戦争の悲惨さを伝え続ける世界遺産「原爆ドーム」投下前と後、そして現在の姿とは

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5月27日に現職大統領としては初めて、オバマ大統領が広島訪問をし、原爆慰霊碑に献花しました。

終戦から71年が経つ今年。私たちの若い世代が後世に伝えていかなければいけない日本の歴史を改めて理解したいものです。

 

原爆ドームの歴史

太平洋戦争も末期の1945年8月6日の朝、広島の市街地に新型の爆弾が投下され、町は破壊され死者は9万人とも12万人とも言われています。新型爆弾は世界で初めて投下された原子爆弾でした。

原子爆弾は3日後に長崎市にも投下され、日本の無条件降伏に至るのですが、放射能による後遺症も含めてあまりにも非人道的な武器であることから、その後使われることはありません。

核戦争の恐怖を忘れないために、そして二度とこのような事を起こさないための教訓として、原爆ドームは世界遺産に登録されています。

 

「美しい建物でしたが一瞬でした」

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photo by bryan…

原爆ドームと呼ばれている建物は、チェコの建築家ヤン・レツル氏の設計で建てられ、産業奨励館として使われていました。木造2階建ての建物がほとんどであった当時、ヨーロッパ風のモダンな建物は広島名所の1つでした。

爆心地から160mの建物は爆風と熱線を浴びて全焼し、中にいた人々は即死しましたが、本館の中心部は奇跡的に倒壊を免れ、「ノーモア・ヒロシマ」のシンボルとして保存されてきました。

 

8時15分で止まった時計

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photo by alice777

誰のものでしょうか。原爆が投下された8時15分で止まった時計が広島平和記念館(原爆資料館)に展示されています。

時計もまた、あの時を忘れてはいません。

 

原爆投下前の広島市

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photo by alice777

これは原爆投下前の広島市の模型です。緑色のドームが鮮やかな広島県物産陳列館。往時の姿をここに見ることができます。

まわりに連なる家々、そこには人々の暮らしがありました。

 

原爆投下後の広島市

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photo by alice777

これは原爆が投下された後の広島市の様子です。そこに街がありました。そこに人々が暮らしていました。

一面の焼け野原となった広島市、当時70年は草木も生えないといわれました。

 

現在の原爆ドーム

5photo by alice777

しかし、広島は復活しました。青々と緑が生い茂り、原爆ドームの横を清らかな川が流れています。

今、広島は日本でも有数の大都市となっています。

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alice777
時々、どこかにふらっと出かけたくなります。日本国内、そして海外へ、ひらめきと同時に旅に出ます。知らない街を・遠くの街をぶらりと歩く、そんな旅行が大好きです。

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