「銀の島日本」と呼ばれた由縁世界遺産石見銀山の歴史に迫る

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お代官様は大森地区に住んでいました

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photo by ★Kumiko★

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photo by ★Kumiko★

17世紀には隣接する大森地区に代官所が移され銀山支配の中枢になりました。代官所跡は現在石見銀山資料館として利用されていますが、表門、門長屋の遺構が残っています。

観世音寺は代官が銀山の隆盛を祈願するための祈願所として建てられました。

 

大商人も住みました・大森地区

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photo by ★Kumiko

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photo by ★Kumiko

大森地区は石見銀山を支配する江戸幕府の直轄地の中心の町でした。武士、商人、職人など様々な人の住まいが立ち並び、背後には寺院もありました。

銀山経営や金融業で財を成した大商人の意匠を凝らした屋敷が残っています。鳩の飾り瓦を塀の上に載せるなんて遊びも!

 

内部も豪華です

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photo by yuen yan

昔のお金持ちの商家のお座敷ですね。普段はふすまで仕切られていますが、取り払うと何十畳もの広さになって、結婚式だってここでしました。

 

銀を積み出した港・温泉津

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photo by contri

温泉津は16世紀には日本海沿岸を行き来する船舶の寄港地として栄え、よい温泉がある事でも知られています。港には造船所跡もあります

毛利氏が石見銀山を支配するようになって、温泉津や沖泊は銀の搬出港になりました。銀山から温泉津までの街道も整備され、銀山で消費される物資もこの港を経由して運び込まれました。

 

まとめ

16~17世紀にかけて小規模ながら環境にやさしい循環型の鉱山経営に成功した石見銀山は、西欧型の家畜の力や動力を用いた鉱山経営とは対照的な存在です。

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沢之翠
好奇心旺盛で、各地の文化にふれる旅をするのが好きですが、時には目的を決めずに旅に出ることもあります。仕事で外出中に長距離列車や飛行機を見ると無性に乗ってしまいたくなって困ります。世界の文化には …

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