この記事では、TABIPPOがつくりあげた最初の旅の本、『僕らの人生を変えた世界一周』のコンテンツをTABIPPO.netをご覧の皆様にもご紹介したいと考え、本誌に掲載している世界一周体験記を厳選して連載しています。
今回の主人公は、藤川英樹さん(当時26歳)です。
「世界一周」。それは、誰もが憧れる旅。でもその旅、夢で終わらせていいんですか?人生最後の日のあなたが後悔するか、満足できるかどうかは今のあなたが踏み出す一歩で決まります。
そんな一歩を踏み出し、何も変わらない日常を生きることをやめて、世界中を旅することで人生が変わった15人の感動ストーリーをまとめました。
・藤川英樹(当時 28 歳)/ 美容師2007. 9 〜 2009. 4 / 800日間 / 23ヵ国
・世界一周の旅ルート
オーストラリア→タイ→ラオス→カンボジア→ベトナム→中国→香港・マカオ→インド→ネパール→ヨルダン→トルコ→エジプト→スペイン→モロッコ→ポルトガル→アメリカ→ペルー→ボリビア→アルゼンチン→チリ→パラグアイ→ブラジル→韓国
英語もろくに話せないまま、立っていたのはオーストラリアの美容室
オーストラリアの西にあるパースという街。初海外のドキドキもワクワクも感じる間もないままに、気づけば俺は、美容室に立っていた。
そういや、自分が英語を話せないってことすら忘れていた。当たり前だけど、1人目のお客さんからいきなり外国人。金髪ロングのお姉さんだ。
とりあえず、目の前に立ったのはいいものの、「今日どうしたい?」そんな簡単な一言すら出てこない。
「ハロ〜!」「カット?」なんとも失礼な接客…。これじゃダメだと、スタッフに「今日どうしますか?」「僕に任せてください」二つの言葉だけを教わる。
2人目のお客さん。また金髪のお姉さん。「What would you like today?(今日どうしたい?)」覚えたての英語を言ってみた。
そしたらもちろん、お姉さんは容赦なく要望をぶつけてくる。英語の要望なんか聞き取れるわけもない。
(うん、うん)うなずき、分かったフリをして自分の胸を右手で叩く。「Trust me!(俺に任せろ!)」これまた覚えたての英語をぶつけ返した。
不完全燃焼な毎日を変えたかった
ここに来るまで、美容師を6年。はじめの4年は都内の美容室で働き、後の2年はフリーの美容師をやっていた。
自分の技術には自信があったけど、独立する勇気もなく、かといって、お店で雇われて働くのもイヤ。その結果が、なんとも中途半端な身分。不完全燃焼の毎日。
そんな時期に、美容師の先輩が声をかけてくれた。
先輩「オーストラリア(AUS)で美容師をしてみないか?」
俺「ニューヨークなら行ってみたいけど、オーストラリア?」
最初はすぐに断った。実は、海外へ一度も行ったことがない俺。ビビっているのがばれないように。
(でも、この不完全燃焼な日々がなんか変わるかもしれん)
美容師に対する考え方、生活リズム、世界観…。自由に動ける今しかないと思い、決断。初めて海外に行くことを決めたのは、25 歳の時だった。
そして、到着した次の日から、パースの美容室で働いた。自分なりの最高のカットをして、自信満々に鏡を見せ、伝える言葉は、「This is your best!」「So cool!」
カタコトの英語で挨拶をして、帰ってもらう。毎日が美容師としての勝負、こんな感じやった。
髪質も、色も、感性も、世界は違う
お客さんは AUS の人だけじゃなくて、世界中の人たち。髪質も、色も、「かっこいい」という感性も違う人たち。
(世界にはこんなにいろんな人たちがいるんだ…)髪からもらう刺激に、世界に対する興味が一気に湧き出た。
その美容室で6ヵ月間働かせてもらってから、パースの北の方にあるブルームという小さい町へ行った。ブルームは、真珠の養殖が盛んな町だった。
