歩く旅が好きだ。
人が行き交う街や何もない大自然の中を、汗だくになりながら、あるいは息を白くしながら歩く。
快適に効率よく目的地をめぐるなら、歩くことは無駄かもしれない。でも、体を動かし五感をフルに使った旅の感覚は、日常に戻ってからもずっと残る気がする。
しっかり計画を立てて行く旅も楽しいけれど、ときに無駄や余白を楽しむ歩く旅で感じたことを、言葉にしてみた。
目の前のできごとに心奪われる
インドのケンペゴウダ空港に着陸する前の飛行機の窓からの景色
まもなく着陸する飛行機の窓から見える赤い大地。
夕暮れ時に橙色から徐々に色を無くし、沈んでいくレンガ造りの街並み。
明かりに照らされた市場にごった返す人の波と熱気。
旅をしていると、そんな何気ない一瞬一瞬に心奪われる。
ドイツの都市エスリンゲンの夕暮れ
観光地を巡る旅もいいけれど、旅が終わったあとに覚えているのは、こういう何気ないできごとや風景だ。
時間が経つと細かな記憶は薄れていくけれど、ふと写真を見返せば、あの時の空気の匂いや聞こえた音、自分の足で歩いた感覚を思い出す。そして、その感覚のまま普段暮らしている街へ飛び出てみると、目の前にも美しい景色が広がっている。
「どうにもならない」を楽しむ
インドのベンガルールにあるバス停
ホテルのチェックインで言葉が通じずヤキモキしたり、空港の荷物チェックで突然止められてドキドキしたり。歩き回って疲れ切った一日の終わり、待てど暮らせど来ないバスに途方に暮れながら、予約サイトに必死で連絡しまくってみたり。せっかくの旅先で風邪をひいて、一日中ホテルのベッドで寝込んだ日もある。
旅はいつでも楽しいことばかりではなく、予期せぬトラブルに容赦なく振り回される。
ジョージアのクタイシ空港
明日の予定も数か月後の計画も、日常では大体コントロールできる。でも旅先では、雨が降れば行けない場所があるし、バスや電車も時刻表通りには来ない。
実際にトラブルに直面している時は「もう勘弁してくれ……」と思うけれど、旅を終えて振り返ってみれば、そんな「どうにもならなさ」も含めて、忘れられない思い出の一部になっている。
歴史から見える知らない世界
舞鶴引揚記念館の展示
今でこそ日本人の誰もが海外に旅行できるけれど、その自由が手に入ったのは、たった62年前の話。さらにさかのぼれば、国内ですら自由に行き来できない時代もあった。