生の出会いもあれば、一瞬の出会いもあるのだ。その時、その場所で出会ったことにすべての意味がある。
地上に降りた後、緩やかに夕暮れとともに涼しい風が僕の頬を撫でていった。あの時のビールの味と、風の心地よさを僕は忘れない。
帰国前日の夜。クラーク・キーの川沿いのレストランで夕食を取りながら物思いに耽っていた。僕にとって、旅行とは「自分の輪郭を確認すること」でもある。特に海外への一人旅はその意味合いが強い。
日々の暮らしの中では、勝手知ったる場所と家を行き来し、互いに知る人々と働き、基本的に同じ事を繰り返す毎日。それは決して悪いことではない。そこには平穏と安心が満たされている、素晴らしい世界である。
しかし、それは同時にともすると、大体で何とかなるだろうとか、甘えや依存にも繋がる可能性を含んでいる。いわば、自分という「個」が曖昧でも成立してしまう世界でもあるのだ。
そこにぬるま湯のように浸かっていては己の進歩や成長をないがしろにしてしまう。
海外一人旅をすると、否応にも自分で決定・行動し、自分から主張することが必要となる。自分は何者であるのか、ということに敏感になれるのだ。
それが「自分の輪郭を確認すること」に他ならない。旅をする度に、輪郭を確認し、より濃く描いて帰国することが出来る。
今は残念なことに、海外へ行くことは容易ではない。けれども、いつかシンガポールを次に訪れる時にしたい事がある。今の恋人と一緒に行き、マリーナ・ベイ・サンズの展望デッキで同じ時間をともに過ごすのだ。
あの時の一瞬の出会いである彼が僕に教えてくれた、永遠の出会いとなる今の恋人とともに。
これまでは僕自身の輪郭を強く描く為に、海外へ旅をしてきた。今度は二人の輪郭を描き始める為に。
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