(ここでやっとかないと、一生美容師しかやらんかも)俺は、真珠のボートで仕事することにした。
海沿いにある小屋で生活し、朝は日の出と共にボートで出勤。そんで、夕方 17 時近くまでボートの上という生活。10日間仕事で、4日間町に帰って休息。その繰り返し。
安宿に初めての貼り紙「髪を切らせて!」
(でも、やっぱり髪切りたいな〜)
4日の休みの間、そう思いながら町をフラフラしていると、スーパーの宣伝看板を見て、思いついた。
(宿に張り紙を貼ろう!)その時泊まっていた安宿にさっそく貼らせてもらった。町のレストランや他のゲストハウスにも貼った。
最初は友達になった人が、ぽつぽつと切らせてくれるくらいだったけど、ありがたいことに徐々に噂が広まって、帰ってくる4日間は予約でいっぱい?くらいになった。
駐在員のところに出張したり、宿に来てもらったり。永住している方の結婚式まで任せてもらえた。
この生活を4ヵ月くらい続けた頃には、気づけば、10 日間かけて真珠の養殖で稼ぐお金よりも、4日間の美容師での稼ぎの方が大きくなっていた。
「俺はやっぱ美容師や!」「これはいける!」
「世界中の人の髪の毛を切りにいこう!」
「ハサミがあれば、どこでも行ける!」
「髪の毛さえあれば、なんでもできる!」
「ハサミを持って世界を旅してみよう!」
「世界中の人の髪の毛を切りにいこう!」
そう思い立ち、世界一周を決めた。世界一周の1ヵ国目はタイだった。とりあえず、バックパッカーが多いカオサンという通りへ。
でも、旅に出て2週間。張り切って、世界一周のブログの題名を『チョキチョキ旅日記』としたのはいいものの、
ただ街を歩いていても、髪を切る人は見つからなかった。
かといって、言葉も通じない国で「髪切りません?」って声をかける勇気もない。このままやったら口だけ人間になってまう。
(ダサい。どうしよう。このままじゃあかん)作戦実行。また張り紙をつくり、宿に貼らせてもらった。
「Price is up to you!」
「髪を切りたい人、気軽に声かけてください」
「Price is up to you!(値段はあなたにおまかせです)」
そしたら意外にも、泊まっている旅人や宿のスタッフは興味津々で、次々と髪を切らせてくれるようになった。
それから俺は、バイクをレンタルして、タイの北部にある首長族の村へ行った。小さいバックに詰めたのは、カメラと髪を切るセットだけ。
俺にできるのはジェスチャーのみ
相手は、英語も通じない民族の人たち。もちろん、俺にできるのはジェスチャーのみ。
「髪を切ってあげたいんだ!」
通じない。手でチョキチョキする振りをしても、首長族の人たちは俺のマネをしたり、笑ったりするだけ。村の人たちには、もうほとんど声をかけた。
(後は村長さんぽい女の人だけや…。こうなったら!)シザーケースを腰に掛けて、ハサミとコームを手に持って、カットクロスをばたつかせる。
「ほらっ!分かるやろ?」「俺、美容師やねん!髪切らせてや!」
必死で日本語とジェスチャーでアピールしてみた。すると、その女性は笑って「うんうん」とうなずいてくれた。
(やった!切らせてもらえる!)
首長族の村長をカット
頭の上のターバン?みたいなものを外すと、たぶん人生で一度も髪を切ってないんじゃ…、というような長い髪がグルグルに巻きつけられてあった。
長い首にクロスをかけ、髪をほどく。まずは前髪をビシッとまっすぐ、それからボブを整える。
…無言のカットを終え、手鏡を渡す。女性は無言で、鏡を見ては両手で顔を押さえている。それを小さな子どもみたいに何度も繰り返している!
(あっ…照れているんだ!)
喜んでくれたみたいだった。考えてみると、その女性とは一言も会話はなかった。
(可愛くなってもらいたい)
心から思っていれば、言葉なんて必要ないって分かった。