ライター
土庄 雄平 山岳自転車旅ライター・フォトグラファー

1993年生まれ、愛知県豊田市出身、同志社大学文学部卒。第二新卒を経験後、大手部品メーカーで営業をしながら、トラベルライターを両立。長期連休は自転車旅に充て、土日は山に足繁く通うアウトドアスタイルを信条とする。 春は桜を愛でながらサイクリング、夏は冷涼な北日本へ自転車で大冒険、秋は秘境の紅葉を求めて登り、冬は輝く樹氷と白銀の世界に魅了される。そんな自然の中へ身を投じる旅がルーティーン。 2020年9月「夏のYAMAPフォトコンテスト2020」入賞。入賞作品がプリントされたTシャツがグラニフから発売決定。

こんにちは、トラベルライターの土庄(とのしょう)と申します。前稿「旅を仕事に!瀬戸内海「小豆島」から始まったトラベルライターとしての私」では私が自転車旅人として歩み出すきっかけとなった小豆島の記憶を綴りました。

しかしながら、実際に旅を始めるようになってからトラベルライターになるには、いささか飛躍がありますよね。そこで今回は、具体的にどのように旅を仕事へ変えていったのかについて執筆してみたいと思います。

その過程では、サラリーマンとしての自分が深く関わってきます。

トラベルライターは少し変わった職種かもしれません。ゆえに共感いただける方は一部だったかもしれませんが、今回のお話はサラリーマンあるある(?)なので、ある程度会社員の方にも感情や経験を共有していただけるのではないかと思っています。

特に、社会人生活に葛藤を抱いている、私と同じ若い世代の方に読んでいただけたら幸いです。

自転車旅に明け暮れた大学時代後半

photo by Yuma Onizuka
大学3年生のときに、小豆島へ自転車で訪れたことで、一気に自転車旅に目覚めた私。大学4年生になってからは授業も少なくなったため、空いている時間を活用し、関西や瀬戸内を中心にツーリング生活に明け暮れました。

自分の足で、まだ知らない土地を走り抜ける非日常の冒険。刺激的な毎日に熱が冷めやらなかったのを覚えています。社会人になっても、休日はこのスタイルを貫いていこう!ひそかにそう思っていました。

そして意気揚々と大学を卒業。いざサラリーマンへの道へ進むことになったわけですが、そこで洗礼を受けることになります。今思えば、二度と経験したくない思い出の数々です。

体育会系企業へ入社、理不尽の連続

photo by photo ac
新卒入社した会社で、社会人としてスタートした自分。入社したのは、四季報にも掲載されるような大手の専門商社でした。配属されたのは花形の部署。国内インフラを支える電力業界を相手に、営業担当として働く日々が続きます。

しかしながら、そこにあったのは自分の理想とはかけ離れた現実でした。

・理不尽なことでも黙って従うのが美徳。
・パワハラもあり、明らかにモラハラな指導もしばしば。
・体育会系で飲みやゴルフの付き合いが多く、ほぼ半強制。
・サービス残業が横行。アフター5なし。
・有給が取りづらく、思うように連休が取れない。取れてもMAX5連休。

楽しいこともありましたが、多くは思うようにならないことばかり。もともと思ったことをストレートに伝える性格の私は、旧態依然な会社の体質に異議を唱えるように!

それゆえ次第に社内で軋轢を生み、消耗していきました。

平日は仕事に、土日は旅に明け暮れる

photo by Yuhei Tonosyou
そんな苦しい日々のなかで、自由に時間を使える休日くらいは、自分の思うような生活を送りたいという切実な感情が芽生えます。

また私は正直な性格のため、飲み会やゴルフに誘われても、嘘を言って断るのが苦手。そのため意図的に毎週土日に、旅行の予定を入れることで、断る罪悪感をなくそうという思惑もありました。

自転車旅は体力も使います。土日も入れると最初は週7日のフル稼働、平日はストレスフルなので、最初は目が回るくらい疲弊していました。しかし1ヶ月、2ヶ月、半年と経っていくにつれて、次第にそのスタイルにも慣れてきました。

photo by Yuhei Tonosyou
むしろ憂鬱な平日から解放され、より自転車旅という趣味に熱中できるようになったと思います。そしてその過程で、実に多くの旅の経験と写真ストックを増やしていきます。

このときは、まさに社会人生活の反動として蓄積していた旅の経験が、トラベルライターとして活動する上での財産になるなんて思ってもみませんでした。この点については後述します。

ブラック企業を退職、転職を決意

photo by photo ac

入社して1年半を迎える頃、OJTとして私の指導に当たっていた上司に見放されるまで、社内での人間関係は冷め切っていました。最後まで私の味方でいてくれたのは、同期の仲間くらいでした。

しかし、そんな逆境の中だからこそ、もがきながら業務を一人でこなせるようになり、新規案件受注など成果をあげていました。また担当していたお客さんから頼られていたことも受け、何とかやりがいを感じながら仕事を続けていました。

photo by photo ac

ところがそのタイミングで、代理店をしていたメーカーの過失により大問題が発生。下手をするとお客さんとの間で数千万円の賠償に発展する事件を私が仲介することになりました。しかしながら直属の上司には助けてもらえず、そのメーカーからは、私のせいで顧客との関係が悪化していると吹聴。

その事件がターニングポイントとなり、細い糸がプツンと切れたかのように、転職を決意します。今思えば、鬱の初期状態も見受けられました。

私の使える経歴は、機械関係の業界、そして営業。当時の私は、まだ「旅を仕事に」とは考えられず、経歴を生かして、大手部品メーカーに転職します。

photo by photo ac

転職した先は、以前とは比べ物にならないくらいホワイト。しかし、そこでも自問自答の壁にぶち当たります。その経験がトラベルライターとしての一歩を踏み出すことになったきっかけです。

ライター
土庄 雄平 山岳自転車旅ライター・フォトグラファー

1993年生まれ、愛知県豊田市出身、同志社大学文学部卒。第二新卒を経験後、大手部品メーカーで営業をしながら、トラベルライターを両立。長期連休は自転車旅に充て、土日は山に足繁く通うアウトドアスタイルを信条とする。 春は桜を愛でながらサイクリング、夏は冷涼な北日本へ自転車で大冒険、秋は秘境の紅葉を求めて登り、冬は輝く樹氷と白銀の世界に魅了される。そんな自然の中へ身を投じる旅がルーティーン。 2020年9月「夏のYAMAPフォトコンテスト2020」入賞。入賞作品がプリントされたTシャツがグラニフから発売決定。

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