ハヌマン・ドカ(旧王宮)
ダルバール広場の一角を占める大きな建物が、旧王宮です。もともとダルバール広場は、王宮前広場という意味を持っています。この王宮の門の脇には、赤いハヌマン猿神の像が建っていて、そこからこの王宮そのものが「ハヌマン・ドカ」と呼ばれるようになりました。
王政が廃止される以前までは実際に王族が居住していた場所になり、中にはヒンズー教寺院「パンチャ・ムクヒ・ハヌマン寺院」や博物館があります。9階建てのバサンタプル・ダルバールは、地震発生前までは実際に上まで登ることが出来ました。
タメル地区
旅行者たちが多く集うインターナショナルストリートと呼べる場所が、ここタミル地区になります。ホテルやショップ、レストランが立ち並び、朝から夜更けまで人の姿が絶えません。早朝にはタメル地区の橋でカトマンズの地元の人たちの野菜市が開かれており、ローカル色豊かな光景が見られます。、
タメル地区には、キルティプールやドゥリケルなどのカトマンズ近郊エリア、チベットとのボーダーラインの街コダリ、エベレストトレッキングの起点となるジリへのローカルバスが発着するオールドバスパークがあります。
また、レクナート・マルグ通り沿いのバス停は、長距離バスの発着地であるニュー・バスパークやシティ・バスパークへの路線バスが止まります。
スワヤンブナート
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約15メートルの巨大な仏塔が目印になるスワヤンブナートは、ネパール最古のネパール仏教寺院といわれています。チベット仏教寺院には必ずあるマニ車も、スワヤンブナート寺院のものは特に美しく、よくガイドブックにも掲載されています。
中に経文が入っていて、回転させた数だけお経を唱えるのと同じご利益があるといわれています。
パシュパティナート寺院
シヴァ神を祭るネパール最大のヒンドゥー教寺院であり、カトマンズの人々が最後に火葬される場所でもある「パシュパティナート寺院」は、その規模の大きさに驚くことでしょう。
ガンジス川の支流、バグマティ川の川岸では、遺体を川の水で清める姿、あるいは「ガート(火葬を行う石の台)」に集まる人々の姿を目にするにことになります。人の一生のおわりをつぶさに見ることになり、人の命や一生の在り方、果ては宗教にまで考えさせられます。
また、カトマンズやネパール人だけではなく、インドの人たちにとってもカトマンズのパシュパティナート寺院は聖地として考えられています。そこで、はるばるインドからも「サドゥ」(ヒンズー教の苦行層)や一般の参詣客が巡礼に訪れます。
ボダナート寺院
高さ約36メートルものネパール最大の巨大仏塔がある「ボダナート寺院」は、チベット仏教信仰者の重要な信仰の対象となっている寺院です。三階建てか四階建てのほぼ同じ高さの建物がストゥーパを取り囲んでいます。
巨大ストゥーパのまわりには、いくつもの「ゴンパ(僧院)」も建っています。真摯に読経する僧侶の姿に、胸を打たれる人は多いことでしょう。
アンナプルナ寺院
ダルバール広場から、中世の街並みが残るインドラ・チョークをまっすぐ進むと、鐘の音が絶えないアンナプルナ寺院をみつけることができます。マチェンドラナート寺院やシヴァ寺院などもこのエリアに集まっています。
また、明け方には市場が立ち、活気にあふれた人々の様子を見るのも楽しいものです。
キルティプール(カトマンズ郊外)
それほど地震の被害を受けなかったカトマンズ郊外のエリアにも足を延ばしてみるのもおすすめです。
ここキルティプールは、手工芸を得意とするネワール族の文化の最盛期に作られた建造物がそのまま残り、小さな町ながら趣のある風情です。古い寺院や建物はもちろん、カトマンズよりもさらに近くヒマラヤの山々を眺めることが出来ます。
農業に従事する農業国ネパールでは、田畑を守る人たちが多く、ライステラスもあちこちで見られます。ここキルティプールにもまだ残る懐かしき風景です。
カトマンズ郊外の古都パタン
パタンは別名「ラリトプール(美の都)」と呼ばれるほど美しい街です。古くから伝わる彫刻など、あちこちに美しい古の街の名残が残っています。
パタンの街の四方には、紀元前3世紀にインドを統一し仏教を保護したことで名高いアショカ王が建てた仏塔(ストゥーパ)が残っています。国民の8割がヒンズー教とされるネパールで、このパタンでは住民の6割以上が仏教徒です。
まとめ
いかがでしたか?ヒマラヤ山脈に抱かれた、神秘的で中世の香りが残る都市として、世界中の旅行者を惹きつけるカトマンズ。
決して広くないエリアに見どころがたくさんあり、時間がいくらあっても足りないほどです。日程がタイトな場合は絶対に見ておきたい場所から優先的に回ることをおすすめします。