旅先で歴史に触れるたび、自分がいかに世界を「知らないか」を思い知り、過去に生きた人たちが繋いできてくれた「今」のありがたさを実感する。
舞鶴港に復元された引揚桟橋
今年の冬に訪れた舞鶴引揚記念館。
館内に入ってすぐの床には、東アジアやシベリアを中心とした広域地図があり、第二次世界大戦終了後に日本人が世界のどこにいたのかが記されている。その数660万人以上。当時の日本人の約10人に1人が、日本から遠く離れた海の向こう側にいた計算になる。
終戦後、世界各地から引き揚げる日本人の数が動画で紹介されていた
展示室を進むと、シベリアの抑留生活を再現したスペースがあり、窓の外には映像でも寒々しい冬の景色。冬にはマイナス30度以下になる極寒の世界で、十分な食事も装備もなく、屋外での伐採作業や鉄道建設をしていた記録を前に、しばらく足が動かなかった。
そして、後半には舞鶴の港で家族の帰りをただひたすらに待ち続けた人々の写真や映像が残されていた。
舞鶴引揚記念館内に再現されたシベリア抑留所
戦争は終わっても、戦争の影響は何年も何十年も続く。舞鶴港は戦後13年にわたって、日本で最後まで引き揚げてくる人々を迎え続けた唯一の港。そんな港を記念館の裏手にある丘を登り、眺める。独特な入り組んだ地形の港は、今は近くの工場の音だけが響いていた。
展望広場から見る舞鶴港
帰りたくても帰れない。会いたくても会いに行けない。そんな時代が、たしかに日本にもあった。
そう考えて、今目の前にある自由の豊かさをかみしめる。「いつでも行ける場所」が、未来もずっとあり続けるとは限らない。歩けるうちに自分の目で世界を見に行きたい。
歩いて出会う、忘れていた好奇心
ベトナム・タムコックからの帰り道に見つけたフォトスポット
未知と出会い、知らないことを知る。動画や文字で見ていた誰かの視点、借り物の世界が、自分の足で歩いた瞬間、生きた世界に変わる。
画面の向こうの遠い場所が、実際に暮らしている人のいる場所になり、日常を彩る視点が少しずつ増えていく。
それはきっと、忘れかけていた子どものような好奇心を、少しだけ思い出す時間でもある。
何でも便利で簡単にできてしまう時代だからこそ、ときに目の前の一瞬に心をうごかされたり、トラブルに振り回され冷や汗をかいたり、知らなかった歴史に足がすくんだりする、遠回りな歩く旅を、これからも続けていきたい。
靴紐を結び直し、私は今日も日常を歩いていく。
All photos by Kuon Kanayama