山谷労働福祉センター
ドヤ街の日雇い労働者たちはいつも闘争中。一体何十年に渡ってこのような掲示が続いているのだろうかというほどに、木の板に年季が入っています。
この看板が設置されている山谷労働福祉センターの周りの路上には、日中から酒盛りをしている人々の集まりが。どうやら、その日の日雇いの仕事にあぶれた人たちで集まっている様子。
なんだか近寄りがたい反面、すごく楽しそうでした。いつか勇気が湧いたらそのチルタイムをご一緒させていただきたい…!!
数え切れないほどのドヤ
ベランダに「トキワ」とくり抜かれているこちらの建物は山谷に数多くたたずむ簡易宿泊所、ドヤのひとつ。なんとクリエイティブな看板なのでしょう。一瞬トキワさんの家の表札かと思いました。日本三大ドヤ街である山谷はやはり一味違います。
一概にドヤと言えどもタイプは様々。昔の時代にタイムスリップしたかのようなドヤもあれば、改装して小綺麗に保たれているドヤも度々見かけます。
労働者の高齢化に伴い、日雇い労働者からのドヤの需要が減少しつつある近年、宿泊所に安さを求めるバックパッカーを対象に外国語で表示された看板もちらほら見かけます。ドミトリーが1,250円って、東南アジアのゲストハウスに匹敵するほどの安値ですね。
山谷の中心地いろは会商店街
山谷独自の雰囲気に包まれながら、歩みを進めていくとたどり着いた山谷のメインストリート「いろは会商店街」。様々な商店が立ち並ぶこの商店街は町おこしプロジェクト、聖地巡礼ビジネスとして所々に「あしたのジョー」を見ることができます。
まばたきひとつしません。
商店街内のパン屋には、あしたのジョーのグローブパンや
酒屋にはあしたのジョーのワインが販売されていました。
ドヤ街独特の光景である大量の自転車の中に正常な状態の自転車は数少なく、タイヤは基本的にパンクしているようです。
サドルなんてすぐに持って行かれてしまうのでしょう。
こちらの賃貸物件の内見には入館料がかかるそうです。入館料を設ける背景にはどんなトラブルがあったのでしょう…。
鮮やかにペイントされたシャッターの前に、圧倒的な存在感を発揮する公衆電話。公衆電話が…座ってます。
筆者が知っている公衆電話の概念が崩壊した瞬間でした。
昔は多くの労働者で賑わっていたとされるこの商店街も、今ではシャッターの降りている店舗が半数以上。道行くの人の数もごくわずかで、ただならぬ場末感に溢れています。
そんないろは会の中央でひときわ目立つ商店が。
だれがどう見ても気になります。
筆者、何かを感じとりました。
ん?
ファッッ!?!?
路上に商品を広げて販売していた商店はこちらの「近江屋」さん。大正18年創業の近江屋は、山谷の歴史とともに長い年月を過ごしてきました。現在お店を営むのはミカさん(仮名)とそのご主人。
なんとミカさんは近江屋に勤めて約50年になるとか。長年家族で家業を引き継いでミカさんご夫妻で3代目になるそうです。
しかし、離れて暮らす息子さんは度々「まだやってるの?」と言っているそうで、ミカさんの代で閉店を予定しているとか。いろは会商店街の日中時間にまたひとつシャッターが増えることを考えると、よそ者ながらもなんだか寂しい気持ちになります。
路上に広げている商品に関しては「だれかが持って行っちゃうのよ〜」と微笑みながら語るミカさん。ドヤ街生まれドヤ街育ちドヤ街っぽいやつは大体友達!というミカさんの心の広さは、関東平野より広いものでした。
記念に2ショット写真を撮らせていただきました。これからも山谷の中心で地域に愛される商店でありますように。