キューバにも格差は存在する
そんな、社会主義国キューバの若者はアメリカだけではなく、国内でも格差を痛感しているのだと思いました。
社会主義国なので、国が運営する仕事につけば皆同じ給料をもらえるはずですが、正直、旧市街の裏路地の奥の方に行くと、ボロボロの家に住む人や、ゴミ漁りをする人、まれにホームレスもいました。僕が泊まってた宿の隣も、窓の扉もない薄暗いへやに若者が住んでいました。
それでも治安の悪さを全く感じないのは、キューバ人の陽気な性格と、平等な暮らしを国が提供出来ている証拠なのでしょう。
しかし新市街地に行くと様子は一変します。
新市街地に行くと、綺麗で整備された道路、綺麗な住宅、高層マンション、高価なレストラン、緑や公園が多く、あからさまに高級住宅地といったエリアになっていました。
そこに住むのは、「民泊」「芸術家」「自営業」などを外国人向けにしている人達で、自分自身で外貨を稼いでいるのです。キューバの平均月収は2000〜3000円なのですが、民泊の宿でも1泊1000円などを普通に稼げます。
恐らく、旧市街の若者たちは、お金持ちの生活と自分達の生活を比較することで、もっと裕福になりたいと思い、必死になって様々な商売をしているのでしょう。
つまり、他人と比較することで、自分の「幸せ」に満足出来なくなるのです。
この話は日本も似ていて、日本は平均化したがる国なので、「他人が自分より優れていると気になってしまう」のです。誰かと自分の「幸せ」を比較してしまっているのです。
僕は次第に、キューバの暮らしを見ながら「幸せ」について考えるようになりました。
日本の「当たり前」は、海外の「幸せ」
僕は「幸せ」について考える時、先進国よりも、キューバの様な途上国の人々の方が、ある意味幸せそうに思ってしまします。
それは、なぜかというと。途上国の人にとっての「幸せ」や「嬉しさ」を考えてみると分かりました。
「蛇口から飲める水が出る」「シャワーからお湯が出る」「スリ、ぼったくり、強盗の心配がない」「食べものが安全」「感染病の心配がない」「安心して寝られる」「家族がいる」「自由に外を歩ける」
これらは、日本ではあまりにも当たり前のことですよね。
つまり、日本は生活水準が高過ぎて、幸せの基準値も高くなっているのです。途上国は、出来ないことが多い分、幸せを感じるチャンスに溢れているので、あれほど陽気で幸せそうに見えるのだろうと、僕は思いました。
そのため僕らは、日常の当たり前の「幸せ」を理解するだけで、日々の暮らしは「幸せ」なことで溢れて来るはずなのです!
自分の「幸せ」を見失わない方法
All photo by Yoshitomo Kobayashi
まとめると、僕がキューバで見つけた、「幸せ」を見失わない方法は2つ。
「誰かと比べない」「日常の些細な幸せに気づく」
これが、一番重要なことだと思います。健康な体があること、おしゃべりしてくれる友達、家族がいること、人間これだけでも、実は幸せなことなんだと思います。
あとは、自分が「幸せ」と感じることに気がつき、それを追い求める。そんな生き方を日々考えて、今日も地球のどこかを旅していきます。
みなさんも!「大人の社会見学」にキューバや南米に行って見ては、いかがでしょうか?
もちろん、陽気な性格のキューバ人と絡んだり、クラシックカーでの観光したり、カラフルでポップな街並みや、物価が安いのでお金の心配もいらない、キューバはめちゃくちゃ楽しいです!
楽しくて、安全で、物価が安いくて、新しい価値観に出会える国キューバ。僕の一番オススメで、人生で一度は行くべき国だと思います!